28 入塾説明会

 寒冷期が終わりに近づき、エデュケイオンでは今年度の全ての上級学校入試が終了した。


 合計で5つの私立魔術学院を受験した狼人生イクシィはその全てに不合格となり、正式開校を迎えた「中央ヤイラム魔進館」本校を父親と共に訪れていた。


「本日は皆様お集まり頂きありがとうございます。今年度まで高等学校生だった受験生も来年度こそは狼人生からの脱却を目指す受験生も、この塾では同じ目標を持って努力する仲間です。魔術学院合格のための受験戦略を、転生者であるこちらのユキナガ先生から説明して頂きます」


 「魔進館」の大会議室に集まった受験生とその保護者たちの前で、塾長である魔術師ノールズは入塾説明会を始めていた。


 ユキナガはノールズの挨拶が終わったタイミングで大会議室に入り、簡素な演壇えんだんのぼると「魔進館」に入塾した狼人生の受験戦略を説明し始めた。



「ご紹介に預かりました転生者のユキナガと申します。私は魔術師ではなくこの世界での教育者としての経験もありませんが、転生時に高等学校の教科の知識を全て与えられた上で受験技法の指導に当たります。……まず、皆さんに志望校をお聞きしましょう。エレーナさん、差し支えなければ第一志望校を教えてください」

「はい、私の第一志望校はジュテンダ魔術学院です。学費が安いので……」


 指名されたエレーナは来年度で狼人2年目となる女子受験生で、第一志望校は中央都市オイコットにある私立のジュテンダ魔術学院だった。


 ジュテンダ魔術学院は近年学費の値下げにより受験生からの人気が高まっており、エレーナは高等学校生の頃から一貫してこの魔術学院を第一志望校としていた。


「ありがとうございます。ではそちらのイクシィ君も第一志望校を聞かせてください」

「分かりました。俺はエデュケイオン魔術学院です。流石にジーケ会は難しいので……」


 イクシィの第一志望校であるエデュケイオン魔術学院はケイーオ私塾魔術学院、ジーケ会魔術学院と並んで私立魔術学院御三家ごさんけと称される名門校であり、この中では最も学費が高いため入試難度は比較的低かった。


 それぞれ第一志望校を述べていった総勢12名の狼人生たちに、ユキナガは頷くと再び説明を開始した。



「皆様の第一志望校はよく分かりました。その上でまず最初に申し上げておきますが、この塾、魔進館では『志望校』という言葉は絶対に使いません。個々人で第一志望校はどこで第二志望校はどこと考えて頂くのは結構ですが、少なくともこの塾では『志望校』という概念を頭から否定します」


 力強く言い切ったユキナガに、受験生と保護者たちからどよめきが起こった。


 魔術学院に限らず異世界エデュケイオンにおける高等学校・上級学校の受験では志望校を設定するのが当たり前であり、どの受験生も第一志望校合格を目指して勉強の計画を立てるのが一般的だった。


「先ほどの説明に皆様は驚かれていることでしょう。ですが、魔術学院の受験戦略は一般的な上級学校の受験戦略とは根本的に異なります。それは皆様もご存知の通り最も入試難度の低い魔術学院でも偏差値は60を切らず、しかも1校につき200名という極めて少ない入学定員に大量の受験生が殺到するからです。ましてやこの1年でどうしても合格を勝ち取る必要がある狼人生に敗北は許されません。だからこそ複数の私立魔術学院を併願するのです。……さて」


 ユキナガはそこまで話すと、適当な保護者に質問を投げかけることにした。



「イクシィ君のお父様。イクシィ君は来年度、いくつの私立魔術学院に出願されますか。現時点での計画を教えてください」

「分かりました。今年度は5校でどこにも合格できなかったので、来年度は7校に増やそうと思います。これほど多くの併願は負担が大きすぎるようにも思いますが……」


 予想通りの答えが返ってきて、ユキナガは核心となる話題に入ることにした。


「お父様、7校の併願は決して多くありません。いや、少なすぎるとさえ言えるでしょう。イクシィ君以外の受験生も同様ですが、この塾では原則として1年で10校以上、可能であれば15校以上の私立魔術学院を併願して頂きます。当然ご家庭の資産状況や塾生本人の希望を考慮しますが、10校程度の併願は当たり前とお考えください。だからこそこの塾では『志望校』という言葉を使わないのです」


 私立魔術学院を大量に併願し、そのどれか一つにでも合格できれば良しとする。


 ユキナガの述べた受験戦略は身もふたもないものであったが、その迷いのない口調に受験生と保護者たちは息を呑んでいた。

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