27 返還規定

「私もノールズ先生も教育者である前に商売人だから、明らかに見込みがない生徒をこの塾に入れるようなことはしない。だから、君も私たちを信じてどうか1年間と少し本気を出してみないか。ここで全力で勝負することは絶対に君を成長させてくれる」

「……分かりましたよ、じゃあやってやろうじゃないですか。親父、俺はこの塾に入る。ただし1年間だ。狼人3年目でどこの魔術学院にも入塾できなかったら、俺は魔術学院をきっぱりと諦める。その代わりにこの1年間は本気で勉強する」


 ユキナガの瞳をまっすぐに見つめて、イクシィは「魔進館」で魔術学院への合格を目指すと宣言した。


「その意気だ! お父様、わが塾がこの1年間と少しでイクシィ君をどこの魔術学院にも合格させられなければ、頂いた学費は全額を返還すると約束致しましょう。当然ちゃんと授業に出て勉強するという条件付きですがね。いかがでしょう?」

「本当ですか!? 分かりました、では息子をよろしくお願い致します! 契約書に署名をさせて頂きますね」


 イクシィが真面目に受験勉強に取り組んでも合格できなかった場合は学費を全額返還するというノールズの申し出に、イクシィの父親は目を輝かせて入塾の契約書に署名をした。


 「魔進館」の学費は狼人生なら年間600万ネイと非常に高額であり狼人2年目の後半から入塾するイクシィにはさらに数か月分追加の学費がかかるが、息子をどうしても魔術学院に入学させたい父親は学費の一括支払いを決断したのだった。


 その一方で「魔進館」では入塾した生徒が授業にちゃんと出席して毎日勉強を続けていたという条件が満たされていれば、入塾後1年目の受験に限り不合格時に学費を全額返還するという規定が設けられていた。


 ここで言う不合格とは受験した魔術学院すべてに不合格となった場合を指しており、1校でも合格できれば当然学費を返還する必要はない。



 入塾を決意したイクシィと高額な学費に腹をくくった父親に、ノールズは今後の予定を説明し始めた。


「イクシィ君はまだ今年度の入試が残っているから、ひとまずはそちらに集中してくれ。それでどこかの魔術学院に合格すればそれでいいし、駄目だったらここで一からやり直せばいいだけだ。それまでの間この塾は君の自習場所として使ってくれていいし、講師は質問対応をすると約束しよう。入塾説明会は後日開催するのでお父様にはその時に来年度の受験戦略を説明します。ではイクシィ君、これからこの塾で一緒に頑張ろう」

「分かりました。もうすぐ聖メリエン魔術学院の入試があるので、今から帰って勉強します」


 イクシィはそう言うと父親と共に塾を去り、ノールズは先ほど署名を受けた契約書をまとめながらユキナガに話しかけた。



「どうだユキナガ、あのガキは今年度で受かりそうか」

「まずあり得ません。魔術学院合格にはそもそも学力が足りませんし、今はやる気を出しているようですが彼の目にはまだ本気が見えません。だからこそ私たちの出番がある訳ですが……」


 イクシィの父親が持参したこれまでの模試の成績表を改めて見ながら、ユキナガはあの狼人生をどう指導するかを頭の中で考えていた。


 今年度は既に出願期間を過ぎているため志望校は変えられないが、イクシィの受験戦略は志望校選びからして根本的に誤っている。


 イクシィとその父親が必ず訪れるであろう2か月後の入塾説明会に備えて、ユキナガはノールズや各教科の講師たちと協力しながら準備を重ねていった。

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