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(──なんだ?)と、パンツ越しに中の物を確認する。


アスキは真っ直ぐにハルマを見つめている。

「……その大事故な……俺のハンドリングかブレーキングのミスだってことになってんだけどよ、これまでに何十回と走り込んだコースだ。ぽっと出のルーキーならまだしも、そんなヘマ、俺はしねぇーよ」


アスキは苦虫を噛み潰したように言うと、コーヒーに口をつける。


(──バイクのキー? いや違うな……フォートにしては小さいし、それにフォートは右ポケットだ……ライターかマッチか? いやいや、俺、タバコ吸わねーし……ルカの仕事道具、返し忘れたんか……)


ハルマはポケットに手を突っ込む。

アスキはまた、じっとハルマの目を見る。


そしてはっきりとした口調で言い切った。

「ブレーキングペダルが急に効かなくなったんだ」


ハルマはハッと目を見開く。

──あの、黒い謎の電子機器だ。


「驚くのも無理はねえけど、マジなんだよ」と、アスキ。


「……いや、まあ、ええ、はい」

ハルマはぎゅっと機器を握る。


「つっても、こんな話いきなりされても信じられねえよな」


「そ、そうですね……」と、ハルマはポケットの中から機器を取り出す。


「実際、当日のレース中もそれまでは普通に踏めてたのによ、山頂付近のあの下りのコーナー手前、一番スピードの乗った、あの瞬間だけはブレーキが効かなくなったんだ」


ハルマはちらりと目線を落とす。開かれた手の中に、まごうことなき黒い電子機器。


「──どういう仕掛けかは分かんねえんだけど、車に細工されたんだよ」


(……やばい、駅に落とし物で届けるの完全に忘れてたっ──!)


「乗ってた車はその場でスクラップ行きだったから、証拠があるわけじゃないんだけどな、それ以外、考えられないんだ……」


アスキは悔しさを滲ませる。

ハルマは何食わぬ顔で、機器を再び、ポケットに。


(てか、そもそもなんなんだよ、この機械。一体、なんに使うんだよ?)


「前日の晩に車の整備は一通り終わって、店の車庫に置いてたんだ。だから、深夜に誰かが忍び込んで、なにか小細工をやったに違えねーんだ」と、アスキは眉間に皺を寄せた。


(なんか、ばんばん落っことしてたし、そんなに大事なもんでもねーのかも……)


「当日も何も問題なかったのに、いざ本番を向かえたらあの大惨事だ」

アスキは顔を横に振った。


(……なんかもう、届けに行くのもめんどくなってきたな。てか、やっぱ、フルーツサンド食いてえな)


「でな……明日の夜、その因縁の場所で走んだよ」

覚悟を持った瞳に宿る信念──。


「明日の夜が、本当の意味での俺の復帰戦なんだ。大事故起こしたあのサーキットコースで、目一杯ぶん回して、初めて、俺は俺の誇りを取り戻せるんだ」


(フルーツサンドもいいけど、さっきメニューで見た、シーフードグラタンパスタもいいな……でも、ここ来る前にグラタン食ったしなー)


「だから、明日のレースが始まるまで、俺の車を見張っていてほしいんだ。疑うわけじゃねーんだけどレースに関わる人間には任せらんねえんだ……なんつっても大金の絡むレースだからよ、気の迷いってことも考えられるし……だから、レースとは無関係の奴ってことでルカに相談してな、ルカやあいつの周りがこんなクソくだらねえことするとは思えねえし。で、ルカが『だったらいい奴がいますよ』って、ハルマ、お前を勧めてくれたんだ」


(──ていうか、これ、マジでなんなんだ? あとでネットで調べてみるか……いや、でもなんて、検索すりゃあええんだ? あーもう、なんかマジでめんどくさくなってきた。捨てるか。いやいや、それはさすがに人として……)


「レースが始まるまでつっても、朝には俺も店に行くし、それまでの間だけでいいんだ。夜中から朝までの間だけでいいんだ。もちろん、謝礼は出すよ。だから……ハルマ、頼まれてくれるか?」

アスキは真剣な眼差しでハルマを見つめた。


「え、ああ、はい──」


アスキが立ち上がる。

「ほんとかよ! ありがとな!」


ハルマの手をぎゅっと握り、堅い握手を一方的に交わす。


(──やべ、復帰がどうののくだりから全然、話聞いてなかった)


嬉しそうな、安堵したような顔のアスキ。

「ほんと、俺も復帰戦ってだけでナーバスになってたのに、この件のこともあって、恥ずかしい話、最近は夜もまともに眠れなくてな」


(何がどうなったか、よくわかんねーけど、とりあえず、笑っとけ、笑っとけ)


「これでレースに集中できるよ。ハルマ、ほんっとありがとうな」

「いや、ハハハハハハハッ。お、俺もお役に立てたみたいで嬉しいっす──」


「ところで、アスキさん……」

「ん、どうした?」


「この、照り焼きチキンプレートとピリ辛シーフードスパゲッティ、頼んでもいいですか?」


アスキは一瞬、呆気に取られたが「おお、いいぞ、食え、食え」と、ほくそ笑んだ。


「あ、それと、このクロエ特性フルーツサンドも──」

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