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「──って、なんで、そんな渋い顔してんの、二人共っ」
ムササビは思わず、たじろぐ。
「……いや、なんか、ナツモ君と盛り上がってたところに、横槍入れられたっていうか、水差されたっていうか、今さら、別に、あんたの手を借りる必要もないかな、なんて……」
「ええ、そうですね、俺とハヤブサさんで十分ってか、事足りるってか、わざわざ来てもらって、なんなんですけど、ムササビさんの出る幕でもないかなっていうか……」
「ちょ、ちょっと、ちょっと、君ら、なんでそんな、つんけんすんの!? 俺、これでも、かなり急いでここまで来たんだけど」
ムササビは二人の予想外の反応に困惑する。
「そうだね、疲れただろうから、客席で休んでなよ」と、ハヤブサは刃先で観客席を差した。
「ええ、俺もそれがいいと思います」と、ナツモも深く同意。
「いや、ここまで来て、応援はないってっ!」
ムササビは反対する。
僅かばかりの笑みと吐息をこぼすハヤブサ。
「──でもまあ、二人とも無事で何よりだ」と、ムササビは二人を改めて、眺める。
「もっとも、コウセイはちょっと無理したみたいだな」
ナツモの右腕に視線を向けて、続けた。
「いや、それほどでもないですよ」と、ナツモは顔を曇らせる。
ムササビはオリジンを見る。
オリジンは薄ら笑みを浮かべ、首を左右にくねらせている。
「……ねえ、ムササビ、他の隊員たちは?」
「みんな、無事さ」
ムササビはオリジンを見つめながら言う。
「同行したノービス隊員八名のうち一人はコウセイが
「そう。何よりね」
ハヤブサは胸を撫で下ろした。
「まあ、もう一度、クラフトが再形成したときはさすがに焦ったけどな。せっかく、探し出した隊員たちの半数近くと、またバラバラになって、そっからは、クラフト中、駆けずり回って、どうにか、みんなを探し出したよ」
「さすがはムササビさんです」と、ナツモ。
「なんのこれしき」と、ムササビは前を向いたまま笑う。
「今はみんな、ここへ向かう扉の前で待機させてるよ」と、ムササビは二人へ顔を戻す。
「──ああ、それと、サンザにも合ったよ」
ナツモの顔が一瞬、強張る。
「サンザと一緒に誰かいませんでしたかっ?」
ナツモは尽かさずムササビに尋ねた。
「え、ああ、なんか素人っぽい子が一緒だったな。……確か、ハルマ君って言ったかな?」
「ほんとっ! ハルマ君も無事だったんだねっ!」
今度はハヤブサが尽かさずに言った。
「え、二人とも、知り合いなのか……?」
「あんな腑抜け面知らないですよ」
「私が連れてきた助っ人ランダーよ」
二人は声を揃えて言って、互いに顔を見合わせた。
「──な、なんだか、よく分かんないけど、二人とはここに来る道中で出会って、その時、丁度、ビヨンドの群れが襲ってきたんだ。それで、サンザが『ここは俺たちに任せて、先に行ってくれ』って、言ってくれたんで、俺はノービス隊員を連れて、ここまで来たってわけだ」
ムササビは薄い笑みを携え、小さく頷いた。
「──サンザ、お前は、そいつ連れて
ナツモは自らが吐き捨てるように言い放った言葉を思い出し、フンッと鼻を鳴らした。
(──そっか、ハルマ君……君も無事に最下層までやって来たんだね、それも、私があの時、言った、一人を連れ合いにしてね……)
「俄然、やる気が湧いてきたわ」
ハヤブサは不敵な笑みをこぼし、オリジンを睨み付ける。
ムササビの顔はすでにオリジンに向き戻っている。
「奴の“コア”は多分、頭部です」
ナツモはムササビに耳打ちする。
「OK」
ムササビは薄い笑みを携え一言。
「……なあ、ちょっと、あのオリジンの動き、なんかイラつかないか?」と、薄ら笑みを引き攣らせる。
「ええ、声とか聞くとそのウザさ十割増しです」
「あと、攻撃されたり、攻撃防がれたりされたら、キモさ十倍だね」
経験者たちは語る。
「なんにせよ──」と、ムササビはハルバードを突き立てる。
「──こっからは、三対一だ。悪く思うなよ、ビヨンドッ!」
六つの眼。一振りの刀。一対の剣。一条の槍。三人のランダー。
一輪の刃。一体の魔物。
声なき嘲笑を浮かべる白面。
「──で、どうすんのよ?」
「どうするもこうするも、倒すしかないだろ」
「大前提として、それはそうなんだけど、
「……じゃあ、俺は“上”から」
──ダッンッ
そう言い残し、ムササビは発射する砲弾の如く、飛翔した。
「はいはい。じゃあ、私たちは“下”からね」と、いなくなったムササビの影に言う。
「──あの、ハヤブサさん」と、ナツモ。
「俺が先に右から斬り込むんで、ハヤブサさんは左から行ってもらえますか? それで、オリジンの十メートル手前から四十五度の角度で、“ハヤブサ斬り”してもらえませんか?」
「またずいぶんと細かい指示ね」と、目を丸くするハヤブサ。
「……まあ、いいわ。何か考えがあるんだね。君の言う通りにしてあげる」と、ハヤブサの返事を聞く前に駆け出すナツモ──
「──ったく、どいつもこいつも、勝手なんだからっ」
ハヤブサは左からオリジンへと真っ直ぐに駆け出す。
──「
一騎当千、勇猛果敢な槍使いのランダーにだけに与えられる名誉ある二つの称号。
その一つ「
天高く跳躍したムササビはハルバードを掲げ、オリジンへ急降下する。
──その技は、いたってシンプルであった。
ただ高く、ただ強く、ただ深く、叩き込む。
その技は、見たままにこう言われている。
──ダイブ。
三者三方向からの攻撃──
──まずはナツモ。
もう何度も目撃した。もう何度も試した。
だが、何かが違う。
どこかが違う──どこが違う?
先程、ハヤブサが放った一太刀を目の当たりにし、その漠然とした何かの正体へ、少しだけ近づいた気がした。
ナツモは大地を蹴る。
強く、柔らかく──飛び立つ翼のように。
──ダンッ
「ほんっと、可愛くないわねっ」
ハヤブサはナツモの攻撃を目にし、悔しそうに笑みを浮かべた。
──オリジンの手前、目測十メートル、斜め四十五度。
ハヤブサは大地を蹴る。
──ハヤブサ斬り。
左右から迫る剣閃。
オリジンは小さく首を振り、先に近づくナツモを仕留めに輪刀を構えた──
「──よそ見してる場合じゃないよ」
──ズザンッ!
──ズバンッ!
突き抜ける鋭刃の双翼。そして、鋼鉄の片翼。
交差する神速の斬撃──二つのハヤブサ斬り。
斬り裂かれたオリジンの身体。斬り飛ぶ生首。
それでもなお、不気味な笑みを浮かべる、その顔に被さる影──
──ズドンッ!
降り注ぐ白銀の流星。
ムササビのハルバードがオリジンの額を貫いた。
落下速度、重力、己の重量、その全てを槍の先端に凝縮させ、斧槍の穂先はそれ以外に一切の傷なく一点だけを見事に射貫いたのだ。
天高く、遥か地上の一点をただ強く、ただ深く、突き刺す。
「
──ダイブ。
ハルバードの穂を上げるムササビ。
貫かれたオリジンの首は口をだらりと開けている。
ムササビは刃を引き抜き、瞬時にオリジンの頭部を四つに斬り伏せた。
「手応えありっ」
ムササビは清々しく、薄い笑みを浮かべた。
「オールクリアッ」と、二人に振り向く。
「──ちょっと、ナツモ君、いつの間にハヤブサ斬り、覚えたのよ!?」
ムササビのとどめの一撃になんの関心も感謝も持たず、ハヤブサはナツモに尋ねる。
「え、いや、何度か見たんで、できるようになりました」
ナツモはあっけらかんと、あけすけに答えた。
「見ただけで、できちゃうのっ!?」
驚愕するハヤブサ。空いた口が塞がらない。
「そんな訳ないじゃないですか」
ナツモは険しい目つきで言った。
「ハヤブサさんが、やってるの何度も見てましから、大体はどうやんのか理解してましたけど、やったのは今日が初めてで、クラフト
「練習相手にオリジンって、君、肝座ってるってんだか、馬鹿なんだか……」
ハヤブサは唖然とナツモを見る。
「強い奴相手で試さないと意味ないですから。いやでも、ふざけて戦ってたわけじゃないですよ。ちゃんと、真剣に──」
「──それは分かってるわよっ」
ハヤブサは勢いよく言う。
「でも、そんだけの短時間で完璧に習得しちゃうって、やっぱ君、ほんとに天才だわ」
眉を顰めるナツモ。
「はっ? まだまだ完璧じゃないですよ。俺のはスビッンって感じですけど、ハヤブサさんのは、もっとこぉ、シュパッンって感じで、バヒュッンって感じですから」
ナツモの真剣な眼差しと口ぶり。
「……ほんと馬鹿なのか天才なのか、よく分かんないわ」
ハヤブサは呆れたように頭を振った。
──ムササビは薄い笑みを引き攣らせている。
「さあ、お二人さん、さっさと後始末して、帰ろうか」
ムササビは気を取り直して、言った。
二人の顔が露骨に曇る。
「えっ、なにっ?」と、ムササビ。
「ちゃっとやって来て、いいとこだけ取っていって、ご満悦で、隊長様はいいご身分ね」
蔑むような眼差しのハヤブサ。
「まあ、ムササビさんは隊長なんで、それも仕方ないと思いますけど、正直、俺、ちょっと引いてます」
涼しい顔でナツモは言う。
「いやいやいや、これはみんなの努力、チームワークで掴み取った勝利じゃないの」
「ほとんど私達の努力じゃないのよ、あんた、パッときて、跳んで、降りて、突いただけじゃん」
「ぶっちゃけ、俺もそう思います──」
「ちくしょうっ!」
ムササビは俯き、叫んだ。
──勝敗は決したかに思えた。
だが、相手はビヨンド。
クラフトの創造主“オリジン”。
──何もかもは出鱈目だ──
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