29 受験戦略

「すみません、ユキナガ先生。一つ質問させて頂きたいことがあるのですが……」

「どうぞ、何でもお聞きください」


 そろそろ質問が来る頃だろうと思っていたユキナガに、狼人3年目となる男子受験生の母親が質問を申し出た。


「ユキナガ先生は可能であれば15校以上の私立魔術学院を併願すべきと仰いましたが、オイコットにある私立魔術学院は11校だけで大陸中央部全体でも17校しかありません。うちの息子は御三家合格はとうてい難しいので、そうなると14校しか物理的に受験できません。これはどういうことなのでしょうか?」

「その疑問はごもっともです。当然ながら大陸中央部の魔術学院を全て併願しても17校にしかなりませんし、入試日程が重なっている学校もあるためそもそも全てに出願することはできません。ですがエデュケイオンには大陸の北部、西部、東部、南部にも私立魔術学院がありますし、中央部の魔術学院に比べて入試難度が低い魔術学院も多いです。実際にはこちらを多数併願して頂くことになります」

「多数、ですか? 中央部に加えてどこかの地域一つの魔術学院を併願するのはよく聞きますが、1年で複数の地域を巡るのはそれこそ物理的に不可能ですよ。ユキナガ先生はまだご存知ないかも知れませんが、最も近い東部まで遠征するのにも片道2日間はかかるんですよ」


 異世界エデュケイオンにはユキナガが前世で生きていた科学界にあったような電車、飛行機といった移動手段はなく、中央都市オイコットでは魔術機関で駆動する魔動車まどうしゃも普及しつつあるが地方都市では未だに馬車が用いられている。


 私立魔術学院の入試日程は例年1月下旬~3月上旬の2か月ほどの間に終了するため、魔動車を利用したとしてもいくつもの地域の魔術学院を受験するのは不可能だと受験生の母親は指摘していた。



「もちろんその事実は心得ております。ですが、この世界には人や物を一瞬で移動させる装置がありますよね?」

「魔術転送所ですか!? あれは1回につき50万ネイの利用料がかかりますけど……」


 エデュケイオンは科学の代わりに魔術が発達した世界であり、科学界の電車や飛行機が存在しない代わりに魔術を応用した高度な装置が発明されている。


 大陸各地に設置された魔術転送所には物体を別の転送所に一種で転移させる魔転まてん装置が用意されており、通常は各地方都市の要人の移動や重要な資材の運搬に用いられていたが1回につき50万ネイを支払えば誰でも使用可能となっていた。


「そうですね。ですが受験のために各地方都市の魔術学院を巡るには転送所が必要不可欠ですし、さらに狼人を重ねて学費がかかるよりはましでしょう。転送所の利用は最低限の回数で済むように受験計画を提示させて頂きますし、複数の塾生で同時に利用することで費用を折半せっぱんできるように致します」

「分かりました。本当に、この塾は革新的ですね……」


 これまでのエデュケイオンでは遠方の上級学校を受験するために魔術転送所を個人で使うという発想がなく、ユキナガの話した内容に保護者たちは驚嘆していた。



 ユキナガはそのまま入塾説明会を継続し、「魔進館」では狼人生は原則として全寮制で受験生活を送ること、保護者の訪問は入試期間を除いて月1回に限ること、そして塾生の守るべき規律といった様々な事項を説明した。


「それでは入塾説明会は以上で終了とさせて頂きます。説明会に参加された上で入塾を希望される方はノールズ先生のご案内に従って入塾契約をして頂き、入塾を希望されない方はこのままお帰りください。イクシィ君は既に塾生なのでここに残っていてください」

「入塾希望の受験生の諸君は、今のうちに親御さんと話しておいて欲しい。この塾での狼人生活は今日から始まるからな」


 説明会が終わり、その場にいた狼人生と保護者たちは既に入塾しているイクシィとその父親を除いて全員が入塾契約を決意していた。


 彼らはノールズに従ってぞろぞろと大会議室を出ていき、イクシィの父親も納得した表情をして塾を後にした。



 その場に2人だけで残されたユキナガは、イクシィに声をかけた。


「イクシィ君。久々の再会になるが今年度はよく頑張った。目の前の受験を投げ出さず、あくまで今年度の合格を目指した君の努力は絶対に報われる」

「ありがとうございます。……でも、全然駄目でした。どこの魔術学院でも補欠合格候補者にすらなれなかったんです」


 私立魔術学院は併願しての受験が一般的であるため、最も入学したい魔術学院に合格できた受験生はそれ以外の複数の魔術学院で合格を辞退する。


 そのため最上位校を除く私立魔術学院では例年100人から150人ほどの繰り上げ合格者が出ることが一般的であり、不合格の場合も補欠合格候補者になっていたかそうでないかは極めて重要となる。


「その悔しい気持ちが、この1年間で君を成長させるんだ。今はまだ昼間だからあと8時間は確実に勉強できる。入塾者全員で昼食を取ったら、君の受験生活は再び始まる。これから一緒に死ぬ気で頑張ろう」

「……分かりました。死ぬほど勉強して死んだ奴はいないって言いますから、やれるだけやってやります」


 そう答えたイクシィの瞳に、ユキナガは彼が少しずつ成長していることを見出した。



 大陸初の魔術学院受験専門塾、「中央ヤイラム魔進館」。


 塾長と講師と転生者、そして塾生が集結し、1年間の戦いが始まる。

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