27

また一人、ナツモはクラフトを行く。


どこからともなく聞こえてくる金属同士が擦れ合うような不気味な怪音。


シャァーーッ、シャァーーッ、シャァーーッ

シャァーーッ、シャァーーッ

シャァーーッ……


音は近くなったり、遠くなったり、まるでナツモに纏わりつくように辺りで鳴り響いている。


怪音の類いなどはクラフトでは珍しくない。

ナツモは気にも留めない。


──と、次の瞬間。


バゴォンッ!!


真後ろの壁をぶち壊し、大きな輪刀に乗った、オリジンが突如、現れた。


──不気味な快音の正体は、輪刀が地を走る騒音であった。


ナツモは身を翻す。遅れて、左腕に巻いた“クエスト”のアラートが鳴る。


「チィッ──」


オリジンは輪刀から飛び降り、巨大なそれをナツモに叩き付ける──!


ガキィーンッ!


寸前の所で、ナツモはその凶刃を鬼包丁で受け止めた。


ギリ……ギリ……と押されるナツモ。


「探す手間が省けた」と、力みながら、ほくそ笑む。


「ギガガゲアァー」

オリジンは言葉にもならない、砂利と金属を擦り合わせたような不快な擦過音を発し、だらりと長く赤白い舌を出した。


「はっ、何言ってっか……分かんねえよっ!」

ナツモは輪刀をオリジンごと押し返した。


「ゲガィアィア」

後退したオリジン。首をくねらせる、意味不明な挙動でナツモを向く。


──背丈は二メートルはあるだろうか。


筋肉はなく、のっぺりとした身体は黄色みがかった白い色をしている。

切り株の根を逆さにくっつけたような頭。


目も鼻も耳も無いその頭も白い。そして、口と思わしき真一文字の細い切れ込み。


そこから、見える魚類のような尖った歯。

だらりと垂れた異様に長い舌だけが赤い──。


「──さっきとは、随分と様子が違うじゃねえか」と、ナツモは皮肉った。


手に持つ輪刀はオリジンよりも大きい。

「ギィジャーッ!」


オリジンは輪刀を勢いよくナツモに転がした。

「唯一の武器を手離してどうすんだっ──」


ナツモはひらりと躱し、オリジンへ駆ける。

しかし、背後から鳴る死の風切り音に思わず、振り返る。


目の前に迫り来る輪刀──

「──チィッ!」


ガキンッ

刀で輪刀をらす。


オリジンは手元に返った輪刀を大きく振りかざす──!


──ドォゴォーンッ!


「クソッ」

ナツモは大きく後ろに避けたが、輪刀の刃は地面を砕き、ナツモもオリジンも下層へと落下する。


落下の最中、オリジンはナツモ目掛け、輪刀を横向けに投げた。


ガギーンッ!


回転する凶刃をナツモは刀で受けるが、その勢いは凄まじく、空中で弾き飛ばされたナツモの身体が翻る。


なんとか着地だけはできたが、休む間もない。

再び、ナツモ目掛け、回転する輪刀が不吉な風切り音を連れて飛んでくる。


「──くッ!」

ナツモはギリギリの所で、身体を横に転がし、それを避けた。


戻ってきた輪刀をオリジンは事も無げに掴むと、また、首をくねらせ、なにやら声にもならぬ声を発した。


(──あの輪刀、思ったよりも、厄介だぞ)

ナツモは呼吸を整え、ビヨンドと対峙する。


──図らずとも、その場所はクラフトの最下層。

広大なドームのような円形の空間。


「楽しくなってきたな」

ナツモはぐっと刀を握った。


──手に持つは鬼包丁。

叩き斬る、に特化した厚く丈夫な刀身。


握る右腕の疼きが強くなる。

「お前を斬って、この出鱈目な任務を全て終わらす」


タンッ──

消えた。そう錯覚するほどのスピード。


気付けば、ビヨンドの膝元。

刀を振る。


金属と金属の衝突音が響き渡り、腕から伝わる衝撃が後頭部まで駆け抜ける。 


だが、怯まない。ナツモの斬撃は続く。

しかし、オリジンは輪刀の中。


ナツモの攻撃をいなす。鬼包丁の切先は届かない。


──脚を屈める。足元に力を込め、脚を上げる。その勢いを利用して、輪刀を弾き上げた。


堪らず、オリジンは仰け反った。その隙を見逃さず、胴に一太刀。


「ァアアァガアー」

ナツモは輪刀の輪の中へ身体を入れ、素早く回り込み、背後から力一杯に袈裟斬りを放った。


「ギ、ギャアァー」

オリジンの耳障りな叫び声。


ガラン、ガーンッ

輪刀が地面に落ちる。


右肩から背の中頃まで切り裂けたオリジンの身体。


──だが、ナツモは身体を斬り落とすつもりでだったが、見た目以上にオリジンの身体は硬かった。

しかし、動きを止めるには十分な一撃であったことに変わりはない。


膝から崩れるオリジン。

その首に、処刑人は断罪の刃を振り下ろす。


──ドスッ


ナツモは目を剥く。

オリジンは左腕を倍ほどの長さに伸ばし、切り裂かれた身体の裂け目から、ナツモの腹を殴打したのだ。


「ゴフッ」口から鮮血を吹き出すナツモ。

ブラブラの半身でオリジンは振り返ると、ナツモを力任せに蹴り飛ばした。


「ガハッ」

丸太を勢いよくぶつけらたような衝撃。


辛うじて、防げはしたものの、ナツモは腕の骨の軋む音を聞きながら、はるか後方まで吹き飛んで、転がった。 


「クソがぁっ」と、苦虫を噛み潰したようにオリジンを睨むナツモ。


当のオリジンは半身をぶらつかせ、ボーっと突っ立ている。


──まだ勝機はこちら側にある。

ナツモは刀を固く握り締め、立ち上がる。


──しかし、次の一手はオリジンに合った。


「アガガアアァァァーー!!」

振動がビリビリと身体に伝わるほどの咆哮。


「っせえ──」

顔を歪めるナツモ。


戦闘の最中、オリジンは地面に頭を打ち付け始めた。


──がフラッシュバックする。


目を見開くナツモ。

「マズいっ!」


立ち上がった瞬間、ナツモの腹部がズキリッと痛む。


苦痛に歯を食いしばる。

そんな、ただの痛みは構いはしない。

早く、オリジンの元へ戻らなければならない。


──戦いはまだ終わっていないのだから。

今ここで、仕留めなければ──


ゴゴゴゴゴーッ


地面が揺れる。

構いはしない。


“今ここで奴を斬る”


「ア゛ア゛ァ――ッ」

オリジンは脇目も振らず、一心に地面に頭を打ち付ける。


ガンッ……ガンッ……ガンッ……ガンッ……

呼応するかのようにクラフトの揺れは強さを増していく。


「クソッ……がっ」

真っ直ぐ進むことはおろか、刀を地面に突き立てなければ、立つことさえままならない。


繰り返し、激しく、頭を地面に打ち続けるオリジン。そのスピードは瞬く間に加速していく。

ナツモは刀の柄をぐっと固く握り締めた。


大きく揺れる地面。

構いはしない。

踏ん張る度に腹部が痛む。

構いはしない。

激しく疼く右腕。

構いはしない。

地割れが起き、揺れる地面が浮上し始めた。

構いはしない。


“今ここで奴を斬る”


それ以外のことなど今は全て、構いはしない。

「──踏ん張れっ! クソッ」


ひび割れた地面にめり込むほど強く、足に力を込める。

敵を見据える刹那──


彼の精神は真冬の水底のように静かだった。


──姿勢は低く、刀は脇構え。

放たれた弾丸の如く、大地を蹴る。


ハヤブサ斬り──


──あと数分、いや、あと数秒、早ければ、結果は変わっていたのだろうか……


オリジンは振り返り、鬼包丁の切先を輪刀で受け止めた。


「──ッ!」


オリジンの身体に傷はもうない。

のっぺりとした華奢な身体はもうない。

大理石の彫刻作品のような硬い身体。


それは、オリジンの完全なる“完成”を意味していた。


クラフトの創造主「オリジン」は濃度の濃い魔障を吸収し、進化を遂げた。

それが今、ナツモの目の前で終わったのだ。


「ギシャッー」

赤白く長い舌を垂らして、ナツモの一太刀を受け止めている。


ナツモの立つ地面がわらわらと浮き上がる──

オリジンはナツモの刀を押し返す。 


「クソッタレッ!」

ナツモは苦々しい顔つきでオリジンを睨みつけた。


地面だったクラフトの一部はナツモを乗せて浮き上がり、勢いよく上空へ飛ぶ。


──ナツモは刀を振り抜く。

しかし、その一太刀はオリジンの首筋をかすめ、空を切る。


離れゆくナツモを見上げる──

オリジンは勝ち誇ったように、邪悪に歪んだ笑みを彼に見せつけた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る