5月22日

 一学期の中間テストほど作るのが面倒なものはない。


 だいたい、ここまでの授業時数が少なすぎるのだ。数時間でどの単元をやれというのだ。よしんばやれたとして、それでどうして50分間100点満点のテストが作れるというのか。


 やれるというなら代わりにやってくれ管理職――


 ――などと進言できるわけもないので、今年も俺は少ない考査範囲をなんとか薄めて伸ばして100点満点の問題に仕上げた。まあ、できてしまうから状況は続くわけである。


 面倒は面倒だが、一応中間テストにも意味はある。


 一つは、この成績が三年生の調査書に載る仮評定の指標になるということ。ここで成績が振るわなかった生徒は、期末テストまでに死ぬ気で勉強をしないと大きく評定平均を下げることになり、結果就職の内定や大学への推薦が遠のくことになる。そのアラート機能を備えているのが一学期の中間テストだ。


 もう一つは、新入生をぴりっとさせること。


 ぴりっとである。これは学校が目指す偏差値帯にもよろうが、例えば進学校であればここでガンガン攻めた作問をして、新入生どもにこのままではいけないと思わせることができる。他方、うちのような平均的な普通科高校では、あんまり攻めたことをしても怒られるし、かといって差をつけないとまた怒られるしで、匙加減が難しい。


 それもこれも考査の出題範囲がもっと広ければいくらでもやりようはあるのだが、いかんせん前述の通りだ。健診やオリエンテーションでたびたび抜けが発生する数時間の授業時数で進められる範囲など限りがあるし、休日用の課題を追加できたとしても授業内容をメインにせざるを得ないためそこまで大幅な点数は割くことができない。


 俺はこれに毎年困る!


 困るが期限までには仕上げる。仕事だからな。


 そういうわけでテスト直前週から実施週の職員室と印刷室は、毎回えも言われぬ殺気に満ちているのであった。


 幸いにも俺の担当科目は初日に実施できたので、今回俺のデスマーチはすでに終わっている。とりあえず生徒がいる間の仕事は、他の科目で割り当てられたテスト監督に出ることだけだ。


 だいたいのテストでは生徒を緊張させる意味もあって、普段は訪れない教室に監督を充てられることも多いのだが、たまたまこの日は自分のクラスを監督することになった。


 しかも問題の数Ⅰのテストである。


 不正が無いように注意事項を伝達し、裏を向けて問題用紙を配り、開始を待つ。何人かの生徒はもう雰囲気に慣れてしまったのか、俺と目を合わせてはくすりにやりと声にならない笑いを顔に浮かべている。


 早いよもう。ぴりっとしろ、ぴりっと。


 ざっと見回せば、廊下側二列目の目名方あきらは、ただでさえ大きな目をさらに見開くようにして目の前の生徒の背中を睨みつけ、何事かをぶつぶつと口の中で唱えているようだった。公式の暗記でもしているのだろうか。


 窓際の飯豊みなは無の表情で手を膝に置いている。余裕と言ったところだ。


 教室中程の三之内けいは、こちらも目名方あきらのように目を開いてはいたが、開始の合図を待ち構えてか、口の端が心なしか吊り上がっているように見える。


 あれから三人の勉強会は毎日行われたらしい。


 らしいというのは、そう毎日様子を見に行くのも鬱陶しかろうと思って、以後は遠慮したためだ。だが教室の前を通る他の教員から、今日も残って勉強してる子がいますね、声をかけられることで、大体の様子が知れていた。


 しかし続いたということは、目名方と飯豊はそれなりにうまくやったのだろう。自己紹介当初から数学嫌いを公言していた三之内の今の表情が、それを物語っていた。


 果たして彼女たちは因数分解ができるようになったのか。俺は理系でないので、もはやそのあたりはよくわからんが。わからないなりに、テスト中は何度も机間指導に出て生徒らの様子を確認してやろうと思う。


 やがてチャイムが鳴ると、それに合わせて紙をめくる音が一斉に教室を席巻する。


 全員が前のめりに問題へ向かう中、高めに結ばれた三之内けいのポニーテールが、ぴょこんと揺れた。

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