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「──と、言うわけで、ハヤブサのパイセンとはそれっきりだ」


道すがら、ハルマの説明を聞いたカナタは、にわかには信じられない部分もあったが、それでも、ハルマを問い詰めようとはしなかった。


(──納得できない部分もあるが、いけしゃあしゃあとウソをつくタイプには見えねぇ)

カナタはハルマを横目に見る。


(……第一、ウソをつくメリットが何もねえ。わざわざ、着の身着ままでクラフトにやって来て、なんの得があるってんだ……)


「てか、ちょっと待てよ、さっきからガンガン進んでっけど、お前、道分かってんのか?」


「おおよ」と、ハルマはライセンスの画面を見せる。


カナタはじっと画面に近づき、眉を顰める。

「……んだ、これは?」


(──“神龍寺バカ”どものせいで、魔導機器の類いは使えないはずだぞ。したとはいえ、あのバカどもの強力な術はまだ全然、衰えてねえ。現に、俺の“クエスト”も完全にアウトだ……それなのに、魔導障壁や結界符の多寡に左右されないって、どんだけハイテクなんだよ、この魔導機器……)


「さすが、ハヤブサさんが認めただけのことはあるな、やっぱ、お前、すげぇよ」


「いや、凄いのは、俺じゃなくて、この機械なんだけど……」


「ハルマ、お前が凄腕の“魔導工学士マシナリー”ってことは分かったよ」


カナタは意味深に、力強く、ハルマの肩に手を置いた。


「いやいや、違うっ、なんか、誤解してんぞ、カナタ隊員──」


──カナタは腕に巻いた“クエスト”の赤い点滅に気付き、バッ、バッ、バッっと周りを見渡した。


……た……けて……だ……い

だ……か……たす……く……


──ノイズ混じりの掠れた声が、イヤーカフから聞こえる。


「どこだっ!」と、カナタは叫び、「なにがっ」と、ハルマは驚く。


唐突に走り出すカナタ。

「あ、おい、そっちは違うぞ」


そう言うハルマの言葉など聞こえていないかのように、走る。


カナタの後を追いかけるハルマ。


「いきなりなんなんだよ、おいっ、真夜中に覚醒した猫のやつじゃねえーかよ!」


「──違う、こっちだ」と、カナタは踵を返し、ハルマを抜き去る。


「って、おい、だから、なんなんだよ」

 ハルマ、お前も探せっ!」


カナタの“X―TREK”の赤い点滅、その間隔が早くなる。


──負傷者は近い。


彼女は身体の至るところに生々しい切り傷があった。


壁にもたれる痛々しい身体。

隊員はそれでも、二人を見て、苦痛に満ちた顔をほんの少しだけ、和らげてみせた。


「……よかった。カナタ隊員……来てくれたんですね」

か細い声で言った。


「おい、どうしたっ」


隊員の身体に刻まれた幾つもの切り傷よりも、危険なのは脇腹の刺し傷であろうことは明らかであった。


「大型の……ビヨンドに、遭遇して……凄く凶暴な奴です……応戦する間もなく、やられちゃって……この有様です……」


隊員は自嘲気味に薄い笑みを浮かべた。


「クラフトの成形が、また……はじまって……なんとか……その隙に逃げてきたんです」

震えている青白い唇。


「ほんと……私って──」

「──いいから、もう喋るなっ」と、カナタは隊員の言葉を遮る。


(クソッ、傷口が思ったより深い。手持ちの救急キットで、対処できんのかっ?)


「お前、名前は?」

「ヒワハ……ヒワハマキです」


「よし、ヒワハ、もうちょっとの辛抱だ、少し痛いむだろうけど、我慢しろ」


カナタは懸念を黙殺するように、ヒワハ隊員の傷口を止血布でぎゅっと押さえた。

「うっ!」と、ヒワハ隊員は顔を歪める。


──ヒワハ隊員がビヨンドから逃げ込んだその場所は、幸運なことに、件の魔導障壁の影響の弱い場所であった。それ故に、カナタはヒワハ隊員の“救助信号”を受信することができたのである。


そしてそれは、障壁の影響が弱いその場所では、魔障探知機能がある程度まで回復しているということでもある。


今、そこにいるランダーは三人。


各自が身に付ける魔導機器は一斉に警報音を鳴らし、主人に危険を報せた。


「──なんだ、この音っ?」

ハルマは驚き、ライセンスの画面を見る。


「クソッ! こんな時にっ」

カナタは眉を顰める。


「ハルマ、気を付けろ! “大物”が来るぞ!」


それは数メートル先にいた。


体長は二メートルはあるであろうバッファローだ。


二足歩行のバッファローがゆっくりと三人に向かってくる。


牛の頭。巨大な角。四つの眼。頑強な岩のような体躯。


指先から生える四本の鋭い鉤爪。まさしく怪物と呼ぶに相応しき風貌。


地鳴りのような唸り声を上げながら、獲物を見据える。


「私のせいです……」

蚊の鳴くような声でヒワハ隊員は言う。


「……さっきから……あいつに……付け狙われていて……」


ハルマはじっとビヨンドを見つめている。


「きっと……私……私を、追って……ここまで来たんです……」


(クソッ! ハルマは“魔導工学士マシナリー”だから、戦闘向きのランダーじゃあねぇよな、ハルマに手当てを任せて、俺がアレと対峙するっきゃねぇ)


「げて…さい……」

「あっ、なんだって?」


「私の……ことは、気にしないで……逃げてください……はやく……逃げて……」


「うっせえっ、黙ってろ! あんな奴、秒で倒してくるから、少し──」


「──なあ、カナタ、あいつはボスビヨンドなのか?」

ハルマは呑気に尋ねた。


「いや、ちげえけど、かなり厄介なのは間違いねえよ」

「なんだ、ハズレか」と、空気を読まず、肩を落とすハルマ。


カナタの傍に黒いケースを投げ置く。

それはミトミ隊員より、譲り受けた救急キットポーチだ。


「助けてやれ」とだけ言って、ビヨンドに向かって歩き出す。


「おいっ、待てっ! 一人じゃ危険だ!」

ハルマは構わず進む。


「聞いてんのかっ! ハルマっ、相手は“アラートクラス”だっつってんだっ、最悪、死ぬぞ!」


「そんな、ヤワじゃねーってば」


ハルマとビヨンドの距離はもうない。

ビヨンドは唸り声を上げながら、ハルマに鉤爪を振り下ろした。


素早く身を躱し、ボディーブロー。

(──かってえーな、おいっ)


大振りの攻撃を掻い潜り、攻撃を当てていくが、ビヨンドはびくともしない。


ハルマは一旦、距離を取る。

カナタは一連の攻防を見守りながらも、衰弱著しいヒワハの手当を急ぐ。


──ボキッと、ハルマは首を鳴らした。

「しゃあねーな」

目つきが変わる。

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