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「──これはほんと、追加報奨インセンティブ貰わないと割に合わないわ」

ハヤブサは首をさすりながらぼやく。


「あんた、隊長なんだから、ちゃんと言っといてよね」

ムササビを肘で押すハヤブサ。


「えぇーっ、そういうのは、ケイの方が得意だろー」と、尻込みするムササビ。


「ヤダ。ぜったい、がしゃしゃり出てくんもん」

ハヤブサはわざとらしくツンっとそっぽを向いた。


「俺だって嫌だよ」

ムササビはハヤブサの前に身体を滑らせ言う。


「そんな弱気でどうすんのっ、子供二人もいんのにさ、“D案件ミッドウォーク”の貧乏報酬だけじゃ、報われないでしょっ」

ハヤブサはムササビを押し退け、進む。


「あ、じゃあ、コウセイが言ってくれよ」と、ハヤブサの隣を歩く、ナツモに言う。


「──俺は帰って稽古がしたいです」

「いや、真面目か!」

ハヤブサは仰け反った。


討伐は終わった──


後はクラフトを閉じて、任務は終了だ。

なのに、胸がざわつく。


胸の隅に刺さるささくれのような、あざとい違和感。

ざわめく胸中にナツモの険しい表情はほどけない。


──百戦錬磨の剣士の疑心。


何かが引っかかる……何が?

何だ……何を見落とした? 

……何だ……何を……?


抱く疑念の正体を形にすることができない。

得体の知れないわだかまりがナツモの頭の中を撫で回す。


本当に討伐は終わったのか──?


オリジンは切断された身体を繋げるとき、身体から必ず“液体”が溢れた。


背筋に忍び寄る不穏な予感を感じつつ、ゆっくりと目を見開くナツモ。


しかし、例外があった──あの時。

オリジンは自らの手で頭を千切った──白濁の液体は流れなかった。


身体に乗せた首は何もせずともぴたりと体に


(頭部にがあったから……“液体”がなくとも再生できた──のか?)


──彼はそれに似た光景を確かに見たことがある。

どこだ、一体どこで──?


抱いた疑念の答えは、明瞭な輪郭をもって不意に頭をもたげる。


あの時──!

オリジンの腕を斬り飛ばした──地に転げた両腕。


左手だけはその場に残った──なぜ、あの左手は輪刀を操ることができた?


白濁のドロの中から復活したオリジン。

奴は地に転がる左手を拾い上げた──


そして──腕の先に左手を──


ナツモは勢いよく、二人を振り返る。──いや、その向こう。


「──ちょ、ちょっと、どうしたの、ナツモ君?」

「──何か忘れ物か?」


驚いた二人の言葉など上の空で、二人の肩の間を凝視する。

ナツモは目を丸くする。


──嗤っていた。


ぽつんと白い地面に立っている白い前腕。

その手の平に浮かぶ、あの不愉快極まりない邪悪な嘲笑。


白い腕は嗤っていた。


魚類のような歯を剥き出し、赤白い舌を垂らし──嗤っている。


「──まだ終わってない!」ナツモは叫んだ。

「終わってないって、なにがっ? って、また、人の技を勝手に!」

「あ、おい、コウセイッ」

突然、駆け出したナツモに慌てる二人。


──振り下ろす刀。

だが、ナツモの動きがぴたりと止まった。


「ぐ、うっ……」

見えない無数の糸が全身に絡みついたかのように体が動かない。


──金縛り。

目の前の白い手は五指の関節を曲げ、嗤う。


ギリ、ギリ、と歯を食い縛るナツモ。

右腕からにわかに色めき立つ青黒き炎。


邪悪な嘲笑を浮かべる白い手は、中指をピンッと弾いた。

強欲な引力にナツモの身体は勢いよく後ろに引っ張られる。


「──がぁっ!」

後ろへ飛んでいくナツモ。苦し紛れの一振りは空を斬った──しかし、白い腕の左右から振り下ろされる斧槍と双剣。


「ギャシャァ」

障壁バリアを張った。

邪悪な魂の根幹を膝下に刃は止まる。


「この野郎っ!」と、ムササビはハルバードに力を込めた。


──障壁バリアは瞬く間に膨張し破裂した。


「──くっ!」

「うっ!──」

吹き飛び、転げる二人。


──咆哮。

金属と金属を擦り合わせたような不快な咆哮。

厄災の再来。


復活を告げる咆哮。

──白塗りの天を穿つ。


ドゴォォーンッ!! 


雷鳴に似た轟音が響き渡った。

白い天井にぽっかりと開いた穴。


そこから白濁のどろりとした液体が垂れ落ちる。

だが、地に溜まりはしない。宙に浮いた白い手が全てを飲み込んでいるのだ。


白濁の液体は白い手の平の口を通り抜け、みるみるオリジンの身体を形成していく。


切り株を逆さにしたような頭。

目も鼻も耳もなく、口だけが付いている。


その身体には炎のような波のような筋が浮き立っている──


復活したオリジンは最後に己の左手を食らって、嗤った。

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