25

──約二時間半前。

一度目のクラフト再形成──


十二人のランダー隊員は、散り散りに──。


ナツモコウセイはたった一人、何処とも分からぬ場所にいる。


閑散とした瓦礫だらけの広い空間。人の気配はまるでない。


X―TREKの液晶画面は《ERROR》と《UNKNOWN》が続く。


“神龍寺”が仕掛けた厄介な魔導障壁はこの期に及んでもなお、忌々しいほどにその効力を発揮しているようである。


一体、どの階層の、どの辺りなのか、知る術はない。


ナツモは小さく吐息をき、瓦礫を背に座り込んだ。


規定により、今から三十分間、その場で待機する。


──望みは限りなく薄いが──現在の位置座標を仲間たちへ発信し続ける。


未知の空間に一人きり、現世うつしよへ戻れるかも分からぬ暗礁の行路。


それでも彼は、真冬の水底のように落ち着いていた。


実際のところ、ナツモは孤独を感じたことがない。


それは「欠落」ではない。

「未経験」であるからだ。


だから、彼には不安も焦燥も恐怖もなかった。

思い返すのは、クラフトの最下層、オリジン

との邂逅。


もしも、もしもあの時、“奴に”一太刀浴びせることができたならば──


疼く右腕をぎゅっと握る。

次は必ず仕留める。──


たった一人、沸き立つ闘志を胸に、抱えた刀。

静かに立ち上がる。


「──おでましか」


目の前には四足歩行型ビヨンドの群れ。三、四十体はいるだろうか。


大群はどこからともなくナツモの生気を求め、音も気配もなくやって来たのだ。


魔障に染まった緑の眼を光らせ、グウゥウーッ、ウウウーッ、ガルルーッと、そこら中から、不穏な威嚇の唸り声が聞こえてきた。


──ナツモはスーッと刀を抜く。

その様は、流麗に管弦を引く奏者のようにも見えた。


抜いた刃は鬼包丁。

白刃の肌にビヨンドの狂気が映り込む。

もう待ったはなし。

魔物の群れは獲物を喰らうが如く、一斉にナツモに飛び掛かった──が!


そんな猛勢など物ともせず、生い茂る草木を薙ぎ払うように、バッサバッサとナツモは次々とビヨンドを斬り払っていく。


しかし、凶暴な歯牙が、残忍な爪が、ナツモの命を執拗に付け狙う。


ザンッ ザンッ ズザンッ ザンッ! 厚く鍛えられし刃が魔物を狩る。


魔を宿いし獰悪な殺意を斬り捨てるのは固く鋭利なランダーの意志──


それでもまだ、ビヨンドはその数で優位だ。

迫り来る黒き大群。


ナツモはビヨンドと距離を空けるため、後ろに大きく飛んだ。


獲物を逃さんと、迫る魔物の一群。

彼の精神は未だ、真冬の水底のように静かだ。


──姿勢は低く、刀は脇構え。


足幅をやや狭くし、地面にめり込むほど強く足に力を込める。


──放たれた弾丸の如く、大地を蹴る。


進路上の一切を斬り捨て、ナツモは一直線に魔物の群れの中を突き抜ける。


黒塗りの塊を切り裂く白刃は、光の反射のように屈折して、前に、横に、斜めに、空へ上がり、急降下し、前を、横を、斜めを、縦横無尽に群れの中を突き抜け、黒き魔物を斬り裂いていく。


鋼の片翼が旋回する。


──ああ、そうだ。

それは、サトラケイの得意技。


彼女の代名詞、彼女の二つ名の由来ともされる妙技──


“ハヤブサ斬り”


片翼が止まる。

獣はもういない。

彼はまたそこでたった一人となった。


地面に転がる塊は無残に灰塵のように脆く、崩れ落ちていく。


ザッ──


──地面を踏む足音に、ナツモは素早く反応し、刃を振る。


刃先は相手の首元でピタリと止まった。

「ひぃっ!」

思わず発した情けない声と両手を上げたその姿は、仲間の一人であることに間違いはないが、顔と名前は思い出せない──


明るいブラウンの髪。童顔に明るいヘーゼルの瞳。

荷重気味の荷物を背負った──いかにも新米魔導隊員らしい──細身の男。


「──名前は?」

「ミ、ミトミ……ミトミジョウタです」


「IDは?」

「DK-4852-T18です」

──ランダー三年目の新米ノービス隊員だ。


「ランクは?」

下位アンダーシフトです」

──明らかににそうだろう。


「タイプは?」

「魔導士……です」

──見るからに察しがついた。


「ここでなにしてる? 他の隊員はいないのか?」


「じ、自分は、その、さっきの再形成の際に、みんなとはぐれてしまいまして……そ、それですね、あの、近くで……物音が聞こえて、微かですけど、魔導機器のビーコンも点滅してましたので……怖かったんですけど、ここまで、やってきた次第です……はい」


ミトミ隊員は自分を睨むナツモにしどろもどろに説明した。


「いつからいた?」

「え、えっと、ついさっきです。……でもっ、僕が出て行っても、足手まといになるだけだと思いまして、ビヨンドに気付かれないように、じっと、息を殺してました」


「賢明な判断だ」

「はいっ。ありがとうございます」


「お前の他に連れ合いはいないのか?」

「はいっ、僕一人です」


「そうか」と、落ち着き払ったナツモの声。

「あ、あのー、そろそろ、刀を下ろしていただけないでしょうか……」


──ピーピーピー、ピーピーピー

三十分の経過を報せるアラームが鳴った。

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