32
──ドガッン!
吹き飛んだナツモの衝撃で観客席の一部が砕ける。
ナツモは瓦礫を払い除け、事も無げに立ち上がり、血混じりの唾を吐く。
手に握る刀を眺める。
真っ直ぐに
鍛え抜かれた逞しき鈍色の肌。
「さすがは鬼包丁だ」と、刀を一振り。
見下ろす先、オリジンの歪んだ笑み。
ゴウッゴウッゴウッと、遊ぶように、嘲るように、片腕で輪刀を回している。
(あぁ、腹が立つ──)
所構わず張り巡らされた結界符に魔導障壁、それを設置した連中、嫌気が差すほどの白、目前で防げなかった再形成、ハヤブサが連れてきたというあの助っ人、襲い来るビヨンド、目の前のオリジン、バカでかい輪刀、不甲斐ない自分に──
──その全てに、腹が立って仕方がない。
“何もかも、ぶち壊したくなるほどに”
暴れるように疼く右腕。
一瞬、大蛇が
「お前を仕留める。何を犠牲にしてもな」
ナツモは観客席を駆ける。競技場へ飛ぶ。
「よぉ、戻ってきてやったぜ」
回転する輪刀が鳴らす不気味な風切り音。
オリジンは嗤う。
殺意の視線がオリジンに当たる。
瞳に宿る決意が固く光る。
ナツモの右肘からゆらゆらと揺らめく炎のような青黒い光りが
その揺らめきはナツモの肩から刀の切っ先までを包み込んでいく。
揺らめく青黒き炎を纏いし右腕。
──瞳の奥で鬼が笑った気がした。
「お前を斬って、このくだらねぇ茶番も終わりだ」
腕の疼きはもう消えた。
オリジンから笑みが消える。
魔障に当てられたバケモノの本能が叫ぶ。
──あれはヤバイ──
「ぶった斬ってやるよ」
「シャギャア゛ーッ」
張り詰めた空気を裂くように投げ付ける輪刀。
避けはしない。
迎え撃つ。
ギィィーンッ!
受けることすらままならなかった高速回転で放たれた輪刀。
ナツモはそれを
──青黒き炎の力。
ナツモが腕の疼きと共に解放した青黒き炎は、彼に比類なき無双の
ナツモは駆ける。オリジンの懐、振り抜く一閃。
頭が地面に着くほど、大きく上半身を仰け反らせ、オリジンはその切先を躱す。
振り下ろされるナツモの二撃目、素早く身を翻すオリジン。空振った刃先が地面を
オリジンは走り跳んで、落下する輪刀を身体を
投げ放つ輪刀、風を切り、突進する。
──しかし、
ガギーンッ!
目の端の蝿を払うかのように容易く弾き落とされた。
「グシィィィィイ」
腹立たしそうに口元を歪めるオリジン。ナツモに向かって走り出す。
輪刀は独りでに立ち上がるとオリジンの手元へ転がっていく。
オリジンは掴んだ輪刀を大きく振り被ったが、ナツモは事も無げに、オリジンごと輪刀を弾き飛ばす。
体勢を崩したオリジンを鬼包丁の切先が追う。
身を捻り、躱す。
風を割り、地を裂く鬼包丁。
輪刀をがむしゃらに振り回すオリジン。その全てを易々と弾き返すナツモ。
その圧倒的な剛力に押され、たまらず、オリジンは
片腕で輪刀を回しながら、身体を捻る。
「──芸がねえな」と、距離を詰めるナツモ。
オリジンは遠心力を効かせた輪刀を放つが、呆気なく、宙へ弾かれた。
悔しさを滲ませ、空中で輪刀を掴み、着地すると、また同じように片腕で輪刀を回し、身体を捻る。
「せっかくだが、次を待ってやるほど、優しかねーんだ」
──ハヤブサ斬り。
放たれた黒炎の弾丸がオリジンに飛び込む。
「シィャアァーーアッ!」
迎え撃つオリジン、輪刀を振り被る──
ザンッ!
あの時は斬り落とせなかった魔障の難壁──
「ア゛ァ゛ア゛ァァーッ!」
突き抜ける片翼。
真っ二つに斬り裂かれたオリジン。
吹き飛んだ上体は力なく、鈍い音を絡ませながら地面を転がる。
まるでそれが一つの彫刻作品かのように、そこでじっと佇む下半身。
手応えは十分にあった。それでもまだ、終結には至らない──
真っ二つに斬られた身体と身体。磨かれた大理石のように滑らかな、その断面からドロリとした泥のような液体が溢れ出す。
「させるかっ!」
ナツモは転がる上半身に駆け寄る。
──が、真横に迫るオリジンの下半身。
ドロッとした液体を撒き散らせながら、強烈な飛び蹴りがナツモに命中した。
「ぐっ!」
吹き飛ぶナツモをよそに、切り離されたオリジンの半身同士は白濁の液体を介し、瞬く間に繋がった。
──だが、ナツモが早い。
振り抜く鬼包丁。
勝色の一閃。斜めに昇る刃。
オリジンの両腕が飛んだ。
「ア゛ア゛ァァァジャァア」
白い頭から赤い舌を出して、オリジンは喚いた。
無防備な胴体へ、袈裟斬り!
白き身体を斬り裂く青黒き炎を纏いし刃。
「ジギャアァァアー!」
口元を歪め、吼えながら、力なく崩れ落ちるオリジンの胴体。
がら空きの頭部へ振り下ろす鬼包丁──!
ギィンッー!!
オリジンの首元から現れた、輪刀の刃先。
「しぶてえなあ、おいっ」と、思わず、ほぞを噛む。
高速で飛び出す輪刀を紙一重で躱す。
しかし、ナツモの眉尻から滴る鮮血。
斬り落としたオリジンの片腕がぴくぴくと動き出し、二本の指先が輪刀を操る。
地面を転がる輪刀がナツモを執拗に追いかけ回す。
「クソッ」
眉を寄せるナツモ。
輪刀が行手を遮り、ナツモはオリジンに近寄ることができず、その隙に、斬り裂かれたオリジンの首から下はドロリとした液体となり、一つになった。
ドロッとした白濁の液体の中からせり上がるオリジン。
赤白い舌を垂らして邪悪に嗤う。
オリジンは悠々と斬り落とされた片腕を拾い上げ、斬られた腕にくっつけた。
役目を終えた輪刀は主人の元へと返り、嘲笑を浮かべるオリジン。
ナツモは舌打ち。
(……いくら胴体、ぶった斬ったところで、ジリ貧だな。……多分、奴の“コア”はあの頭にある。あの白菜頭、カチ割らねえーことには、あいつは死なない)
嘲るようにニヤつくオリジンを見つめるナツモ。
(……あの輪刀、さっきよりも一回り小さくなってる)
「まだまだ、これからだぞ、クソったれ」と、静かに刀を構える。
──両者、駆け出す。
オリジンの一撃は先程よりも、固く、重い。
その一撃を受け、後ろに下がるナツモ。
「チィッ」
(さっきよりも、威力が増してる──!)
一回り小さくなった輪刀はその威力を増していた。
オリジンの猛攻撃。
(厄介だ、小さくなって、威力もスピードも上がってる)
「だけどな──」
斬ったのはナツモ。
オリジンの胸元に走る斬撃。
「──その場しのぎには負けねえーよ」
「シジャァァーッ!」
新調したてのスーツに泥水を掛けられたよう叫び声を上げるオリジン。
身体を捻り、投げ放った輪刀──その斧のようにぶ厚い刃の腹に飛び乗った。
鋼鉄の円盤に乗り、吼えるオリジンが迫り来る。
「まるで曲芸だな、おいっ」
ナツモは構わずに、刀を振り抜いた。
鬼包丁を躱し、輪刀はナツモの腕を
スパッと切り裂かれた左腕から血が
オリジンは急カーブを描き、またナツモに向かい来る。
「フリスビーの次は玉乗りかよっ!」
振り下ろされた刀を避けて、輪刀はナツモを通り過ぎていく。
鋭く切れた頬から血が滲む。
オリジンは輪刀から飛び降りると片腕を軸に輪刀を回し始めた。
ゴウッゴウッと風切り音を絡ませながら、輪刀を回すオリジン。その腕を得意げに振り回す。
そして、十分に回転の乗った輪刀を地面に走らせ、それに飛び乗る。
──それは、奇しくも、最初にナツモの前に現れたオリジンの姿であった。
「ギャシャーーーッ」
「──速いっ!」
──そして、重たい追突。
火花飛び散る鍔迫り合い。
オリジンの乗る輪刀は青黒き炎が与えし無双の剛力に押し負けない。
弾き返す、が、輪刀はそれでも回転しながら闘技場を走る。
「……っんで、止まんねーんだよっ!」
オリジンの足元と輪刀は癒着して一体となっていた。
「……チッ、今は、あの輪刀があいつの“足”ってわけか」
宙を縦横無尽に飛び回った輪刀。今は縦横無尽に地を駆け巡っている。
高速で駆ける一輪の車輪。すれ違う度にナツモに増える切り傷。
(あれを受け止めたら、さすがに、こいつがもたねえ──)
ギュッと鬼包丁を握る。
「厄介だな」
(……すれ違いざま、奴の横っ面を叩くしかねえ)
──彼の精神は真冬の水底のように静かに佇んだ。
右腕で青黒き炎が揺らめく。
突進する輪刀、ナツモは身を翻す。
(──今だっ!)
ナツモが刀を振る刹那、オリジンは輪刀から飛び降り、輪刀を掴む。
「──ッ!!」
(──離れんのかよっ!)
猛スピードの、その勢いを一遍に溜め込み、オリジンの身体が軋む。
千切れそうなほど伸びきった腕の先、輪刀は唸る。
受けることはできない。受ければ、いくら鬼包丁とはいえ損壊は免れない。
放たれる斬撃──!
(──まずいっ)
刀の柄頭と鞘で輪刀の腹を目一杯強く叩く。
逸れた輪刀ね切先を、ナツモは間一髪で躱す。
躱したその身体にオリジンの蹴りが入る。
骨の軋みを聞きながら、ナツモは吹き飛び、転がる。
体勢を立て直すナツモに、オリジンの乗る輪刀が迫る。
──手に刀がない。
蹴られた拍子に落としたのだ。
ナツモは横に転がり、輪刀を避け、地面に横たわる刀の元へと走る。
──が、追うオリジン。
ナツモに刀を拾わせない。
ナツモは紙一重でオリジンの猛追を躱すが刀への距離は縮まらない。
「クソッ──」
歪んだ笑みを浮かべ、輪刀に乗るオリジンがナツモの目前に迫り来る──!
──その輪刀に乗るオリジンの横を何かが突っ切った。
吹き飛ぶオリジンの半身。
バランスを失くした輪刀はナツモの前で大きく進路を外れて倒れ、地面を滑っていった。
高速で走る輪刀の輪の中を
目にも留まらぬ神速の斬撃──
──ハヤブサ斬り。
「待たせたわね、ナツモ君」
地上に降り立つ猛禽のように颯爽と彼女は現れた。
両手に持つ両刃造りのハルパー。
刀身にそれぞれ彫られた「DAMNATIO」と「ORDO」の文字。
「──私も参戦するわよ」
ハヤブサは不敵に笑った。
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