39
(──見誤った!)
観客席まで飛ばされたナツモは悔しさを滲ませる。
(“コア”は二つあったんだ……! あの時、斬られる寸前に、あいつは“コア”を二つに分けた……いや、その前からもうすでに──)
「……どこまでも人をコケにしやがる」
ナツモは焼け付く痛みが走る腕で刀をぐっと握った。
オリジンは首を左右にくねらす。
左腕から白いどろっとした液体が滴り、欠損した左手に変わる。
金属と金属を擦り合わせような不快な笑い声が苛立ちを助長させる。
「待ってろ、今すぐ、ぶった斬ってやる」
ナツモは進む。
ムササビとハヤブサは刃を構える。
オリジンは両手に緑に光る玉を乗せ、手を叩いた。
──パァンッ
渇いた音が闘技場に響き、闘技場と観客席の境目から光の壁が立ち昇った。
「──!!」
呆けている暇はない、ナツモは走る。闘技場へ跳躍する。
しかし──
──飛び込んだはずの白い地面はそこになく、気付けば、観客席の中ほどにいる。
「──!?」
観客席と闘技場を隔てる薄緑に透けた光の壁。
薄光る境界線の向こう側へは何人たりとも辿り着くことはできない。
それは“外”と“中”を断絶する魔導の極意──
「魔障結界」
「──クソッ」
ナツモはほぞを噛み、闘技場を見下ろす。
闘技場からハヤブサとムササビがナツモを見上げていた。
「──まあ、そう、イライラしなさんな」
イヤーカフからムササビの声が聞こえてきた。
「──そうね、短気は身体に良くないね」
何の混じりけもない、普段通りの二人の声。
「しかし、まあ、ここにきて、結界とは恐れいったよ、てっきり、パワータイプのビヨンドだと思ったからなぁ。……ずいぶんと小癪なマネをしてくれる」
「ちょっと、関心してる場合じゃないでしょ」
しげしげとオリジンを見るムササビとハヤブサ。
「大丈夫だって。恐らく、それほど精度は高くない。多分、締め出しが関の山……それ以上の効果はきっとないだろ」
ムササビは細い目を見開きオリジンを見据える。
(確かに──急拵えのシロモンだ。繊細に魔力を扱えるタイプにも見えねえし、あの短時間で、あれこれと小細工を仕掛けるなんて、奴には無理だろ……)
両手を広げ、首をくねらせながら悦に浸っているオリジンを睨み、ナツモは逡巡する。
「あの……すいません。俺、見誤りました」
ナツモの暗い声。
「俺があいつとずっと戦ってきたのに、見抜けなかった……“コア”の場所は頭だけだと決めつけて……もっと慎重に探るべきでした。この事態を招いたのは、俺の油断のせいです……俺が不覚を取ったせいで──」
「──おーい、コウセイ、一人でなに、おセンチになってんの」
ムササビのいつもの溌溂な声がナツモの耳元で聞こえる。
「この程度の不足の事態なんて、討伐任務にはよくあることじゃないの」
ムササビはあっけらかんと答える。
「それに、いつも言ってんだろ、最終的にオリジンを滅せれば万事OKだってっ。途中途中のごたごたなんて、どうだっていんだよ」
ナツモからムササビの表情は見えない。それでもきっとムササビはいつもと同じように、薄い笑みを携えているに違いない。
「たまには隊長らしいこと言うじゃん」
「え、たまにはって、どういうこと」
「──まあ、ナツモ君、ずっと戦いっぱなしだったし、いい機会だから、そこで休憩しときなよ」
「ああ、あとは先輩たちに任せなさいな」
ナツモは不満げな顔を残し、鬼包丁で結界を斬る。
何も触れない虚しい手応えに、いつもの無愛想な無表情。
「あとは、よろしくお願いします」と、二人の背中に向かって言う。
刀を鞘に納め、腰元のポーチから取り出した回復剤を一気に飲み干す。
「ぶはあっ」
飲み込んだ悔しさ。空瓶を投げ捨てる。
「──コウセイ、ポイ捨てはダメだぞ、ゴミはちゃんと持ち帰るっ」
「ここ、クラフトっすよ」と、呆れたように呟く。
ナツモは客席にドシッと腰を下ろし、吐息をこぼす。
これまでの傷口が塞がっていく。
それでも、焼け付く右腕の痛みは消えない──
ムササビはオリジンを見つめ、ハルバードを回す。
「さてさて、とっとと片して、さっさとお開きにしようか」
「じゃあ、私は右から──」
ハヤブサは走り出す。
「あ、ちょ、勝手に……!」
嗤うオリジンを勢いよく横切る輪刀。
ムササビの動きを封じる。
「唯一の武器を手離していいわけ?」
ハヤブサは双剣を振る。難なく躱すオリジン。
一人と一体の攻防が始まった。
輪刀を弾き返すムササビだがその勢いは収まらない。
まるで意志を持ったかのように、ムササビの行手を阻み続ける。
ハヤブサはオリジンの片腕を切り落とす。
尽かさず、双剣の刃はオリジンに襲い掛かる。
──ガキンッ
切り落とされた腕で、ハヤブサの斬撃を防ぐオリジン。
邪魔な嘲笑がハヤブサを撫でる。
「復活して、ウザさ倍増ね」と、鍔迫り合いの最中、ハヤブサは不敵に笑う。
波打つ筋が浮かぶ腕はみるみるうちに鋭く大きな刃物へと変形していく。
身体の切口からドロッと溢れ出る白濁の液体は新たな腕となり、オリジンは両手で力強く、ハヤブサのハルパーを押した。
宙をくるりと翻り、着地したハヤブサの目に映る大振りの刃物。
身体の一部であった名残りを見せ、波打つ筋が刀身に広がっていた。
「なに、私が、武器、手離してどうすんのっとかって言ったから、ムキになっちゃったわけ?」
金属と金属が擦れ合ったような不快な声を出すオリジン。
ムササビの足止めを終え、オリジンの手元に転がる輪刀。
輪刀と大剣を持つオリジン。
「まあ、それでも、万に一つの勝ち目も、あんたにはないんだけどね──」
ハヤブサは不敵に笑い、両手のハルパーを構えた。
その背後、ハヤブサを飛び越え、ムササビが空から行く。
大地をジグザグに蹴るハヤブサ。一瞬の残影と足音。
右──いや、左からの高速斬撃。
そして、白銀のハルバードが降る。
オリジンは後ろに躱す──追撃の手は止まない。
ムササビの連撃は重く、早い。
受けるオリジン、もう一方から来る、鋭く早い連撃。
「まずは邪魔なそいつを潰す──」
──バリンッ!
元は
瞬時に、互いの位置を入れ替える二人。
輪刀の行手を遮るムササビ。
ハヤブサは
(──違うっ)
──素早く、オリジンの背後に回るハヤブサ。
オリジンはハルバードを払いのけ、輪刀をハヤブサに叩き付ける。
しかし、それより早く、ムササビがオリジンの肩を切り落とす。制御を失った輪刀は地面を叩く。
背中から、頭、首、心臓を射抜く、ムササビの三連突き。
オリジンの心臓に刺さる斧槍の穂先。
(──違うな)
槍を引き抜くと同時、ハヤブサが放つ神速の斬撃──ハヤブサ斬り。
オリジンの半身を四つに斬り裂く。
走るハルバードの穂先は地に転がるオリジンの腕を縦に裂き、上昇し、宙を転がる首を
真っ二つに割った。
下半身だけを残して、オリジンの身体は見るも無惨にバラバラに斬り刻まれた。
それでもなお──
「──なあ、ケイ、手応えあったか?」
「いえ、全く」
不満げに答えるハヤブサ。
「……ってことは、“コア”はあの下半身?」
「俺はそれも少し、違う気がするな……下半身も細切れにしたところで、結果は同じな気がする」
ムササビはオリジンの下半身を見据える。
「じゃあ、“コア”はどこにあるってのよ?」
「それなんだよなあー」
まるで他人事のようなムササビの返事。
オリジンの下半身から白濁の液体がせり上がる。それは半身へとなる。
「さっきは頭部に“コア”の気配を感じた……でも、今、頭を斬ったときには、手応えを感じなかった……」
「それは私も同じ。腕かなって、思ったけど、違ったわ」
再生を終えたオリジンは嘲笑を浮かべ、首をくねらす。
「とにかく、もう一度、アタックしてみ──」
──宙を高速で回転する輪刀が二人を襲う。
ムササビは右に、ハヤブサは左に、輪刀を避け、互いに背を合わせる。
オリジンを見つめるハヤブサ。
輪刀を向くムササビ。
「──ケイは“上”、俺は“下”で」
「了解ッ」と、一言。
輪刀の進撃を防ぐムササビ。
ハヤブサは駆ける。
オリジンは伸ばした両手を鞭のようにしならせ、迎え撃つ。
しかし、ハヤブサの影をかすめることもままならない。
「っとっに、これは、凄え勢いだ──」と、輪刀を抑えるムササビ。
「さすがのコウセイも苦労するわけだなっ!」と、輪刀を弾く。
「──苦労なんてしてませんよ」と、尽かさず耳元からナツモの声。
鞭のようにしならせた片腕でハヤブサを攻撃しながら、もう一方でムササビが弾いた輪刀を掴むオリジン──輪刀を再び、投げ放つ。
掲げたハルバードを回すムササビ──
「直線的には強いけど、これならどうだっ」
ガギンッ!
ハルバードの
前のめりに沈んだ輪刀は縦に半転したが、ムササビは地面に滑り込んで躱す。
重鈍な音を鳴らして倒れ、輪刀は刀身を地に滑らせ遠くで止まった。
そんなものには一瞥もくれず、ムササビとハヤブサはほぼ同時にオリジンの腕を斬り落としていた。
細切れの両腕を抜け、凄烈の双剣がオリジンの“上半身”をバラバラに斬り裂き、気高きハルバードが“下半身”を粉々に斬り伏せた。
──そこにはもう、オリジンの形はない。
「──こんだけ、ミンチにしたってーのに、忌々しい限りね」
オリジンの肉片は白濁のドロとなり、沸々と蠢く。
「ああ、やっぱ、こいつ、“コア”ねーな」と、ムササビはドロを指差す。
「やっぱ、じゃないわよ──」
ハヤブサは肘でムササビを突く。
「じゃあ、肝心の“コア”はどこいっちゃったわけよっ」
苛立つハヤブサはじろりとムササビを見る。
ムササビは意味ありげに辺りをぐるりと見回したあと──
「……もしかして、あれなんじゃない?」
ムササビの親指が「結界」を差す。
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