5日目 予報

「あ、やっと来た。結構待ったんだよ?」


 雨がまだパラパラ降る中で、傘をさしたまま海をいつもの場所で眺める彼女は、こちらに気づくと手を振った。


(こんにちは)


「こんにちは。まあ五時集合って言ったのに四時から待ってる私が悪いんだけどね」


(まだ波高いから、ちょっと場所移さない?)


「あ、確かに波高い時に堤防に近づかない方がいいっておばあちゃんに言われてたけど、まあ無視して来た。ほら、こうして堤防には登らずに待ってるでしょ?」


(それはそうだけど……)


「あ、住所だよね。忘れないうちに、はいこれ」


 僕は折りたたまれたメモを受け取る。


「マンションの四〇五号室だよ? 間違えないでね?」


(わ、わかった)


「よし。じゃあ今日は何話す?」


(雨が強くなりそうだから、今日はこれぐらいにした方がいいと思う)


「え、この後雨強くなるの? 朝テレビで見た天気予報では落ち着くって言ってた気がするんだけど。もしかして、島民の勘?」


(まあ、そういうものかも)


「へぇー! ちなみになんでそれが分かるとかあるの? 海の様子とか、匂いとか」


(西の空を見てみて)


「西の空……ってどっち?」


 僕は少し近づいて山の方を指す。


(あっち)


 すると彼女は僕の傘の下に顔を近づけ、耳元で囁くようにつぶやく。


「あ、あっちか。確かに、山の裾の方に黒い雲ある。あれがこっちに来るからってことか。これまでもそうやって天気を予報してたの?」


(う、うん)


「へぇー、すごいね。でもおばあちゃんそんなこと言ってなかった気がす…………あ、だからおばあちゃん引き留めてたのか。君も場所移したいって思ったんだ」


(……うん)


「ん? もしかして、照れてる? こんなに近い距離で話してるから? まあ年頃の男の子だったら、ドキドキするよね。大人のお姉さんが、この距離で、囁いたら、ね」


(もう!)


「きゃっ」


 僕は思わず彼女に体をぶつけつつもその場から少し距離を取った。


「あ、ごめん……嫌だったんなら謝る」


(う、ううん。僕の方こそごめん)


「……そうだよね。君は私の話し相手になってくれてるけど、それは優しいからだもんね。私がこうやっていじるのを楽しんでたわけじゃなかったよね。ごめん」


(ち、違う)


「そんなに気を使ってくれなくても」


(ド、ドキドキしたから!)


「……え?」


(きれいだし、声も聴いてて心地いいし、それにそれに……)


「……ちょっ、ちょっとタンマ! その、そんなに急に褒められても、困るっていうか、なんていうか……私も照れる。声がいいとか、きれいとか、嬉しいけどさ。私も面と向かって同年代の子から言われたことがなかったからさ、さっきまでの君の気持ちが分かったよ。改めて、ごめんね」


(謝らなくても……)


「でも、そんなに私のこと褒めてくれる人が、向こうに帰ってからもいてくれたらなー」


(あ、そういえば……)


「そ。明後日帰るんだ。それも、向こうの都合で朝の船に乗る。だから、こうやって会えるのは明日が最後かもね」


(そっか)


「そんなに寂しそうにしないで。でも、ちょっと嬉しいかも。そんなに別れを惜しんでくれるってことは、少なくとも私のこと、嫌だと思ってないってことだろうからさ。明日、またここで会お?」


(うん)


「じゃあまた明日。初めて会った、あの時間に来てくれたら、私多分いるから」


 少し目に曇りが見えたような気がしたが、ここから離れていく足取りは軽そうに見えた。

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