34

オリジンは嗤う。

赤白い舌を垂らし、邪悪に嗤う。


オリジンの眼前、ハヤブサは跳ぶ。そして、空を蹴る。


──ハヤブサ斬り。


オリジンの頭部へ一直線に突進する。


輪刀で防ぐオリジン。ハヤブサはギンッと刃を叩き、再び、空へと昇る。

オリジンの頭上、真っ直ぐに急降下す。


「──下がガラ空きだぞ」

体勢は低くく、ナツモはオリジンの膝元。


青黒き炎を纏い、振り上げる鬼包丁。

天地から鋭く強固なランダーの牙がオリジンを喰らう。


──ガキンッ!

ナツモが弾いた輪刀の勢いを利用し、真上からのハヤブサの一撃を防ぐ。


ハヤブサは身を翻し着地。ナツモの二撃目は胴へ横一文字。

オリジンは輪刀を縦にこれを防ぐ。


しかし、背後にハヤブサ。狙うは頭部──

交差させた腕の先、湾曲した刃が冴える。オリジンの頭と喉元へ引く──


オリジンは素早く頭をねじった。

もはや、顔の原型すらない絞った雑巾のようでいて、鋼鉄のように硬く、ハヤブサの両の刃を通さない。


「やな奴っ──」

細くて硬い頭部は、勢いよくグルンッと元へ戻り、湾曲の刃を弾じく。


身体はナツモを向き、頭は後ろにハヤブサを向く。

「ギジャシァーッ」ハヤブサに吼える。

首は前へ向き直り、ナツモを嗤う。


──顔を顰める二人。


「気に食わねえな」

「気に食わないね」


オリジンは手に持つ輪刀を離す。


──太く重たい音が鳴った。

──二人は同時に動く。


吹き荒ぶ白刃の嵐。


その隙間を縫うように飛び交う刃を躱していく。斬撃を打撃に変えて。


輪刀の分、身軽にオリジンの動きは鋭く速さを増す。


しかし、相手は凄腕の剣士が二人。


──舐めるなよ。と、言わんばかりに吹き付ける斬撃の渦。


オリジンの身体に刻まれる爪痕。

青黒き炎を宿し断刀。振り下ろされる一刀。片側から翔ぶ二刀。


オリジンはナツモの斬撃を紙一重で躱すと同時、回し蹴り。


ナツモは難なくこれを防いだが、大きく後ろに下がる。


オリジンはそのままくるりとハヤブサを向く。

その身体からは輪刀の切先が現れている。


──ギッン!

輪刀を押し出すように身を反らし、ハヤブサのハルパーを押し止める。


刀身の残りを引き抜ぬきながらハヤブサを斬りつける──が、その斬撃は空を切った。


ハヤブサの姿はない。彼女はどこに──?

振り抜いた輪刀の刃先を見上げるオリジン。


──刃の上でしゃがむハヤブサ。

飛び立つ双翼。刀身を蹴る。


ほんの刹那、ほんの瞬く間──

ナツモは呼吸を止める──見とれた。


至近距離からの放つ神速の斬撃。


──ハヤブサ斬り。


二本のハルパーがオリジンの首を斬り裂く寸前、オリジンは自らの手で頭をいで、ハヤブサの斬撃を躱した。


「──そんなのありっ」

着地と同時、振り返り、さすがのハヤブサも舌を巻く。


その、オリジンの首を目掛け、ナツモは鬼包丁の切先を走らせる。


オリジンは腕を逸らし、ナツモの切先を軽く躱して、自身の首でナツモの横っ面を殴打した。

ゴンッと鈍い音を鳴らして殴り飛ぶナツモ。


「チィッ」

頭から血を流し、腹立たしそうにオリジンを睨む。


オリジンは捥いだ首を身体にくっつけた。

嘲るように口元を歪め、飛び跳ねながら、距離を取る。


爛々とした目でナツモに駆け寄るハヤブサ。

「ねえねえ、ナツモ君、今のって、頭突きなのかな、それとも──」

「──知らねぇっすよ!」

ナツモは声を荒げた。


「──しっかし、思った以上にやるわね、あいつ」

ハヤブサはオリジンを見つめる。


そのハヤブサをナツモはまじまじと見つめる。

「なに? どうかした?」


「いや、やっぱ、は違うな……と」

「なにそれ、どういう意味?」と、ハヤブサは訝しむ。


「いえ、何でもないっす」と、ナツモはオリジンに視線を合わせる。


ハヤブサはナツモをしげしげと見つめる。

「どうかしました?」


ナツモはオリジンを見ながら、ハヤブサに尋ねる。

「君、よくもまあ、あんな強敵相手に、大した怪我もなく、たった一人で戦ってたね」


ハヤブサは素直に感嘆する。

「──でもね」と、ナツモに近寄る。


、使うのはもうやめときな。その右腕、もう限界でしょ」

鋭い眼差しをナツモに向ける。


驚いたように振り向くナツモは、ハヤブサの視線から逃げるように、また前を向く。


「……んなことないっすよ」と、一言。

しかし、それは強がりの嘘だ。


オリジンに蹴られ、刀を落とす前あたりから、ナツモの右腕は焼け付く痛みに襲われていた。


──比類なき無双の膂力りょりょく。その代償がナツモを侵す。


「痩せ我慢してんじゃないよ、その汗、戦いや怪我のせいじゃないでしょ」


ハヤブサの叱責に、ナツモはギリッと歯を鳴らす。


「これは命令よ、従わないんなら、その腕、ぶった斬るわよ」

ハヤブサの冷酷な眼差しと冷淡な口ぶり。


それでもなお、ナツモは思う。

(……今、この力を使わないでどうすだよ、あいつを斬るためには、あいつに勝つためには、この力が必要だろ、そんなこと、あんただって──)


「──大丈夫っ、そんな力使わなくても、君は十分強い!」


ハヤブサはナツモの肩にぽんっと手を置く。

ハッと目を見開くナツモ。

その力強い温もりは矜持にも似ている。


──何か、憑き物が落ちたように、胸がすく。


思い出すように、ナツモは刀の柄をぐっと握る。


「それに、私も強い。だから負けないっ」

ハヤブサは決然と言い切る。


「……分かりましたよ」

前を見つめたままで、彼らしい不満げな言い方は変わらない。


それでも、彼の右腕で青黒く揺らめく炎はフッと消えゆく。


「よしっ」と、ハヤブサはほくそ笑んだ。

「じゃあ、仕切り直して、さっさと倒そう、あいつ」


ハヤブサはオリジンを睨む。

「いい加減、熱いシャワーが恋しくなってきたしね」

ハヤブサは不敵に笑う。


「二人でやれば余裕でしょ」

ナツモはいつもの涼しげな顔で言う。


ランダーの殺気に当てられたオリジンが先に動く──


「二人じゃなくて、三人だ」


ズトンッ──


──その動きを牽制するかのように、二人の目の前に一本の斧槍が地面に突き刺さる。


柄に刻まれた「Only Be Thou Strong And Very Courageous」の文字。


誇り高く、威風堂々と突き立つ白銀のハルバード。


持ち主はいなくとも、遠目ながらオリジンが思わず、二の足を踏むほどに、ただならぬ威圧を放つ。


二人の頭上を影が過ぎる。

ハルバードの持ち主は空中をふわりと滑空するように進み、突き立つ斧槍の前にスタンッと着地した。


長身の男だ。短く整えられた茶色の髪。褐色の肌。

糸目からひっそりと見える瞳はヘーゼル。

短い前髪とは違い、後頭部から垂れる三編ブレードみは槍使いの嗜み。


左腕に付けた赤い腕章は、即ち、「隊長」を意味する。


今回の討伐執行部隊隊長・留旌十生ルセイトウ

通称──“ムササビ”


ハルバードを抜き、いつもの薄ら笑みを携え、二人へ振り返った。


「お待たせ、お二人さん──」

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