第3章 魔法②
5分後、坊主達との距離は100メートルほどになってしまった。まだ町までは2.5キロ近くある。万事休すだ。
そのままどんどん距離を詰められていく。隊列から1人の坊主がでてきた。太陽と同じくらいの身長。足はとても速そうだ。ぐんぐん迫ってくる。
あと5メートル、4メートル…3、2、1メートル…
ついに追いつかれ、1番後ろを走る海斗に手を伸ばした。
「おしっ、1人捕まえ…うぉっ!」
肩を捕まえようとした次の瞬間、海斗が肩をすかした。まるでサッカーで相手の悪質なファールを交わすように華麗に。
坊主はバランスを崩しよろめいた隙に、太陽がタックルをかます。予想外の反撃に、相手はなす術もなく倒れ込んだ。
よしっ!作戦成功!!
私の作戦はこうだ。
まず、疑問だったのはなぜここまで私達が逃げ切ることができていたのかだ。確かに距離はあったとは言え、私も海斗も本調子ではなかった。それに見るからにあの坊主達は一般人ではない。だとすればもっと早く捕まっていたはずなのだ。
それが捕まらなかったということは、可能性は2つ。1つは私達の反撃を恐れてのこと。もう1つは私達を傷つけないように捕獲する命令が出ていること。
ただ前者については、こちらが素人であるようなことを話していたことから考えずらい。とすれば、後者の可能性が非常に高い。
そこでそれを逆手に取り、反撃することで人質をとることを思いついたのだ。
このまま普通に走っていても必ず追いつかれる。疲れてくれば反撃の成功率も下がる。現に私とわかちゃんは走り過ぎてもうヘトヘトだ。
人質をとりながら後退すれば、町まで逃げ切れるかもしれないと考えたのだ。
「おまえは俺達の人質だ!大人しくしろ!」
海斗が鉄の棒を坊主の体の前に回し、そのまま引き上げる。その横で太陽が反撃されないよう見張る。
これで主導権は私達のものだ。
「止まってください!この人は人質にとりました!」
私の言葉に坊主達は足を止めた。距離として残り10メートルちょっと。危なかった。
でもこの距離を守ることができれば…
先ほど野営地で隊長と呼ばれていた坊主が先頭に出てきた。身長は190センチ近く、筋骨隆々で色黒な男。この人を前にすると、180センチと中学生では大きい方の海斗ですら小さく見えてしまう。
「おまえら、なかなかやるじゃねーの。これでも俺達、精鋭部隊なんだけどな。」
「えっ、日本語!?」
わかちゃんが驚いて声を上げる。
無理もない。異世界であろうこの世界で、聴き慣れた言葉が使われているのだから。
私は交渉を続ける。
「あなた達、なんで私達を狙うんですか?」
「そんなの決まってる。命令だからだよ。兵隊ってのはな、命令でしか動かないのよ。」
なんでこいつニヤニヤしてるの?その不気味な余裕に冷や汗が頬を伝う。
「理由は教えてくれないようね。じゃあもう一つ、この世界はなんなんですか?」
これは純粋な疑問。これが分からないと先には進めない。
この質問には色黒坊主も答えに困ったらしい。少し考えた後、神妙な面持ちで答える。
「嬢ちゃん、面白いこと聞くな。そうだな、言うならば…人の欲望の成れの果ての世界ってところか?人の欲望ってのは、際限がないんだよ。分かるか?」
意味が分からない、どういうこと?
周りを見ると、3人とも私と同じ顔をしている。
「さてと、こうやっておまえらと話をするのも悪くはないが、こっちも色々都合ってもんがあるんでね。残りの質問は拘束してからってことでいいかい?」
「何言ってんだ?こっちには人質がいるんだぞ?」
海斗がグッと力を入れ、人質を締め上げる。人質は苦しそうにしているが、色黒坊主は相変わらずニヤけたままだ。
いや、後ろの坊主達も笑っている。おかしい…
「正当防衛って言葉知ってるか?お前らが手を出してくれたおかげで、俺達はやりやすくなっちゃったのよ。
ほら12号、いつまで捕まってんだ?使っていいからとっとと戻ってこい。」
「隊長ー、もっと早く言ってくださいよ!こいつ力があって痛いんすよ!ヒートショック!!」
そう言うと、坊主を拘束していた鉄の棒が急に真っ赤になり、海斗は思わず棒を落としてしまう。
「あっつっっ!」
「なかなかいい身のこなしと連携だったぜ。ライトバインド!」
ガシャン!
次の瞬間、海斗と太陽が光の輪っかで拘束されてしまった。2人とも声を上げようとするも、口に光の猿轡をはめられてしまう。
「太陽!海斗兄!大丈夫?今助け…キャ!」
若葉が近寄ろうとした瞬間、2人の間の草がどんどん伸びていき、壁のようになった。
「本当はあまり使うなと言われてたんだが、正当防衛やむなしってやつだな。教えてやろう。これが魔法だ。グラスバインド!」
「いや!やめて!…動けない!」
「里穂姉!」
今度は足元の草が私を拘束した。
信じられないけれど…認めるしかない。これは私達が想像の世界でのみ知る魔法そのものだ。
「さてと、あと1人だが…」
「わかちゃんに乱暴しないで!もう抵抗しないから。」
悔しい…とても悔しいけど、今の私達にこの状況を打開する力はない。ならせめてこれ以上何かされる前に降参した方が身のためだ。
「隊長、あの女の周りで魔法を使うことができません。」
「何言ってんだ10号、ライトバインド!……いや、確かにかからないな。なんか特殊な服でも着てるのか?仕方ねぇ、時間もないしそいつは縛り上げて連れて行くぞ。」
「了解!」
10号と呼ばれた坊主がニヤニヤしながらわかちゃんに近づいて行く。わかちゃんは怯えて声を出すこともできず、涙を流している。
「やめろ!!」「ぐわっ!」
10号が急に横に吹っ飛んだ。なんと拘束されたままの状態で、太陽が体当たりをかましたのだ。
「むー!むーむー!」
「ほぉ、その状態でよくそこまで動けるもんだ。愛の力はすごいねぇ。
でも、お仕置きが必要だな。」
隊長が指を鳴らすと、後ろにいた坊主達が指を鳴らしながら太陽とわかちゃんに近付いていく。
今度は海斗が助けに入ろうとするも、光の輪が更に4本増え動く部分全てを拘束する。
その時だった。
『私の声、聞こえますか?』
「えっ!?」
急に頭の中に声が響いた。
『驚かないでください!あの人達に気付かれないようしてほしいんです。』
坊主達を見ると、幸い今は太陽達に意識がいっているようで、気付いていない。
『気付かれてないみたいですね、よかった!
いいですか、今は時間がないので手短に説明します。
私の名前はマーレ。あなた達を助けたいんですが、そのためには注意を逸らしてほしいんです。』
気付かれないように小さく頷く。それだけでマーレには伝わったようだ。
見たところ周りには誰もいないのに…これも魔法なのかな?
『あなた、魔法が使えるんですか?』
首を横に振る。
『でも、あなたの言葉、しっかり私に届いていますよ。』
『えっ?本当に??』
これって俗に言うテレパシーってやつなのかな?でもなんで私が使えるんだろう?
『念話って言うんです。一応高等魔法なんですが。あなた、もしかしたら……
いいですか?今から私が言うようにしてみてください!まずは魔力を集めてみてください。コツは、自分の手の平の中に、周りの空気を集めるようイメージです。』
『こう……かな?』
なんだかモヤモヤした何かが私の手の中に集まっているような気がする。これが魔力?
ドカッ、バキッ!
「むー、むー……」
「やめて、太陽を傷つけないで!!」
わかちゃんが悲鳴を上げる。
お仕置きと称される暴行が始まってしまった。まずいよ、早くしないと…
焦るあまり心が乱れてしまったのか、モヤモヤした何かが手の中から溢れ出す。
『焦る気持ちは分かります。ですが、集中しないと魔法は使えません。
ねえあなた、名前はなんて言うんですか?』
こんな時に名前なんて……
『里穂だけど……早くしないと太陽が!』
『里穂、いい名前ですね。里穂、落ち着いてください。あなたならできます。大丈夫、もう一回手の中に意識を集中してみてください。』
名前を呼ばれて、我に帰る。そうだ、焦ってもしょうがない。今できることをやるんだ。
落ち着いて、手の中に空気を……魔力を集めて。
モヤモヤと感じるものが、パチパチと手のひらを刺激する。これが魔力?
『上手よ、里穂!それじゃあ、その魔力を私の合図で一気に真上に押し出してください!』
こくりと頷く。なんだか今ならできる気がする。
「隊長。なんか奥の女、さっきから頷いたり首を振ったりしていて、何かおかしいっすよ。」
「何!?まさか誰かがあいつに念話を飛ばしているんじゃないのか!?」
気付かれた!でも、もう遅い!
マーレのカウントはもう始まっている!
『3、2、1……打ち出して!!』
「いっけー!!!!」
ドーン!!!!
と手のひらから何かが飛び出した。
その場にいた全員が私から放たれた白い閃光に釘付けになる。そして…
パーーーーン!!!!
閃光は、上空で大きく花開いた。
私が想像したのは去年の花火大会で見た花火。4人で見た一番大きな花火をイメージしたのだ。
すごい!これ、私がやったんだ!!
絶望的な状況のはずなのに、笑顔が溢れる。
『里穂、上出来です!あとは任せてください!』
マーレの賞賛が、頭の中に響き渡った瞬間、私達は空へと飛ばされた。
STORY TELLER 茶々丸 @Haruno-Kaze
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