20

「──しかし、君、なかなかやるわね」


二人はクラフト内を歩き続けている。


「なにか、武術の心得があるの?」

「まあ、昔取った杵柄ってやつかな」


ハヤブサはほくそ笑む。

「そう。少しは安心したわ。あなたを頭数に入れてよさそうだから」


「あんた、俺を無理からに巻き込んだくせして、まだ、俺のこと信用してなかったのかよ」

ハルマは呆れたような視線をハヤブサに送る。


「ごめんね。でも、「戦力」と「お荷物」は大違いよ。それに、なんの確証もなく君を連れてきたのは、完全に私の独断だからね……責任はあるもの」と、含みのある口振り。


「──ところで、あんた、名前なんての?」

ハヤブサは目を丸くした。


「そういえば、自己紹介がまだだったね」

歩みを三歩早め、ハルマに向いて立ち止まる。


「私は、ケイ。翼虎さとらケイよ。通称“ハヤブサ”。よろしくね」


「俺はコキヒハルマ。通称は……えーっと……」

「──無理に探さなくてもいいわよ」と、ハヤブサは笑った。


──その瞬間だった。


ゴゴゴゴゴゴゴッ


不穏な地響きとともに地面が揺れる。


「えっ」

「はっ」


壁を支えにしなければ、立つこともままならない大きな揺れ。


勢いは大きく、激しく、熾烈さを増す。


まるで、何者かが出鱈目に外からクラフトを掴んで縦横無尽に揺すっているような、もはや地震と呼ぶにも生易しいそんな、横揺れと縦揺れ。


地面が前後左右に大きく傾く。

「んだ、こりゃっ」


上下左右、ピンボールのように壁や地面にぶつかり転がるハルマとハヤブサ。


「クソッ!」

眉を寄せるハヤブサ。


(──見誤った! “形成”はまだ終わっていなかったんだ!)

ハヤブサは奥歯を噛み締めた。


地割れが起こる。

天井や壁に走る亀裂。

それは、邪悪な微笑みのようにも見えた。


バキバキッ、バンッ、ガンッ、ベキベキッ──


いよいよ揺れに耐えられなくなった構造物は崩壊していく。

それは、断末魔の歓喜のようにも聞こえた。


そうして、クラフト内を隔てる全ては、砕け散った。

真っ白な空間の中、砕けた白い構造物の塊があちこちで浮遊している。


恐らくは、全ての階層が同じ状況であろう。

クラフトの塊は四方八方に勢いよく飛び交い始めた。


──形成が始まる。


引き離されたハルマとハヤブサの間を無表情で無機質な白い塊が飛んでいく。


「ハルマ君っ! 落ち着いて聞いてっ! 」

ハヤブサが叫んだ。


「ここからはきっと別行動になるわっ。だから、お願い、「ムササビ」「ナツモ」「カナタ」っていう隊員を探して、最下層を目指してっ! 私も必ずそこにっ──」


ハヤブサの乗る塊が勢いよく、飛び去る。


「──おいっ!」

思わず伸ばした腕では、何も届きはしない。


「──最下層で会おうっ」

ハヤブサは不敵に笑った。


その笑みを最後まで見ることもなく、ハルマを乗せたクラフトの塊は、何処とも知れぬ彼方へ、勢いよく飛んでいった。


──あれほど勢いよく飛んでいったにも関わらず、音も衝撃もなく、クラフトの塊は驚くほど静かに、構造物の一端にぶつかると、結合し、また無機質で無表情な建造物に戻っていた。


ハルマは確かめるように三度、四度と地面を踏んだ。


ピンボールのように何度も転がされたせいか、歩き始めると、足元なのか、感覚なのか、恐らくはそのどちらもがまだ揺れて、ふらついた。

辺りを見回す。大理石造りのような壁や柱や階段。


(……まいったな)

「確か……仲間を探して、最下層を目指せって、言ってたよな……」


ハルマはもう一度、辺りを見渡す。

「最下層に行けったって、どうやって行けってんだよ」


無機質で無表情な建造物に積もる瓦礫。


「今、何時だ? ここに来て、どれくらい経ったんだ……?」


「──フォートは持って行っても意味がない」と、そうハヤブサに言われ、置いてきた。


クラフト内では時間経過が出鱈目になることも少なくはない。


故に、ランダーは腕時計型の魔導機器「X―TREK」を必ず携帯している。


通称「クエスト」と呼ばれるその魔導機器は、特殊な技術を用い、現世うつしよの時間とクラフト内での時間経過を観測することができ、GPS機能やナビゲーション、魔障濃度計測、危険対象接近警報、無線機能など、様々な機能を有している、ランダーにとって必需品の一つである。


多くの場合、ランダー一人一人に配布され、最初に持ち主の生体認証を登録する。


そのため、持ち主以外は使うことのできない仕組みとなっている。

故に、ハルマは持ち得ない。


──何かないかと、パンツのポケットからライセンスを取り出した。


麝香機関のシンボルを親指で上げる。

次の画面に映ったのは、二つのデジタル表示のタイマー。


上側の時計表示は現世の時間であろう。

《経過時間》と記された、下側のタイマーはストップウォッチのように0.1秒単位で忙しなく時を刻んでいる。


ハルマがクラフトに入界して、凡そ四十分程の時間が経過していた。


「……以外と優秀だな、こいつ」

ハルマはまた親指で画面を上げる。


次の画面──

《Elements Explorer》

《cancel》《continue》と、書かれたボタン表示。


「よく分からんけど、まあ、マイナスになることはないよな」と、ハルマは《continue》をタップした。


《Explorer START》の文字と目紛しく青く回る光りの環。


(このカウント表示、どっかで見たな……)


《Explorer END》

……《探索結果を表示します》


現在地を示す赤いピン。

それと、《to under》と記された青い矢印が恐らく、最下層への道標であろう。


「……めちゃめちゃ優秀じゃねえか。なんなんだよ、こいつ」

ハルマは親指で画面を触る。


次は見慣れない記号やグラフが表示された画面だった。


気温、湿度、魔障濃度などが記されているが、ハルマが唯一、理解できたのは気温と湿度のみで、それ以外の記号や数字、円や棒のグラフの意味はまるで理解できなかった。


また親指で画面を触る。

自身の体調や心拍数などが表示された。


そして、その画面を最後に、再び、時計の画面に戻ってきた。


(あれっ、えっ、意外となんとかなるかも……)


ライセンスの画面をマップのページに戻し、ハルマは歩き始める。

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