第2章 異世界?④
「海斗、どう思う?」
「俺は異世界とかそういうものには興味もないし、本や映画も見たこともないからなんとも言えないけど……
里穂が異世界だと思うんであれば、そうなんじゃないか?」
苦笑しながら肩をすくめる。
長い付き合いだからこそ、海斗もよく分かっている。こういう時の私の勘はよく当たるのだ。
「うん。私達の世界に限りなく近いように感じるけど、やっぱり違うと思う。はっきりとは言えないけど。」
少し変わった植物や、生き物がいないということも気になるのだが、もっと大きな部分で何か違う気がするんだ。
「でも参ったな。早く帰らないと親も先生達も心配するし、何よりあいつら……太陽と若葉をこんな意味わからない世界で危険にはさらせない。」
「うん、そうだね。」
太陽とわかちゃん。私達にとって弟と妹のような存在。私達はあの子達を絶対に守らなければいけない。
「なぁ、里穂。お前が知ってる物語では、異世界から出る方法はあるのか?」
「あるにはあるけど、それこそ作品によって違うよ。魔王を倒したり、世界を救ったりして元に戻れる世界もあれば、死んで現実世界に戻ってくる話もあるし…」
中にはそのまま異世界で幸せに暮らしましたとか、そういう話もある。
私の話を聞いて、海斗は顔をしかめる。
「うーん、どれも大変そうだなぁ。特に死ぬってのは、リスクが高すぎるよな。」
「まずは情報が欲しいよね。実は日本の未開の地とか、海外とかの可能性も0じゃないし。」
ないとは思うが、情報がない以上、私の勘だけで異世界だと断定することはできない。
「そうだな。ここにいてもしょうがないし、俺達も……」
海斗が急に黙る。気になって声をかけようとすると、手で口を塞がれた。
ザッ…ザッ…ザッ…ガサガサ……
「むーっ!」
海斗に口を塞がれていなければ、きっと声が出てしまっていただろう。
建物の後方、森の中から何か足音のような音が聞こえてくる。
ザッ…ザッ…ザー…ガサガサガサ……
その音はどんどん大きくなっていく。何かが近づいて来ている。
「里穂、落ち着いたか?この音、なんだと思う?」
「ありがとう、もう大丈夫。音の正体は分からないけど、確認できるまでは建物の中に隠れた方がいいと思う。」
人間だったらいいが、まだここがどこかわからない以上、それ以外の可能性も十分考えられる。私達の唯一の武器である金属棒では、いくらなんでも心細すぎる。
しかし海斗は別の意見のようで顔をしかめる。
「でもこの建物、入り口が1つしかないから、もし中に入ってこられたら逃げられなくなるぞ。
それに、例え隠れることができたとしても、太陽と若葉が知らずにもどってきたら、守ることができないし。」
確かに一理ある。2人には丘の向こうを見たらすぐに戻ってくるよう伝えてあるし。
「じゃあまず建物の奥の窓から森を偵察しよう。人だったら助けてもらえるかもしれないし、少なくとも情報を集めることはできると思う。
それ以外のもので私達に危険を及ぼしそうなものであれば、全速力で丘の上まで登って太陽達と合流する。どう?」
我ながらいい案だと思う。音からして、動くスピードはそれほど早くないように感じる。であれば、きっと状態を確認した後でも逃げ切れるはず。
ただ一つ気がかりがあるとすれば……
「さすが里穂だな。その方法でいこう。」
すぐに建物に入り、奥の窓まで静かに移動した。
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫か?そんなに動いてないぞ?」
「うん、ごめん……ちょっと体がだるくて。」
太陽達と別れてから、なんだか体がだるいんだよね。特殊な環境で疲れてるのかと思ったけど、それも少し違うような気がする。
海斗は私の体を案じてか、背中に手を回して支えてくれる。
「ごめん、全然気づかなかった。俺が見てるから少し座って休んでな。」
「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうね。何か動きがあったら教えて。」
休んでいる場合じゃないのだが、いざ逃げるときに動けないが1番まずい。私は海斗に寄りかかって、目を閉じた。
「…ほ、里穂、起きられるか?」
体を揺さぶられ目を開ける。
私、いつの間にか寝てたんだ。体のだるさは相変わらずだが、さっきより頭ははっきりしている。
「ごめん、私。結構寝てた?」
「いや、ほんの数分だ。体は大丈夫か?」
「うん、さっきよりはマシになった気がする。
それで、何か動きがあった?」
海斗は指で窓の外を指す。
恐る恐る顔を上げ、外を確認すると……森の外れに20人ほどの若者が野営の準備をしている。しかもどこからどう見ても日本人だ。
飛び上がりそうになるのを抑える。
やった!ここは日本なんだ!異世界なんかじゃなかった!
笑顔で海斗の方を見るが、彼の方は顔が強張っている。
「海斗、日本人だよ!?早く助けてもらおうよ!」
いつもの私なら、状況が状況だけにもっと警戒するはずなのだが、体の調子が悪いこと、目の前にいるのが日本人だということで、完全に警戒が解けてしまっていた。
もし冷静な海斗がいなかったら、きっと大変なことになっていた。
「里穂、やつらの話を聞いてから判断して欲しい。こっちまで音が流れてくるから。」
早く出て行きたいが、海斗の真剣な顔と声に渋々同意し、耳をすます。会話はとんでもないものだった。
「隊長、本当にこの辺りに汚染されてない人間がいるんですか?しかも4人も。
正直、この辺も魔力の汚染がひどいですよ?」
汚染?魔力?小説やゲームでしか聞いたことのない言葉に耳を疑う。
「あの方が言うんだから、間違いないだろう。俺達の任務は魔力汚染されていない人間を速やかに確保、拘束して我が国に連れて帰ることだ。失敗したら命はないぞ。」
海斗と顔を見合わせる。確保、拘束して国に連れて帰る?
しかも4人……
汚染が何かはわからないが、ほぼ間違いなく、あの人達は私達を探しているのだ。背筋が寒くなる。嫌な予感しかしない。
「あいつらに捕まるのはまずい。情報収集をしたいところだが、逃げる方が先決だろう。」
私も大きく頷く。拘束されるだなんて、まっぴらごめんだ。
逃げる前にもう一度よく観察することにした。
まず向こうは野営地を作っている最中ということ。テントのような物をいくつも建てている。服装としては、白いつなぎのような物を着ていて、なんと全員坊主頭だ。
武器は見たところ見当たらないようだが……どこか分からないところに隠している可能性もある。
それにしても……時間が経つにつれてどんどん体調が悪くなっている気がする。
なんなんだろう、これ……
そう言えば海斗もあんまり顔色が良くない気がするけど……
「野営地作りに意識がいっている今がチャンスだと思うが、里穂、動けるか?」
「うん……全力疾走は難しいと思うけど、小走りなら多分大丈夫。でも……もし足手まといだと思ったら……」
「そん時はおぶってやるから心配するな。セクハラとか言うなよ?」
海斗の言葉にくすっと笑ってしまう。
こんな時にセクハラなんて言うわけないのに……ありがとう。
「よし、じゃあ行こう。里穂のペースに合わせるから、無理せずにな。」
「うん。」
私たちは一回深呼吸をした後、建物から飛び出した。
鬼ごっこの始まりだ。
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