21

──約十五分間、ハルマは歩き続けた。


その間、彼が一体の魔物ビヨンドにも遭遇しなかったのは幸運と言えよう。


ハヤブサと同行して以来、ビヨンドとの遭遇はなく、それすら、随分と昔のことのように思えるほどに、無機質で無表情な変わり映えしない景観は途方もなく退屈であった。


(……まだ最下層には着かねえのか?)


しきりにライセンスの画面を見るハルマ。そのまま、角を曲がると──


──ドンッ

誰かとぶつかった。


「あ、すんません」と、思わず、顔を上げる。

目つきの悪い切れ長の目がハルマを睨む。


ハルマよりも頭一つ背の高い、黒髪で面長の男。

カナタサブロウザだ。


「──あん、誰だ、てめえ」

睨むように、いや、睨みながらハルマに聞く。


「あんた、ランダーか?」

その問いに、さらに顔を強張らせるカナタ。


「……クラフトにいんだから、ランダーに決まってんだろうがっ」と、吐き捨てる。


「それともなにか、俺がビヨンドにでも見えんのか、こらっ、お前の目ん玉は飾りか、何かかっ!」

カナタはハルマに食ってかかる。


「──てめぇ、こら、俺が質問してんだろうがっ。てめえはどこの誰なんだって聞いてんだよ!」


「コキヒハルマ」

「はあぁっ! そのコヒキハルマは、どこの誰だって聞いてんだ、お前、舐めてんのか!」


カナタは掴みかかる勢いでハルマに詰め寄る。

「こっちは、さっきのクラフト形成で、ボンボン、ピンポン球みてえに、そこらじゅうに体ぶつけて、道中で拾ったノービスどもともはぐれちまうし、ただでさえ、頭きてんだ……、てめぇ、これ以上、俺をイラつかせんじゃあねぇよ」


カナタが凄むがハルマは何食わぬ顔。

「俺はあれだよ、あのー、あの人……、えーっと、鳥の名前した……ウグイス……じゃなくて……」

「ハヤブサか?」


「あ、そうっ。ハヤブサって女の人に助っ人頼まれて──」

「はあぁぁぁーっ!?」

ハルマが言い終わる前に、カナタは怒鳴った。


「一体、なに考えてんだよ、あの人はよっ」

カナタは壁を叩く。


「わざわざ、緊急要請、出して連れてきたのが、こんな、マヌケの腑抜けた奴なのかよ!?」と、ハルマを睨んだ。


──普通、プロアマ問わず、ランダーであれば、「コンバットユニフォーム」を着用しているはずだ。


しかし、ハルマの装いは明らかに普段着。それも、ちょっとそこまで出掛ける程度の装い。


危機管理も緊張感もない、カジュアルな服装にカナタの苛立ちが増していく。


唯一、申し訳程度に羽織るジャケットは麝香機関の支給品のように見えるが、多分、──ご丁寧に、麝香機関討伐部隊の紋章のワッペンまでそっくりに付いている──コピー品であろうと、カナタは思った。


「──麝香の人間ならまだしも、よりによって“野良”のランダーとは……いや、“野良”ならまだよかった……てめえは、それ以下だ。ランダーを語る有象無象より最悪だ」

カナタは思わず、手で顔を覆う。


「クラフトに私服で来るなんてマヌケ……お荷物以外の何者でもねえじゃねえかよ」

もう一度、拳を壁に打ち付けた。


ハルマを睨みつけるカナタ。ハルマを指差す。

「お前はただのゴミだ」と、言い切った。

言われた、ハルマも睨みを利かせ、カナタに詰め寄る。


「てめえ、さっきから聞いてりゃあっ、初対面に向かって、ずいぶんな言い草じゃねえか!」

「あぁん、ゴミをゴミっつって、なにが悪いんだ」


「こちとら、ハヤブサのパイセンにどうしてもって、頼まれて、はるばるやってきたつってんだっ、少しは敬意払えや、このヤロウッ」


「てめえのナリの、どこに敬意払えばいいんだ、バカヤロウッ」


「んだと、このヤロウッ。急な呼び出しに、快く応じたってのに、感謝の一つも言えねぇってのか、おうっ、コラッ」


「ったりめーだろが! 今回はあの人の大チョンボだ。ランダーのイロハも分かってねぇ、トーシローのガキは邪魔になんねえように、そこらで、瓦礫の掃除でもしてろってんだ」


「そういう、てめぇの実力はどうなんだ、バッキャッローッ」


「てめえ、自分のこと、棚に上げて、人のこと、とやかく言える立場かよっ、バカヤロウッ」


二人は額と額を擦り付けるようにくっつけて、凄み合う。


「いい加減にしやがれよ、てめえ、こら、どこ中だ、バッキャッローッ」と、ハルマ。

「あんっ、ミナサギ中だ、バカヤロウッ」


ハルマはカナタから少し距離を置く。


「……おな中じゃねーか、バッキャッローッ」と、再び、凄みながら距離を詰める。


「んだと、このヤロウッ、それだけで、認めたことにはなんねーぞ、このヤロウッ、てめぇ、何期生だよ、舐めた口きいといて、後輩だったら、容赦しねぇぞ、バカヤロウッ」と、カナタ。


「ああん、162期生だよ、バッキャッローッ」


カナタはハルマから少し距離を置く。


「……同級生じゃねーかよ、バカヤロウッ」と、再び、凄みながら距離を詰める。


「んだよ、タメかよ、このヤロウッ、バッキャッローッ」


張り付けた額を支えにするように二人は睨み合う。


「タメだからって、調子こいてんじゃねーぞ、このヤロウッ、てめえ、三年何組だ、バカヤロウッ」と、カナタが凄んだ。


「あぁっ、八組だよ、バッキャッローッ」

「八組ってことは、歴史のナベセンが担任じゃねぇーか、バカヤロウ」


「ああ、そうだよっ、ナベノイヨウコ三十七歳独身が担任だっつーんだ、バッキャッローッ」

「そのあだ名で呼ぶと、マジギレすんだぞ、あの先生はよっ、それに、俺たちが卒業した三年後に目出たく、ゴールインしてんだよ、バカヤロウッ」


「元教え子と歳の差婚だぞ、このヤロウッ、舐めんじゃねーぞ、そういう、てめえは何組だ、バッキャッローッ」と、ハルマも負けじと凄む。


「あぁん、四組だ、バカヤロウッ」

「なにぃ、四組ってことは……、担任、保健体育のタニマサじゃねえぇかよ、このヤロウ、生活指導で一番こえー、先生じゃねーかよっ、バッキャッローッ」


「ああ、そうだよ、このヤロウッ、こちとら、中学三年間、ずっと「ボスマサ」だったんだぞ、バカヤロウッ」


「そいつは、ほんとに、三年間、ご苦労だったな、バッキャッローッ」


二人はいがみ合い、睨み合いながらも、距離を置く。


二人ともから舌打ちが聞こえた。


「──まあ、あれだ、同じ中学のよしみだ、少しは認めてやるよ……あと、お前のこと、よく知りもしねえで、ゴミとか言って悪かったな」


「いや、俺も色々、突っかかって悪かったよ……すまなかった」


どこか気不味いながらも、二人は互いに頷き、和解したようだ。


「──とにかく、冷静に考えてみれば、あのハヤブサさんが選んだんだ、お前に何かしらの勝算を感じだから、連れてきたんだろう。どうしようもない足手まといなら、どっかで待機させてるはずだからな……」


カナタはハルマを眺める。

「……んっ? そういや、そのハヤブサさんはどこにいんだよ?」

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