29

──束の間の静寂。


ナツモの顔がさらに曇る。眉間に皺が寄る。

「はあぁっ」自然と口が開く。


「んな、顔すんなって。まあ、最初は俺も、お前と同じ、いや、もっと深刻なリアクションだったけど、こいつは──」


カナタの言葉を背中で遮り、険しい表情のまま、ナツモはハルマを睨む。


「──名前は?」

「コヒキハルマ」


「IDは?」

「知らん」


「ランクは?」

「分からん」


──ナツモのこめかみがピクッと動く。


「タイプは?」

「タイプ? ……肩幅の広い、桃尻の女かな」


──ナツモの瞳に宿る殺意。


「……お前、ランダーになって何年目だ?」

ハルマは顎に手を付け、斜め上を向き、少し考えると、ナツモを真っ直ぐに見つめた。


「三時間くらい前かな」

「よし、斬る」

ナツモは腰の物に手を掛ける。

抜かれる刀は鬼──


「──待て、待て、待てっ! コウセイ、お前、ちょっと落ち着けよ、なあ」

カナタは慌てて、ナツモを制す。


「俺も最初はお前と同じ気持ちだったけどよ、こいつの実力は本物だって」

「んなわけねぇーだろうがっ!」

ナツモは俯き、語気を荒げる。


「サンザ、お前、魔障にやられて頭イカれちまったのかっ!」

ナツモは拳で壁を強く叩き、ハルマを鋭く睨みつける。


「……こんな、なんの装備もねぇ普段着野郎っ、見るからに緊張感のねえ腑抜け面っ、それに、なんだぁ、ランダーになったつーのが三時間前だとっ! 正真正銘、ただのド素人じゃねーかよっ、ざけんなよっ! これはハヤブサさんの大チョンボだぞっ!」

ナツモはハルマを指差して、カナタに詰め寄った。


「──なあ、サンザ、お前ら、ランダーってのは、一回は新人のことをけなさないと気がすまねえ性分なのか?」

ハルマは呆れ顔でカナタを見る。


「いや、お前のそのナリ見たら、マジなランダーなら、誰だって、同じようなリアクションするに決まってるぞ」


「そんな、アホな……」


「ま、まあ、コウセイ、お前も落ち着けよ、俺もよくは分かってねえけど、これには深い事情があんだよ」


「……ざけんなよっ」と、ナツモは小さく吐き捨てる。


なんとか、怒りを押し殺しながら、それでも、ナツモはハルマを睨みつけ──


「──どんな、事情があったか知らねえが、俺はお前を絶対に認めない」

きっぱりと言い切った。


そして、二人の間を素通りする。

「──安心しろ、ミトミって、ノービスの隊員が、の代わりに、きっと腕利きのランダーを呼んで来てくれるはずだ。それまで、サンザ、お前は、そいつ連れて、雑魚ワンズ掃討スイープでもしてろ」


振り返りもせず、ナツモは言った。

「──なあ、そのって奴、あれか、茶髪のちょっとおどおどした感じの、童顔のメンズか?」


ハルマの質問に、ナツモは短く、「そうだ」と、答えた。


「そいつなら、ハヤブサのパイセンの後に、俺のとこへ来たぞ」


押し黙るナツモの足元に自然と力が入る。


「今は、俺の代わりに知り合いの車を見張ってくれてんの。あ、そうだ、思い出したわ、サンザが、あんたのこと、今、『ナツモ』って言ってたけど、あんたがナツモさんなのか?」


「それがどうした?」


「ジミー、いや、ミトミがあんたに、『よろしく』ってさ、あと、えーっと──」


──ナツモは二人に一瞥もせずに強く大地を蹴った。

「──あ、おい、ちょっと待てよっ、コウセイっ!」


カナタとハルマはナツモの後を急いで追う。

脱兎の如く走るナツモ。その距離は縮まるどころか、ぐいぐいと離れていく。


「おいっ! コウセイっ、ちょっと待てって! おい、待てよっ! 待て、このヤロウッ」


ついに追いつくことはなく、二人はナツモを見失った。


カナタは息を切らしながら、ナツモが走り去った辺りを見つめる。


「ハア、ハア、ハア……ぃつ、人の話も聞かねーで、何を勝手に……ハア、ハア……キレてんだよ」


やや遅れて、ハルマが追いつく。


「なんだったんだ、あいつ?」

「知るかよっ!」


カナタは八つ当たり気味にハルマを怒鳴った。

もう一度、ナツモが走り去った辺りを見つめるカナタ。


「……てか、さっきのあれって、ハヤブサ斬りじゃねーのか」

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