第9話 食材を買いに行こう

 日も随分と低くなった午後五時。

 依子と昌士は近くのスーパーに来ていた。二人でスーパーに来る事は別段珍しい事でも無く、わりと良く見かける光景だ。


「今日の晩は何が食べたいかね」

「そうだなぁ、やっぱり肉がいいな。豚バラを煮込んで角煮なんてのはどうだ?」

「昌士の食べたいものは肉ばっかりじゃないか。しかもいい加減、私らもそんなに沢山は食べられないじゃない。それに『角煮なんてどうだ』って誰が作ると思ってるんだい」

「依子が何が食べたいて聞くから答えたんじゃないか。それなら依子は何がいいんだ?」

「そうねぇ、今は高いけど秋刀魚の塩焼きとかがいいかな?それに冷奴とほうれん草の御浸しもつけて」

「依子こそ、いつも初物ばかりじゃないか。秋刀魚なんて出たばかりで油も少ないし形も小さいじゃないか」

「昌士は昔から魚が苦手だからなぁ。何だかんだ言って結局食べるのに文句ばっかり言って。今日の晩御飯は何もいらないのかい?」

「いやぁ、それは。秋刀魚でいいです」

「秋刀魚がでしょ?」

「秋刀魚がいいです」

「よろしい。今日は秋刀魚の塩焼きと御浸し、冷奴とお味噌汁にしましょう。どの秋刀魚がいいかしら?」

「そんなもん、この秋刀魚が良いに決まっているだろ。目の色もいいし血色もサイズも良い。これにしなさい」

「ハイハイ分かりましたよ」


 二人はスーパーの鮮魚エリアに並ぶ秋刀魚の中から昌士の選んだ秋刀魚を手に取ると、一通り食品売場をまわりレジに並んだ。

 結局、献立は最初から決まっているのだがいつも依子が昌士に食べたいものを聞いて答える。

 昌士と依子の買い物はいつもこんな感じなのだ。それをスーパーの常連さんは皆知っており、二人のやり取りいつもニコニコしながら見ているのだ。


 更に店員さん達は、二人で買い物に来た次の日に、依子さんは昌士さんが食べたいと言ったものを一人で買いに来る事も知っている。

 きっと明日は豚の角煮を作るため、豚バラとそれに合わせる野菜を買いに来る。

 レジを通し二人で袋に詰めながら、昌士さんがまだ「角煮も食べたかったなぁ。いい豚バラがあったのになぁ」と呟き、それを依子さんに「昌士はしつこい!今日は秋刀魚の塩焼きにすると言うたでしょうが」と怒られていた。

 そんな姿を見ながら店員の新田にったは、明日昌士さんのために豚バラを買って夕御飯をつくり、食卓を飾る角煮に喜ぶ昌士さんの姿を見て、喜ぶ依子さんの姿を思うと自然と笑みがこぼれていた。


 結局二人の買い物は依子が昌士の食べたいものを知る為の時間なのだ。



 続く

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