38
「──これはほんと、
ハヤブサは首をさすりながらぼやく。
「あんた、隊長なんだから、ちゃんと言っといてよね」
ムササビを肘で押すハヤブサ。
「えぇーっ、そういうのは、ケイの方が得意だろー」と、尻込みするムササビ。
「ヤダ。ぜったい、経理部がしゃしゃり出てくんもん」
ハヤブサはわざとらしくツンっとそっぽを向いた。
「俺だって嫌だよ」
ムササビはハヤブサの前に身体を滑らせ言う。
「そんな弱気でどうすんのっ、子供二人もいんのにさ、“D
ハヤブサはムササビを押し退け、進む。
「あ、じゃあ、コウセイが言ってくれよ」と、ハヤブサの隣を歩く、ナツモに言う。
「──俺は帰って稽古がしたいです」
「いや、真面目か!」
ハヤブサは仰け反った。
討伐は終わった──
後はクラフトを閉じて、任務は終了だ。
なのに、胸がざわつく。
胸の隅に刺さるささくれのような、あざとい違和感。
ざわめく胸中にナツモの険しい表情はほどけない。
──百戦錬磨の剣士の疑心。
何かが引っかかる……何が?
何だ……何を見落とした?
……何だ……何を……?
抱く疑念の正体を形にすることができない。
得体の知れないわだかまりがナツモの頭の中を撫で回す。
本当に討伐は終わったのか──?
オリジンは切断された身体を繋げるとき、身体から必ず“液体”が溢れた。
背筋に忍び寄る不穏な予感を感じつつ、ゆっくりと目を見開くナツモ。
しかし、例外があった──あの時。
オリジンは自らの手で頭を千切った──白濁の液体は流れなかった。
身体に乗せた首は何もせずともぴたりと体にくっつけた。
(頭部にコアがあったから……“液体”がなくとも再生できた──のか?)
──彼はそれに似た光景を確かに見たことがある。
どこだ、一体どこで──?
抱いた疑念の答えは、明瞭な輪郭をもって不意に頭を
あの時──!
オリジンの腕を斬り飛ばした──地に転げた両腕。
左手だけはその場に残った──なぜ、あの左手は輪刀を操ることができた?
白濁のドロの中から復活したオリジン。
奴は地に転がる左手を拾い上げた──
そして──腕の先に左手を── くっつけた。
ナツモは勢いよく、二人を振り返る。──いや、その向こう。
「──ちょ、ちょっと、どうしたの、ナツモ君?」
「──何か忘れ物か?」
驚いた二人の言葉など上の空で、二人の肩の間を凝視する。
ナツモは目を丸くする。
──嗤っていた。
ぽつんと白い地面に立っている白い前腕。
その手の平に浮かぶ、あの不愉快極まりない邪悪な嘲笑。
白い腕は嗤っていた。
魚類のような歯を剥き出し、赤白い舌を垂らし──嗤っている。
「──まだ終わってない!」ナツモは叫んだ。
「終わってないって、なにがっ? って、また、人の技を勝手に!」
「あ、おい、コウセイッ」
突然、駆け出したナツモに慌てる二人。
──振り下ろす刀。
だが、ナツモの動きがぴたりと止まった。
「ぐ、うっ……」
見えない無数の糸が全身に絡みついたかのように体が動かない。
──金縛り。
目の前の白い手は五指の関節を曲げ、嗤う。
ギリ、ギリ、と歯を食い縛るナツモ。
右腕からにわかに色めき立つ青黒き炎。
邪悪な嘲笑を浮かべる白い手は、中指をピンッと弾いた。
強欲な引力にナツモの身体は勢いよく後ろに引っ張られる。
「──がぁっ!」
後ろへ飛んでいくナツモ。苦し紛れの一振りは空を斬った──しかし、白い腕の左右から振り下ろされる斧槍と双剣。
「ギャシャァ」
オリジンは
邪悪な魂の根幹を膝下に刃は止まる。
「この野郎っ!」と、ムササビはハルバードに力を込めた。
──
「──くっ!」
「うっ!──」
吹き飛び、転げる二人。
──咆哮。
金属と金属を擦り合わせたような不快な咆哮。
厄災の再来。
復活を告げる咆哮。
──白塗りの天を穿つ。
ドゴォォーンッ!!
雷鳴に似た轟音が響き渡った。
白い天井にぽっかりと開いた穴。
そこから白濁のどろりとした液体が垂れ落ちる。
だが、地に溜まりはしない。宙に浮いた白い手が全てを飲み込んでいるのだ。
白濁の液体は白い手の平の口を通り抜け、みるみるオリジンの身体を形成していく。
切り株を逆さにしたような頭。
目も鼻も耳もなく、口だけが付いている。
その身体には炎のような波のような筋が浮き立っている──
復活したオリジンは最後に己の左手を食らって、嗤った。
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