8

激しい揺れに、堪らず体勢を崩したランダーたち。

その刹那、オリジンは復活を遂げてしまった。


白くのっぺりとした、マネキンのような体躯。

いびつに丸い頭。


その頭の真ん中辺りには殴って付けたような窪み。

窪みの下には横にぱっくりと広がる裂け目。


口、というよりも大雑把に裂けたそれは、何もかも──光さえも──飲み込みそうな、真っ黒い穴であった。


だから、歪な白い球体に黒い楕円がポツンと浮かんでいるような、錯覚がした。


「──蘇ったところで、終わりだ」

ナツモは鬼包丁をオリジン目掛け振り抜いた。


しかし、オリジンは真上に飛び、ナツモの一撃は空を斬る。


そして、宙に浮かんだまま、自らの頭をぎ取り、地面に叩き付けた。


ナツモは難なくそれを躱す。

地面を打つ頭部はバウンドし、オリジンの両手に戻る。


オリジンはまた頭部を地面に叩き付けた。

──それは地上のナツモへの攻撃ではなく、であった。


オリジンが頭部を地に叩き付ける度に、クラフトが揺れる。


「何やってんだっ、近所迷惑だ、バカヤロウ」

カナタは宙を浮くオリジンへ引き金を引く。


発射された銃弾はオリジンを貫いたが、オリジンは意に返さず、一心に頭部を地に叩き付ける。

「チッ! 効いてねえみたいだ」


ナツモが飛ぶ。

オリジンの後方にハヤブサ。

それでもオリジンは両手に掲げた頭部を振り被る。


前後からの斬撃──


「──ッ!」

頭部を投げ落とす反動を利用し、素早く垂直に、さらに上へと上がるオリジン。


二人の斬撃は空振りに終わる。

勢いよく叩き付けられた頭部は地面を大きく揺らし、勢いよく跳ね返り、オリジンの両手へと戻っていき、その勢いとスピードはみるみるうちに加速していく。


目紛しく、上下を行き交うオリジンの頭部。


ドォンッ!

ダァンッ!

ドォンッ! 

ドォンッ!


立つこともやっとな、大きな揺れがランダーたちを襲う。


「クソッ、これじゃあ、近づくこともできねぇ」

カナタはほぞを噛む。


(俺たちのことなんて、知らぬ存ぜぬで、脇目も振らずに一体、何をやってんだ……?)


逡巡するムササビの足元にピシッと小さなひびが入った。


ムササビはハッと顔を上げ、叫ぶ──

「全隊、退避っ!! 至急退避だ!!」


──が、その決断は僅かに遅かった。


オリジンは跳ね返った頭部を両手で受けず、差し出した首に据える。


跳ね返りの勢いは死なず、二つに折れる曲がるオリジンの身体──

──そのままの体勢で地面に向かって急降下し、地面に頭を打ち付けた。


──ズドォーッン!!


歪な丸い頭は地面にめり込む。


その瞬間──

無機質で無表情な壁や柱、地面──

その全てに──


クラフトの全てに──

亀裂が走り、その全てはバラバラに砕けた。


「──ッ!!」


体勢を崩したまま、ランダーたちは呆気に取られる。


「近くの隊員同士で固まれっ!!」

声高にムササビが言う。


しかし、もう遅い。遅すぎたのだ──。


バラバラに砕けたクラフトの塊は隊員たちを乗せたまま浮遊する。


その場に止まることで精一杯な面々。

何人かでいる者もいれば、一人の者もいる。


周りの喧騒を無視し、死んだようにぴくりとも動かず、頭を地面に埋めるオリジン。


唯一、その場だけがとどまっている。


ムササビを向くナツモ。

ムササビは正解だと言わんばかりに大きく頷く。


──クラフトは“オリジン”によって創造される。


“オリジン”のによってクラフトは形を変える。


一定の変化を遂げるまでの期間を「成形期」と呼ぶ。


クラフト──狭間の世界──の規模にもよるが、成形期は一日から七日のうちに終了するものとされている。


──マトナ市に発生した今回のクラフトは、その出現から既に、二週間が経っている。


本来ならば、「成形期」を終え、「拡張期」に入っているはずである──。


しかし、濃密な魔障を取り込んだ“オリジン”は進化した。


オリジンの進化に伴い、“クラフト”も再び、成形される──。


「──だっ! クラフトがされるぞっ!」

切迫したムササビの声が、耳元のイヤーカフから聞こえた。


戸惑いを露わにするノービス隊員たち。

「みんな、落ち着いて、ここからは“ケースG(遭難時対応手順)”に移行する! 各自っ、状況に合わせて、適宜、対応するように!」


ランダーたちに緊張が走る。

離れ離れのその緊張がムササビに伝わり、彼は奥歯を噛み締める。


「……ケイ、コウセイ、サンザ、頼んだぞ」

なんとか体勢を支えながら、三人は黙って頷いた。


「みんな、必ず、迎えに行くから、待っててくれよ──」

いつもの薄い笑みを浮かべて、ムササビは言った。


──粉々に砕けたクラフトの塊はランダーたちを乗せ、散り散りに四方八方へ急速に飛んでいく。


地面からおもてを上げるオリジン。

ぱっくりと広がる裂け目だっただけの口は、邪悪な笑みで歪んでいた──。

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