30 学習効率

 異世界エデュケイオンにおける時間の表し方は概ね科学界と共通しており、1日を24に分割した時間を1時間、1時間を60に分割した時間を1分、1分を60に分割した時間を1秒とする点も同じである。


 大きく異なるのは1か月が30日に固定されている点で、この関係上エデュケイオンのこよみと気候には次第にずれが生じるため気候の周期的変化に応じて「生育期」「温暖期」「寒冷期」という3つの季節がゆるやかに定義されていた。


 そして、全寮制の魔術学院受験専門塾「中央ヤイラム魔進館」は全生徒に1日13時間の勉強を行うことを義務付けている。


 塾生は朝7時に起床し、8時から12時までは全生徒共通の授業に出席する。1時間の昼休みを挟んで13時から18時まではそれぞれの生徒に応じた個別指導を受け、夕食と入浴を1時間で済ませた後は19時から23時まで自習時間となる。


 起床してから23時に消灯となるまで塾生に余暇はなく、外出が許されるのは6日に1回の休息日のみである。


 エデュケイオンには科学界の「週」に相当する時間の概念は存在しないが人間族においては30日を5つに分割して5日間は労働、1日は休息日とするのが伝統的であり、「魔進館」もそれに従って休息日を設けていた。


 ただし休息日も外出が許されるのは朝食を終えた朝9時から16時までに限定されており、朝食・夕食は寮で取らねばならない上に19時から23時まで自習を課されるのは労働日と同様であった。



 狼人生イクシィが「魔進館」に入塾してから1か月近くが経ち、エデュケイオンは生育期を迎えていた。


 狼人1年目の終わりに二大予備校の一つである「獅子の門」を退塾してからは自宅で受験勉強を続けていたイクシィだが、全寮制である「魔進館」での受験生活には思っていたよりも適応できていた。


 狼人生活が長くなって高等学校の同窓生たちと会う機会がなくなり、「獅子の門」でもこれといって友人を作れなかったイクシィにとって魔術学院合格という同じ目標を持つ仲間と過ごせることはありがたく、現在までに彼を除いて合計11名の塾生全員とそれなりに仲良くできている。


 その上で、イクシィにはどうしても不満に感じていることがあった。



「イクシィ君、今日は共通授業の内容に疑問があるということでよかったかい?」

「ええ、その通りです。どうしても納得できないことがあって……」


 夜20時を過ぎた自習時間の途中、イクシィは自分をこの塾に招き入れた当事者でもある塾講師ユキナガと面談をしていた。


 「魔進館」では全寮制という仕組みもあって塾生と講師たちとの距離は近く、中でもユキナガは学習方法の相談や塾へのクレームなど教科の質問を除く塾生からのあらゆる相談をいつでも受け付けると表明していた。


 面談室の机を挟んで向かい合い、真剣な表情で耳を傾けたユキナガにイクシィは思い切って口を開いた。


「この塾は生活環境がとてもいいですし、先生方も俺に寄り添って親身に勉強を教えてくださいます。ただ、毎日午前中にある共通授業の水準が低すぎると思うんです。亜人語の例文を覚えて何度も音読したり数術の計算問題を繰り返し解いたり、そんな基礎の基礎で午前中を潰されるのには納得がいきません。入試まであと1年もないのにこの進度で間に合うんですか?」

「ああ、その疑問はもっともだ。イクシィ君はとてもいい着眼点を持っている」


 若干早口になりつつクレームを述べたイクシィに、ユキナガは頷きつつ彼の意見を肯定した。


「では、もっと授業の水準を上げて貰えませんか? 応用問題とは言いませんが亜人語なら難しい単語を効率的に覚えるとか、数術なら選択式の問題の対策をするとか……」

「イクシィ君、それは早計に過ぎる。私は先ほどこの塾の教育方針に対する君の着眼点はよいと言ったが、この塾の教育方針が誤っているとは一言も言っていない。君が話してくれたことは生徒からの貴重な意見として受け止めるが、共通授業の内容を変えるつもりはない」

「それは、どういう意味ですか……?」


 イクシィのクレームは理解できるが現状を変えるつもりはないと断言したユキナガに、イクシィは相手の意図を知りたいと考えて再び尋ねた。

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