23
ハルマの──元はミトミ隊員の──救助キットには、幸いなことに、止血剤も回復薬も鎮痛剤もが揃っていた。
(よしっ、これなら、なんとかなるぞ──)
カナタは回復薬を惜しげもなく振りかけた。傷口はみるみる小さくなっていく。
傷口を完全には塞ぎきれなかったものの、応急処置としては上出来であった。
小さくなった傷口にガーゼを押し当てる。
「これなら、もう心配ねえだろ」と、カナタは胸を撫で下ろした。
「ハルマ、生きてるかっ、こっちはもう心配いらねえ、俺も応戦するぞ──」
と、カナタが振り向いた、その瞬間、低い唸り声を上げて、ビヨンドは天を仰ぎ、倒れた。
「──!?」
ハルマは何食わぬ顔でカナタを見つめると──
「──おいっ、カナタッ氏、とどめっ!」
「えっ、はっ?」
「なに、惚けてんだよっ、とどめだよ、と、ど、めっ!」
ハルマが走ってくる。
「おい、早く、やんねーと、あいつ、また、復活すんぞ」と、カナタを急かす。
「俺のナイフ、戦ってるうちに折れたんだよっ」と、折れたナイフを見せる。
「あ、ああっ、待て、すぐに行く」と、カナタはどこか、狐につままれたような気持ちを感じながらも、拳銃を抜いた。
──パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。
四発の弾丸がビヨンドを撃ち抜いた。
慄然としたビヨンドの猛々しい体躯は、灰塵のように脆く、崩れ落ちていく。
「──あっ、あの娘、助かったん?」と、ヒワハ隊員を眺めるハルマ。
「え、ああ、お前の持ってた救急キットのおかげでな」
「ジミーに感謝だな」
「ジミーって、誰だよ」
──何か短い夢を見た気がした。
でも、その内容は思い出せない。
でも、きっと、悲しくはない、暖かな夢だったはずだ。
薄目をゆっくりと開ける。
──二人の男。
一人はカナタサブロウザ。
もう一人は……知らない顔。
「お、気が付いたか」
カナタは相変わらずの目つきでヒワハ隊員を見る。
「あ、はい、あ、ありがとうございます」と、脇腹を撫でた。
ズキリとした痛みがまだ少し、ヒワハ隊員の顔を歪めた。
「礼なら、ハルマに言え」と、ぶっきらぼうなカナタ。
「ハルマ……さん?」
灰色の短い髪。グレーの瞳。
その両方の目尻には切り傷のような痕が短く縦に走っている。
目鼻立ちは割と整っているのに、どこか気怠るそうな顔つき。
「……あの、こちらの方は?」
「コキヒハルマです。ついさっき、ランダーになった新参者ですが、以後、お見知りおきを」
ハルマはぺこりと頭を下げた。
「え、は、はあ、よろしくお願いします」
ヒワハ隊員は困り顔で、カナタを見る。
「ハヤブサさんが呼んできた、助っ人だ」と、一言。
その言葉に、何かを思い出し、ハッとする。
「さっきのビヨンドはっ! あの“アラートクラス”のビヨンドはどうなったんですかっ?」
ヒワハ隊員は身を起こそうとしたが、脇腹からの鋭い痛みがそれを止めた。
「おい、あんま無理すんなよ、せっかく塞いだ傷口が広がんぞ」
脇腹を摩りながら、「すいません」と、一言。
「あのビヨンドなら、ハルマが一人でぶっ倒しちまったよ」
ハルマの肩にぽんと手を置くカナタ。黙って、親指を立てるハルマ。
ヒワハ隊員は目を見開いた。
そして、もう少し、詳しい話を聞きたかったのだが、カナタが喋り出す。
「──怪我の具合はどうだ?」
「まだ少し、痛みますが、お陰様で大丈夫そうです」
「お前を連れて、今から引き返すにしても、さっきの“成形”のせいで、上階に戻ったところで、どこか、当てがあるわけでもない。だったら、最下層まで行って、オリジンをぶっ叩いた方が早い、ってのが、俺の結論だ。だからよ……」
カナタの顔が僅かに曇ったのが分かった。
その機微で、ヒワハ隊員はカナタが何を言うか察した。だから──
「──私はここで救助を待ちます」と、自ら、答えた。
「……そうか、すまないな」
「いえ、お二人は任務を続行してください」と、敢えて、敬礼してみせる。
──精一杯の強がり。精一杯の感謝。精一杯の気遣いを込めて。
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