36
一方、その頃──
押し寄せたビヨンドの群れを片付けたハルマとカナタも最下層の扉、目前まで来ていた。
「──お前、さっきから、なんか浮かない顔してっけど、どうかしたか?」
「……別に」と、ハルマは口籠もる。
「あ、さては、決戦を前に緊張してんだな、一丁前によお」
カナタはハルマを茶化して言う。
しかし、ハルマはいつになく真剣な目でカナタを見つめた。
その顔つきに、カナタもピクリと顔を強張らせる。
「なあ、サンザ、ここって、トイレあんのか?」
「ある訳ねえだろ、バカ」
「…………」
「…………」
「──んでだよっ!!」
ハルマは悔しげに天を仰いだ。
「んだよ、たっく、しょんべん我慢してただけかよ」
カナタは呆れたように呟く。
「待っててやるから、おら、その辺で、さっと済ませてこいよ」
「アホ……それなら、そこらでとっくに済ましてるわ」
俯き、肩を震わすハルマ。
「おい、お前、もしかして……」
「……うんこだよ」
「…………」
「…………」
「オリジンまであと少しなんだから、我慢しろよ」
呆れ顔のカナタ。
「無理だって、もう肛門のすぐそこまで来てんだ、あと数分で、この時限爆弾は爆破しちまうよ」
真顔のハルマ。
「たっく、しゃーねーなー、そこの角、曲がったあたりで、さっさとしてこいよ」
これまでになく、真剣な目でカナタを見つめるハルマ。
「お前、気でも狂ってんのか?」
「ああっ?」
「んなとこで、できるわけねえーだろっ! 俺は、ちゃんと便座に座って、落ち着いて、したい派なんだよっ」
「んなこと言ったって、仕方ねーだろうがっ、バカタレッ!」
「急に誰か来たらどうすんだよっ、それに、お前、絶っ対、うんこマンとか、変なあだ名付けんだろっ」
「そりゃあ、そうだろ。うんこマンか野グソンは確定だろ」
「……お前みたいな……お前みたいな、心ない奴のせいで、どれほどの奴が学校で便意を我慢するはめになったと思ってんだっ! ……なかにはなあ、志半ばで負けて、悲しい、悔しい思いをした同志だっているんだぞ」
ハルマは俯き、肩を震わす。
「あー、悪かったよ、悪かった。冗談だよ、冗談。んな、子供じみたこと言わねーって」
カナタは真面目な顔をして、ハルマを和ませた。
「ほら、つべこべ言ってねーで、漏らす前にさっさとクソしてこいよ、うんこマン」
「こんな不良はじめてっ!」
ハルマは叫んだ。
ドゴォォーンッ!!
雷鳴に似た轟音がすぐそこで聞こた。
「なんだっ!」
カナタは振り向く。
「すぐそこから……もしかして、オリジンか、クソッ」と、走り出す。
「あ、おい、ちょっと待てよ、今の轟音で便意にさらなる拍車が……」
「ここまで来たら、もう案内なくても大丈夫だ! ハルマ、お前はさっさと出すもん出して、追いついてこい、先に行くぞ」
カナタはハルマを置いて、駆け出す。その姿はすぐに見えなくなった。
──闘技場へと続く扉の前。
ノービス隊員の面々はムササビの指示により待機している。
その中に、ヒワハマキ隊員の姿もあった。
「──あ、カナタさん!」
殺気立った顔でやってきたカナタに向かって、ヒワハ隊員は声を掛けた。
「よお、今のバカでけぇ音はなんだ、おいっ」
カナタは尋ねる。
「あの、扉の向こうから聞こえてきました」と、ヒワハ隊員は扉を差した。
他の建造物とは一線を画す、精巧な
炎のような波のような渦の真ん中の円の中に彫られた両の眼。
「この奥に、オリジンが?」
一層に眉を顰めるカナタ。その声は冷たい。
「はい」と、ヒワハ隊員は深く頷く。
「私達も気になっているんですけど、ムササビ……ルセイ隊長が、何が起こっても絶対に中に入るな、扉を開けるな、との命令がありまして……私たちもどうしたらいいのか、皆で話し合ってたとこなんです」
ヒワハ隊員は、何か答えを欲しがるように話す。
「いや、その判断は正しい。中がどういう状況なのか、分かんねえからな、“侵蝕”なんてことになったら、それこそ厄介だ」
カナタは重厚な扉を眺めながら、独り言のように答える。
「同士討ちなんてことは、万が一にも、あっちゃならねえ」と、最後に一言。
正面を見つめる鋭い眼差し、その言葉の意味に、ヒワハ隊員の背筋がぞっとした。
おもむろに振り返るカナタ。
「いいか、おい、よく聞けっ! この先も、扉の向こうで何かが起こっても、絶対に、誰も中に入るなよ。ちょっとでも、ヤバそうな異変感じたら、退避しろ! 他のことは考えなくていい、テメェの命を最優先に置けっ。テメェが生き残ることだけを考えて行動しろ、いいな!」
カナタの口から“
奇しくもそれは、その口振りこそ違えど、ムササビが扉をくぐる前に言った内容と相違なかった。
ランダーたちは口を揃えて、神妙な面持ちで大きく返事をする。
しかし、ヒワハ隊員だけは違う。
好戦的で勝気なカナタがどこか弱気に思えて──多分、それは弱くて不甲斐ない自分たちのせいであり──悔しくて、ぎゅっと口を結んだ。
「じゃあ、俺は行く。お前もくれぐれも気ぃつけろよ」
カナタは拳の横でそっとヒワハ隊員の肩を押した。
「……はいっ」
カナタが抱えている重荷のほんの僅かを託された気がした。
それは、彼女にとって小さくとも重要な任務であった。
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