第8話 この季節になると
「依子が誰の事を想っているかは知っている。それでも構わない。依子、俺と付き合ってくれないか?」
懐かしい姿ともう二度と聞く事の出来ない声を遠くに依子は目を覚ました。
カレンダーの日付は八月十日。その日付を見ながら、だからあんなに懐かしい夢を見たのかと一人納得していた。
依子は目を覚ますと何時も通りに二人分の朝食の準備をして、ご飯が出来る丁度良い頃合いに幼馴染みの昌士の家の窓を叩く。
「昌士!早起きんかぁ!ご飯が冷めるだろぉ」
「煩いぞ依子。もう少し寝かせろ」
「はやく準備をしなさい。それと昌士、今日少し家にお邪魔してもいいか?」
「あぁそうか、そろそろだもんな。ご飯を食べたら行こうか」
今日は二人とも何処か静かなのである。
昌士は結局、何時も通りに依子の家に行き、何時も通りに朝食を食べ終える。そこからお茶を飲んでいる間に依子が片付けをして、昌士の家に向かう準備が出来たのは午前十時頃であった。
昌士の家まで一分程。二人が昌士の家に入ってもやはり時刻は午前十時頃のままであった。
依子は昌士の家に着くと一人、奥の部屋へと向かっていった。そして仏壇の前に座ると手を合わせ目を閉じた。少し遅れお茶を入れた昌士も来た。
「
「さぁな。兄貴は元気にしてるんじゃないか?」
「そうね。写真の昌利さん、何時見ても若くて素敵な笑顔ですもんね」
「ワシも兄貴の年を追い越して随分経つが、不思議なものでやっぱり兄貴は兄貴なんだよなぁ」
依子と昌士の視線の先には昌士に良く似た随分若い写真が飾られていた。昌士は仏壇の前に座る依子を残し部屋を出ようとした。
「依子、兄貴と話したい事もあるだろうからワシは奥に行っておく。話がすんだら来るといい」
「大丈夫よ昌士。二人で話さなくたって昌利さんと三人で話せばいいのよ」
「いやそれにな、兄貴が依子と話したいと思うんだ。だからゆっくり二人で話してやってくれ」
そうしてそのまま昌士は部屋を出た。
一人部屋に残った依子は再び昌利の写真を見た。
「依子が誰の事を想っているかは知っている。それでも構わない。依子、俺と付き合ってくれないか?」
今朝の夢を思い出す。
あの日の言葉を思い出す。
そしてあの日の気持ちと自分の返事を思い出す。
依子はゆっくりと今年一年あった出来事を話し出した。そして沢山の話を昌利として依子は昌士の待つ部屋に向かった。
「依子、もういいのか?」
「ええ昌利さんと沢山話せましたので。何を話したか気になりますか昌士?」
「そんなもん気になるか。依子が何しようがワシは知らん」
「はいはい、そんなに怒らないの」
「怒ってなど無い!」
「昌利さんには昌士の話をしてたのよ」
「なっ、変なこと言ってないだろうな?」
「それはどうかしら?」
フフフと笑う依子に昌士は「もう良い」とこの話を終えた。依子はそんな様子を細い目で見ているのだった。
昌利と話した依子は、それを言葉にしたのか心で語ったのか。それは依子にしか分からない。
続く
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