第13話 幼馴染み
今年は暖かかった所為か、急な寒さが訪れた十一月に依子が珍しく風邪をひいた。数日前から咳をしていた事を昌士も知っていたが、依子が「風邪をうつすと大変だから来るな」と言っていた為、その後の依子の体調の事は知らなかった。
今までも風邪をひいたことは何回かあり、連絡の無い日が数日あったりしたが、今回のように、依子の家に明かりが灯らなくなって一週間程過ぎる事は無く、昌士もどうした事かと思っていた頃だった。
「昌士さん。姉さんが入院しているの。少しで良いからお見舞いに来てくれないかしら」
少し震える声で依子の様子を知らせる電話をくれたのは依子の妹。
「分かった。病院はどこだ」
昌士は一言そう答えると、後は何も聞かず家を後にした。
◆◆◆
昌士は病院が嫌いだった。
病院の受け付けに並ぶ人を見ていると、よくもこんなに調子が悪い人がいるもんだと思ってしまう。それに物凄くしんどい様子の人もいれば、調子が良く笑顔の人が入り交じっているのも落ち着かない。匂いだって、よく消毒液の匂いがするとか言うが、そんな事はなく独特の病院って匂いがして生と死が混在する。そんな病院が嫌いなのだ。
西病棟三階、一番奥の個室。そこが依子の部屋であった。
入口の前で少し息を吐き、昌士は静かに扉を開けた。廊下よりも少し暖かい空気が扉の隙間から昌士の頬を撫でていく。
「昌士!あんた何しに来たんだ」
「喧しいわ依子!入院したと聞いたから見舞いに来たんじゃ」
「依江!あれ程昌士には言うなって言ってたでしょうが。昌士が煩くなるから」
「姉さん。少し落ち着いて」
「依子、依江さんに怒鳴るなよ」
「昌士、あんたは黙っとり」
「なっ、依子調子はどうなんだ」
「見て分かるでしょ?ピンピンしているよ」
昌士が病室に入るや否や、依子の声が個室に響いた。やり取りだけを見ると元気そうな依子だったが、その腕には点滴の針が入り、少し痩せた依子の姿を見て昌士は静かに依子の側に近寄った。
「それで調子はどうなんだ?」
「…そうだね。少ししんどいかな」
静かに話しかけた昌士に、依子もまた静かに答えた。依江はそんな二人の様子を見ながら「私はちょっと外に出ているね」と声をかけそっと部屋を出た。
「寒くはないか」
「部屋の中は暖かいわよ」
「夜は寝れているのか」
「お陰さまで。昌士こそ、ご飯をしっかり食べているの?」
「ちゃんと自炊している」
「鍋に具材を入れる事を自炊とは言わないよ?」
「分かっとるわ」
「風邪をひいていない?」
「ひいとるのは依子の方だろう。そう言えば知義がな」
「また知義さんの話ですか?」
「それが面白かったから聞いてくれよ」
依子と昌士の二人はそんなやり取りをずっとしていた。いつも一緒にいたのに、こんなに話すのは幼い日以来のような気がしていた。
依江が部屋に入ってきたのも気がつかない程話し込んで、どのくらいの時が経ったのだろうか。辺りはすっかりと暗くなっていた。廊下で看護師が依江に面会はそろそろと言っているのが聞こえた。
「依子や。すっかり暗くなってきたし、そろそろワシは帰ろうかと思う。何かして欲しいことはないか?」
「そうね。ねぇ昌士、お願いがあるんだ。今日はもう少しいて欲しいな」
「そうか。分かった。依江さんに話してくるからちょっと待っとれ」
そう言って昌士は部屋の外で看護師と話している依江のもとに向かった。
「依江さん。依江さん達は今病院に泊まり込んでいるだろ?今日、泊めて貰えるように伝えて貰えないだろうか?」
「昌士さん、どうしたの?確かに私達は交代で泊まっているけど、病院には身内しか泊まれないの」
「あぁ、それは十分に分かっている。だから依子の内縁の夫としてで構わないから側にいさせて欲しい」
「昌士さんそれって」
「依子はな。ワシに頼むことはあってもお願いをした事は一度もないんだ。自分の欲をお願いする姿は一度もな」
「姉さん」
「その依子がワシにお願いがあると言ったんだ。もう少しいて欲しいと言ったんだ。ワシはそれを叶えてあげたい。だから依江さん。難しいとは思うが夫として、今日はワシも側にいさせて欲しいんだ」
昌士は依江にすっと頭をさげた。
昌士の姿は何処か小さく、そして寂しげであった。
続く
幼馴染みは幼くない ろくろわ @sakiyomiroku
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