22
「──と、言うわけで、ハヤブサのパイセンとはそれっきりだ」
道すがら、ハルマの説明を聞いたカナタは、
(──納得できない部分もあるが、いけしゃあしゃあとウソをつくタイプには見えねぇ)
カナタはハルマを横目に見る。
(……第一、ウソをつくメリットが何もねえ。わざわざ、着の身着ままでクラフトにやって来て、なんの得があるってんだ……)
「てか、ちょっと待てよ、さっきからガンガン進んでっけど、お前、道分かってんのか?」
「おおよ」と、ハルマはライセンスの画面を見せる。
カナタはじっと画面に近づき、眉を顰める。
「……んだ、これは?」
(──“
「さすが、ハヤブサさんが認めただけのことはあるな、やっぱ、お前、すげぇよ」
「いや、凄いのは、俺じゃなくて、この機械なんだけど……」
「ハルマ、お前が凄腕の“
カナタは意味深に、力強く、ハルマの肩に手を置いた。
「いやいや、違うっ、なんか、誤解してんぞ、カナタ隊員──」
──カナタは腕に巻いた“クエスト”の赤い点滅に気付き、バッ、バッ、バッっと周りを見渡した。
……た……けて……だ……い
だ……か……たす……く……
──ノイズ混じりの掠れた声が、イヤーカフから聞こえる。
「どこだっ!」と、カナタは叫び、「なにがっ」と、ハルマは驚く。
唐突に走り出すカナタ。
「あ、おい、そっちは違うぞ」
そう言うハルマの言葉など聞こえていないかのように、走る。
カナタの後を追いかけるハルマ。
「いきなりなんなんだよ、おいっ、真夜中に覚醒した猫のやつじゃねえーかよ!」
「──違う、こっちだ」と、カナタは踵を返し、ハルマを抜き去る。
「って、おい、だから、なんなんだよ」
「救助信号を受信してんだ! ハルマ、お前も探せっ!」
カナタの“X―TREK”の赤い点滅、その間隔が早くなる。
──負傷者は近い。
彼女は身体の至るところに生々しい切り傷があった。
壁にもたれる痛々しい身体。
隊員はそれでも、二人を見て、苦痛に満ちた顔をほんの少しだけ、和らげてみせた。
「……よかった。カナタ隊員……来てくれたんですね」
か細い声で言った。
「おい、どうしたっ」
隊員の身体に刻まれた幾つもの切り傷よりも、危険なのは脇腹の刺し傷であろうことは明らかであった。
「大型の……ビヨンドに、遭遇して……凄く凶暴な奴です……応戦する間もなく、やられちゃって……この有様です……」
隊員は自嘲気味に薄い笑みを浮かべた。
「クラフトの成形が、また……はじまって……なんとか……その隙に逃げてきたんです」
震えている青白い唇。
「ほんと……私って──」
「──いいから、もう喋るなっ」と、カナタは隊員の言葉を遮る。
(クソッ、傷口が思ったより深い。手持ちの救急キットで、対処できんのかっ?)
「お前、名前は?」
「ヒワハ……ヒワハマキです」
「よし、ヒワハ、もうちょっとの辛抱だ、少し痛いむだろうけど、我慢しろ」
カナタは懸念を黙殺するように、ヒワハ隊員の傷口を止血布でぎゅっと押さえた。
「うっ!」と、ヒワハ隊員は顔を歪める。
──ヒワハ隊員がビヨンドから逃げ込んだその場所は、幸運なことに、件の魔導障壁の影響の弱い場所であった。それ故に、カナタはヒワハ隊員の“救助信号”を受信することができたのである。
そしてそれは、障壁の影響が弱いその場所では、魔障探知機能がある程度まで回復しているということでもある。
今、そこにいるランダーは三人。
各自が身に付ける魔導機器は一斉に警報音を鳴らし、主人に危険を報せた。
「──なんだ、この音っ?」
ハルマは驚き、ライセンスの画面を見る。
「クソッ! こんな時にっ」
カナタは眉を顰める。
「ハルマ、気を付けろ! “大物”が来るぞ!」
それは数メートル先にいた。
体長は二メートルはあるであろうバッファローだ。
二足歩行のバッファローがゆっくりと三人に向かってくる。
牛の頭。巨大な角。四つの眼。頑強な岩のような体躯。
指先から生える四本の鋭い鉤爪。まさしく怪物と呼ぶに相応しき風貌。
地鳴りのような唸り声を上げながら、獲物を見据える。
「私のせいです……」
蚊の鳴くような声でヒワハ隊員は言う。
「……さっきから……あいつに……付け狙われていて……」
ハルマはじっとビヨンドを見つめている。
「きっと……私……私を、追って……ここまで来たんです……」
(クソッ! ハルマは“
「げて…さい……」
「あっ、なんだって?」
「私の……ことは、気にしないで……逃げてください……はやく……逃げて……」
「うっせえっ、黙ってろ! あんな奴、秒で倒してくるから、少し──」
「──なあ、カナタ、あいつはボスビヨンドなのか?」
ハルマは呑気に尋ねた。
「いや、ちげえけど、かなり厄介なのは間違いねえよ」
「なんだ、ハズレか」と、空気を読まず、肩を落とすハルマ。
カナタの傍に黒いケースを投げ置く。
それはミトミ隊員より、譲り受けた救急キットポーチだ。
「助けてやれ」とだけ言って、ビヨンドに向かって歩き出す。
「おいっ、待てっ! 一人じゃ危険だ!」
ハルマは構わず進む。
「聞いてんのかっ! ハルマっ、相手は“アラートクラス”だっつってんだっ、最悪、死ぬぞ!」
「そんな、ヤワじゃねーってば」
ハルマとビヨンドの距離はもうない。
ビヨンドは唸り声を上げながら、ハルマに鉤爪を振り下ろした。
素早く身を躱し、ボディーブロー。
(──かってえーな、おいっ)
大振りの攻撃を掻い潜り、攻撃を当てていくが、ビヨンドはびくともしない。
ハルマは一旦、距離を取る。
カナタは一連の攻防を見守りながらも、衰弱著しいヒワハの手当を急ぐ。
──ボキッと、ハルマは首を鳴らした。
「しゃあねーな」
目つきが変わる。
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