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「──んだよ、こいつっ!」


素早く動き回る四足歩行型のビヨンドに対して、隊員の一人が苛立ちを吐き捨てた。


「当たんねえぞ、おいっ!」


自動小銃の銃口から連射される対ビヨンド専用魔導弾はビヨンドに命中することなく、無機質で無表情な壁や地面にめり込む。


通常ならばすぐに討ち取れるはずの雑魚ビヨンドの数匹相手に部隊は手を焼いていた。


「魔導は使えるか?」

「いえ、上手く魔力が練れません!」

ムササビの問いかけに、魔導士の一人が叫ぶように言う。


チッ、と誰かの舌打ちが聞こえた。


「──ハヤブサさん」

ナツモはハヤブサに合図する。頷く、ハヤブサ。


──同時に二人は駆ける。


襲い掛かるビヨンドの歯牙を物ともしない。

一本と二本の刃がビヨンドを深く斬り裂いた。

短く耳障りな断末魔。


自動小銃の引き金にかかる指先の緊張が解かれる。


「──なんなんだ、こいつ……ただの雑魚ワンズじゃないぞ」

隊員の一人が困惑気味に呟く。


「きっと、濃度の高い魔障にあてられて、飛躍的に身体能力が上がったんだ」


隊員たちの元へ戻ってくるナツモが事も無げに言う。

それは十分に理解できる。それでも、隊員たちは釈然としない様子。


「これからエンカウントする雑魚ワンズは今のレベルかそれ以上になるはずだ。愚痴ってる暇なんてねえ。心してかからないと、とんでもねえ痛手を負うぞ」


無愛想なナツモなりにノービスランダーたちを鼓舞したつもりであった──

──が、その表情は暗い。


ドスッと、ナツモの尻にハヤブサの膝が入る。

ムッとした表情で振り返るナツモ。


「なんすか……?」

「なんすか、じゃないわよっ、夢と希望に満ち溢れてる新米の心をへし折るようなこと言ってどうすんのよ! 君、将来有望な後輩をびびらして、みんな揃って辞めさす気なの?」


ムッとした表情を変えず、向き直るナツモ。

「俺はただ、後輩のモチベを上げようとしただけですよ──」

「──どこがよ、今の言葉のどこにその要素があった」


二人はぶつぶつと言い合いながら先を行く。

その足が同時にぴたりと止まった。


そこには何十体もの、先程と同じ、四足歩行型のビヨンドが群れをなして、一行を凶暴な目つきで睨み付け、唸り、威嚇している。


その殺意の眼光に、呼応するかのように疼くナツモの右腕。


「ハヤブサさん」

「ええ」


ナツモは腰元の刀を抜く。

反りはなく、切っ先は水平。

分厚く鍛え上げられた刀身。

刀というにはあまりに武骨で無粋であった。

「根切丸」と銘打たれたその一刀は、故に「鬼包丁」と呼ばれる。


主人を代弁するかのように鈍色に光る鉄の肌。

浮かび上がる「断截」の二文字。


「──フォロー、お願いします」と、先に飛び出したのはナツモ。


「あ、ちょっと、勝手にっ!」

やや遅れて、ハヤブサが駆ける。


「はい、じゃあ、俺たちも構えるよ」

ムササビは不安など一切なく、隊員たちに告げた。


カナタは腰のナイフを抜く。

右に拳銃、左にナイフを持ち、目の前のノービスたちを気にしつつ、ビヨンドの群れに飛び込む二人を眺める。


(──あぁ、クソッ! 俺もがよかったぜ!)


──ビヨンドの群れの中、鈍色の一閃が煌めく。


ナツモは重たげな鬼包丁の刀身を軽々と振り回し、濃密な魔障を吸い凶暴化したはずの魔物を易々と斬り伏せていく。


暴れ回る猛獣の如く、鬼包丁の切先は止まらない。


その苛烈な剣捌きを前に、戦いの行方を見守るノービス隊員たちは固唾を飲んだ。


「相っ変わらず、顔に似合わねえ、大胆かつ繊細な、容赦なしの剣だな、おい」

カナタは口角を引き攣らす。


「──ちょっと、ナツモ君、少しは私の出番も残しといてよね」

ハヤブサは呆れたようにナツモを眺める。


しかし、最後の一体までも、とうとう一人で斬り倒してしまった。


ナツモは涼しげな表情を崩すことなく、鬼包丁を一振り、鞘に納める。


──ビヨンドの亡骸は黒い灰塵となり、粉々に崩れていく。


彼の精神は、横たわる魔物たちの残骸の中、真冬の水底のように佇んでいた──

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