#15:保護者面談

「彼は?」

「この人は僕の下男のようなものです。配膳ロボだとお考え下さい」

 スーツの男女は何者なのかすぐには分からなかった。少女は俺のことを彼らに説明したが、逆に俺には説明をしなかったからだ。女性の方はさくらの母親かとも思ったが、雰囲気からして違う。男の方とワンセットらしく感じたので、二人で夫婦なんだろう。

「それにしても君が力を貸してくれるとはね」

 男の方はハンカチで汗を拭いながら呟く。ジャケットまで着ていては室内とはいえ当然暑い。

「久しぶりだ。会ったのは去年が最後だったかな」

「『レオーネ』はここから少し距離がありますからね。家に居づらくなければ、もう少し通いやすいんですが」

「あの子たちも心配しているんじゃないのかな。君みたいに小さい子が実家を離れていては」

「兄たちに人を心配する甲斐性はないですよ。よくご存じでしょう?」

「ふうむ……」

 なんか、少女の発言は声色から内容までいつも以上に棘があった。一方の男の方はタジタジというか、ほとほと困り果てているような気配を漂わせている。

「家の話は結構。本題をさっさと終わらせましょう」

 ぱたぱたと、来客用スリッパで音を立てながら彼女は廊下を歩いていく。あまり話を長引かせたくないという意識がありありと浮かんで見えた。

「逆だよ」

 男の人が声を掛ける。

「そちらではなく、こちらの奥が五年三組だ」

「………………………………」

 ぴたりと足を止め。

 少女は反転して再び歩き出した。今度はドスドスと分かりやすく苛立ちが足音に混ざっていた。

 スーツの男女が先行し、その後ろを俺と少女がついていく格好になる。

「えっと……」

「なんだ?」

 どうしたものかな。彼女とあの男女の関係を深く聞こうと思ったが、よく考えると簡単に聞いていいことじゃない気がする。

「君、親元を離れているのか?」

 少し考えて、無難なところへ落とし込んだ。

「ええ、まあ。…………僕の実家はゴミ屋敷なんだよ。実際のゴミが堆積しているという意味じゃない。役に立たない生物が四人転がっているからゴミ屋敷なんだ。人間なんて地球上に七十億以上いるのに、どうして僕の家族に限って電池の切れた目覚まし時計より役に立たないのか理解に苦しむ」

 随分な言い草だ。実の親兄弟に対してこれか。

「そんなにか。君の両親と兄弟だろ?」

「猿が人間を産んでもろくに育てられないということだ」

 ついには猿だ。よっぽどだな。

 だが正面を睨むような彼女の目つきで察した。当然正面にはあの男女しかいない。無論、あの二人が彼女の両親というわけだ。

「一人称も利き手も矯正しようとしてきて、挙句に趣味も何も認めないような存在をわざわざ家族と呼んでやる義理はないからな。血のつながった赤の他人だ、あんなものは」

 ああ、それで。彼女がそもそも大人に対して敬語を使うのはキャラじゃないと思っていたが、あれは当てつけか。だが当てつけの敬語にしては一人称をあらためないのも変だったのだが、そういう過去があるから一人称だけは変えなかったのだ。

「あれ……。じゃあ、今はどこに住んでるんだ?」

「女の住所を詮索するな性犯罪者」

 だからなんでそうなるんだよ。

 いやまあ、たぶん『チャーチグリム』に居候しているんじゃないかとは思うんだが。そういうある種の「弱み」でもなければ、確実に適性がない接客なんてしないだろうこの子は。

 ……………………ん?

 『チャーチグリム』に居候して尋常小学校に通っているのか? 電車で簡単に行き来できる距離ではあるが、公立小学校になんでわざわざ……。埠頭区にだって公立小学校くらいあるだろうに。

 まあいいか。人それぞれ、理由ってのはあるもんだ。

 だがともかく、これでだいたいの事情は理解できた。肝心のさくらママはここに来なかったのか。パパが死に、唯一の家族である娘が失踪したとあっては精神を参らせてしまうだろう。その原因は自身にあって、なんならパパは自分で殺しているのでとんだ厚顔無恥だが、表向きは被害者遺族なのでしおらしくしても誰も責めない。

 そこで代理として来たのが俺の横を歩く少女の両親。親ぐるみの付き合いがあるのか。話しぶりから察するに、『レオーネ』の業務に何か関係しているのかもしれない。彼女も料理に詳しかったから同じ料理人ということもあるだろう。

「ここか」

 五年三組の教室に四人連れ立って入る。教室は公立小学校ということもあって、特段、物珍しいものじゃない。しいて言うなら、教室ってこんなに狭かったかなと思ったくらいだ。俺自身が大きくなったせいで教室を小さく感じている。

「お前は近くに住んでいるがここの小学校の出身じゃないようだな」

「ああ。学区が微妙に違うんだ」

 高校生になった俺の足では大した距離の差に感じはしないが、小学生が通学することを考えて学区が設定されるからな。俺の家はちょうどギリギリ、境界線くらいという感じだったのだ。

「というかなんでさくらの教室に?」

「失踪の手がかりを探すのが目的だ」

「まだ教室を探してなかったのか」

 なんだそれ。ビラ配りはするのにさくらの机は調べていないとか、とんだ片手落ちだな。

「単なる家出の可能性もある段階で、人のプライベートに突っ込むのは野暮だ。それこそ、そういう無遠慮が家出の原因かもしれない中で軽々に人の持ち物は漁れない」

 少女は理屈らしく述べるが、要するに今まで忘れていただけだ。

「夏休みで荷物も大半持ち帰っているのなら、ここに大したものは入っていないだろうがな。とはいえ、探すのにせめて誰かの許可が必要なのと、荒らすだけの緊急性が認められるまでは手を付けずにいたわけだ」

「ふうん」

 さくらの机は窓際から二列目の前から三番目だった。彼女が言った通り、横に名前の書いた巾着がぶら下がっていたのですぐ分かる。

 目的の本はその中か。とはいえ、まさか目の前で回収するわけにもいかないな。……脳髄書館の本だから返却しておこうと言えばいいのか。

 少女は机の傍に屈み、中身を探り出した。中のものを外に出したりはしないらしい。とことん配慮、ってやつをしたいらしい。

「ところでさ。昨日から考えたんだけど」

「なんだ?」

「例の毒殺事件。トリックについていくつか思いついたことがあるんだ」

「いくつか、か」

 少女はため息をつく。

「毒殺事件……?」

 少女の母でもあるスーツ姿の女性は、首を傾げた。俺たちが直面しているのはあくまでさくらの失踪事件だからな。一年近く前の殺人事件が関わっているという想定は、パッとはできないかもしれない。

「四則計算もできないやつが一次関数に挑むような愚かさだが、暇つぶしに聞いてやる。なんだ?」

「酷いな……。いや昨日は言ってなかったんだが、たぶん被害者の使ったグラスがプラスチック製なんじゃないかと思って。そういう証言があるんだ。それがトリックに重大な意味を持っていると考えたんだ」

 考えたのは貴雄先輩だが。昨日、存在を隠したのでその流れで隠し続けることにした。

「プラスチック製……?」

 彼女もずいぶん居丈高なことを言っていたが、これはまったく想定していなかったらしい。

「昨日、君は毒キノコ説を否定して、同じ成分を持つ薬を用意したって言っただろ。それを被害者の常備薬とすり替えて」

「…………………………ふん?」

「だけど、一番簡単なのはグラスに毒を塗ることだ。例えばグラスを冷やしておくと、霜がついたり曇ったりするけど、そうやって水分がグラスの表面に付着すれば塗った毒が溶けてワインと混ざりやすくなるし、そもそも毒が塗ってあるのには気づきづらくなるんじゃないかな」

「それで?」

「あるいは……逆にワインを温めておいたとか。ホットワインってやつだな。ガラスはものによっては耐熱性が低いから、ホットワインを飲むのにプラスチック製を用意したんだ。それにほら、温かい液体の方がものは溶けやすいだろう?」

「ああ、そういうなわけか」

 筋書き?

 彼女は立ち上がり、横に掛けてある巾着に手を伸ばした。

「十五点だ。一昔前のラノベレーベルのミステリ風作品でももう少しミステリ強度は高いぞ」

「なんで君が一昔前のラノベを知ってるんだよ」

「ワインを飲むのにグラスを冷やすことは基本的にない」

 ばっさりといかれた。

「お前が言った通り、グラスを冷やして水滴がつけば、注いだワインを薄めてしまうからだ。ワインは基本的にセラーで適温に保ったものが提供される」

「でも……」

「大方、あの司書教諭が氷を入れて飲んでいたので思いついたのだろうが、あれは例外的な飲み方だ。やつも言っていただろう。安酒だからそういう適当をできるんだ」

「…………」

「ホットワインというのもありえないな。ワインを冷やすよりは一般的な飲み方で、フランスではヴァンショーと呼んだりもする。だが思い出せ。お前の話では毒殺事件は夏ごろに起きたというだったはずだ。夏にホットワインを飲むのか? そんな珍しい状況が発生していたら、さすがにさくらがもっと詳細に覚えていたはずだ。なにせ毒殺に関わる重要な飲み物なんだからな。まあ、急性アルコール中毒が発生するほど抗酒薬を飲ませる上で、溶解度に注目したのは悪くないがな。もう少しを練り直せ」

 散々な言われようだった。

「へえ。ワインにも詳しいんだね君は」

 スーツの男――少女の父が感心したようにうなずく。

「それもイタリア料理だけでなくフランス料理までとは」

「メイド教育の賜物でしてね。女中をする柄ではないですが、なかなか役には立ちます」

「ほう。最近は飲み方も多様化してきているから、氷でワインを飲むこともあるかもしれないね。私はあまり聞かないが君はどう思う?」

「ソーダで割って飲むことを前提にしたワインも市販されるくらいですからね。ただ大衆食堂トラットリアを標榜していても本格的なイタリアンレストランである『レオーネ』なら、そんな奇抜な飲み方を用意するより素直に飲ませる方が需要に合っているでしょう」

「そうだね。実際、何度か検討したがそういう新規的なことはしていない。イタリアンというだけで集客は十分だし。君の言う通りだ」

 ……なんか、本当に父と娘の会話なのか疑わしいくらい他人行儀だな。父親の方も娘を「君」と呼ぶのか。娘が敬語で突き放すのと同じようなやり方をするあたり似た者同士なのかもしれないが。

「ワインを飲ませるならグラスにもこだわる……。飲み口の薄さから持った時の感触まで、すべてがワインの味に影響しますからね。プラスチック製なんて使わないでしょう? 材質にまったく無頓着なのはあの司書教諭くらいのものですよ。まったく…………僕が半日かけて選んだカップの差にも気づかないあの人は!」

「懐いているんだね、あの先生に」

「失礼……。別にそういうわけでは。あれでもお世話にはなってますからね。あの人の助力がなければ家も出られなかった。だというのに、こちらの気遣いがまるで通じないのにやきもきするだけです」

 あの幽鬼のような司書教諭――不吉先生とやらも大変なんだか果報者なんだか分からないな。

 そんな話をしながらも、彼女は教室の後ろにあるロッカーを今度は調べる。両親もそちらに目線が動いたので、その隙に俺はさくらの机の中を探った。当然、本を確保する本来の目的を達成するためだ。なぜか彼女は本について言及してくれなかったので、自分で回収して返却するしかなくなった。

 以前は貴雄先輩に手荷物の少なさから推理を広げられたが、今回はきちんと手提げ袋を持っている。失踪した女子生徒の机から回収した本を裸で持ち歩いていたら怪しすぎるからな。

 夏休みでほとんどの荷物を持ち帰っていたので、机の中はほとんど空っぽだ。手探りでも目的の本は捕まえられる。文庫本……よりかはやや大きめのソフトカバーで、見た目からしてどうやらヤングアダルト系列のレーベルの本らしい。

 北小路あいろ『サイゼリヤの殺人』。

 ああ。さっきテレビで見た作家先生の。じゃあこれがいわゆるチェーン店シリーズの一冊か。作家の名前に聞き覚えがあると思ったら、そういえば一昨日、脳髄書館の映像化作品コーナーで見たな。あれは一般文庫だったが、さくらが借りたのは児童向けにリライトされたやつだったのか。

「おっと」

 少女が下げていたカーディガンのポケットからスマホが滑り落ちる。ロッカーを調べるために屈んでいたので、床に落としても画面を割るようなことはなかった。少女は一度画面を点灯させ、何かを確認するように操作してから、今度はスマホを手に持ったままロッカーの検分を続けた。

 都合よくスマホの落下音でさらに彼女の両親の注意がそちらに向いた。その隙に俺は本を手提げ袋の中へ滑り込ませた。これでよし。

「轍さくらは何らかのアレルギーを持っていますか?」

 唐突に少女が聞いた。

「失踪先でアレルギー反応が出たときのリスクは無視できませんね。エピペンなど常備していればいいのですが、犬の散歩にまで持ち歩きはしないでしょうし……」

 さくらを俺が保護したのは犬の散歩中だ。荷物にエピペンはなかったはず。いやエピペンが何だか知らないが、食物アレルギーに関することならさくらが先んじて言ってくれているはずだし。

「あれ? アレルギーを持っているのはさくらじゃなくてパパの方じゃないのか? 俺は結局何も聞いてないけど」

「…………確かに、タコアレルギーは持っているが」

 少女の父親が口ごもるように喋ったのを、少女の側で覆いかぶさるようにさらに言葉を続けた。

「なるほど。では遺伝しなかったわけですね。それなら不要なリスクが減って喜ばしいことです」

「ふむ……」

 貴雄先輩はパパのアレルギー発言に疑いを向けていたが、それはいらない心配だったのか? まあ少女の両親がさくらのパパとどういう付き合いがあるのか分からない以上、即座に判断のできることじゃないけれども……。

 だが、俺はそれとは全然違うところに意識が向いていた。

 目の前の少女について。

 考えてみれば、俺はこの子の名前を知らない。さくらのクラスメイトだろうと思っていたが、さくらにそのことを聞いてもいない。

 別にそれでよかった。彼女はあくまでボランティアのひとりで、それ以上に事件に関わる存在じゃない。『チャーチグリム』での推理の披露だって、俺が喋ったことへの反駁でしかなく、俺が推理を語らなければそもそもそんなイベントは発生しない。

 なのに。

 ここに来て、彼女の存在が疑わしくなる。

 さくらのクラスメイトで、『レオーネ』とも関わっているらしい彼女がアレルギーについて知らない? さくらの食物アレルギーの詳細を、これだけ料理に精通して万事見通すようなことを言う彼女が今まで把握していない?

 いかにも超然的で非現実的なところがあっても所詮は小学生ということか? だが……そもそも彼女はなんで……。

 

 この学校の児童なら、上履きは下駄箱に用意されているはずだ。夏休みで洗濯するために持ち帰ったのか? だとしても、いい加減乾いて綺麗になっているはずだ。ボランティアの都合で学校に出入りするなら、とっくにまた家から学校に上履きは持ってきていてしかるべきだ。

 なんだ、彼女は。

 何者なんだ?

 あらゆる彼女に対する情報が、俺の中でひとつの像を結ばなくなった。急激に、霧に包まれたようだった。

 俺が思索にふけっていると、するりと問題の彼女が俺の横を通り抜ける。そしてさくらの席のひとつ前にある椅子に腰かけた。まるでそこが自分の席だと言わんばかりだが、落書きだらけのその席が彼女のものだとは到底思えない。

「最後に確認しましょう」

 パンパンと、彼女は空っぽの手を叩く。カーディガンはくしゃくしゃにして机の上に置いていた。

「轍さくらの失踪がただの家出だというのなら、それはそれでよし。問題は山積みで危険性も相応ですが、対処の仕方はかなり変わる。厄介なのは、これが家出ではなく誘拐だった可能性です」

 背中に冷たい汗が流れる。

「さすがに今のご時世、小学生と言っても見知らぬ人にほいほいついていくことはありません。ゆえに誘拐の場合、暴力的に拉致を実行したか、知り合いに呼び寄せられたかのどちらかだと考えられます」

 霧に包まれていた彼女の姿が、急速に晴れていく。あまりに的外れな推理だったので、少女の持つ底知れなさがかき消えたのだ。子どもの彼女には、たとえ初対面でも助けるために手を伸ばす人間がいるという可能性は見えなかったらしい。

「前者についてはまず置いて。後者の場合を検討したいと思っています。無論、いくら知り合いでも簡単についていく無警戒な小学生もそう多くはありません。しかし例えば、『君のご両親が事故に遭って』などと言われれば、冷静さを失ってついていってしまうこともあるでしょう」

 そういう見方はできる。知った顔が相手ならあり得るだろう。現実は違うが。

「誰か心当たりはありませんか? 仮に轍さくらの失踪に事件性があり、それが誘拐だった場合の容疑者です。身代金の要求がないのなら、動機は金銭ではなく怨恨です」

「ああっ!」

 少女の母親が泣き崩れた。父親でそれを支える。そりゃあ、反抗期バリバリの娘が他人行儀に事件の話をしたら嫌な気分にもなる。彼女の言いたいことは要するに「下手したらもうさくらは死んでるかもしれないけど、娘を殺してまで親を苦しめたいと思う馬鹿の心当たりは?」ということである。身代金の要求がなく怨恨が目的なら、さくらを生かしておく理由がない。

 反抗期が原因だろうとはいえ、実際の事件をダシにこんな探偵ごっこを娘がしているのを見せられたら顔も覆う。

 実際にさくらが元気でいる以上、本当に要らない過激な発言だ。さすがにこれはどうにか俺の方で……。

「ひとり、心当たりがないではない」

 父親の方が口を開く。

 え?

 心当たりあるの?

「フレデリカ・メルツァだ。従業員の」

「フレデリカさんが…………?」

 思わずうめいた。

 …………いや、さくらの話ではパパの浮気相手ということだが、それがどう誘拐と繋がるんだ? 毒殺事件の犯人をママと睨んで、娘を誘拐することで復讐しようとしていると、そう思われているのか?

「彼女は困った人でね。『レオーネ』で提供している料理のレシピの一部を、盗用されたと訴えているんだ」

「盗用……」

 少女は腕を組んだ。

「レシピの盗用とは難しい問題ですね。小説や漫画よりも独創性を出しづらいせいで、同系統の料理ならどうしてもレシピは似通ってしまう」

「ああ。特に彼女が盗用を主張する料理は、イタリアでは伝統的な家庭料理だからね。どうしても似てしまう」

 フレデリカさんは経営者ではなく料理人だったのか。この辺は貴雄先輩の推理は外しているが、大元ではむしろ合致している。

 貴雄先輩の推理は、フレデリカさんがさくらパパと共謀してママの地位を追いやっているというものだった。盗用がそれにあたるのではないだろうか。ママのレシピを盗用だと主張しパパが支持することでそれを可能にしていた。ところがパパが死亡し後ろ盾を無くしたことで、盗用を一方的に主張するだけの女としてレストラン内で扱われるようになってしまった、とか。

「さくらが警戒しているのも……」

 浮気そのものより、それに付随するこうしたゴタゴタの方がよほど分かりやすいリスクだ。さくらがフレデリカさんを警戒したのも、こういう背景込みだったのだろう。

「ありがとうございます。非常に扱いの難しい情報を提供してもらえたおかげで、事件の解決は目前まで迫っています」

「ほ、ほんとうに……っ!」

 女性の方が顔を上げた。

「ええ、本当に」

 少女はそこで、はじめて。

 柔らかく笑った。

 笑みがこぼれる、というやつだった。

「進んでいるのだから、いつかたどり着く。我々は足を止めなかったから、ゴールにたどり着いただけですよ」

 その自信はどこから来るのか分からない。だが、花びらから朝露がこぼれるように自然で優しい笑みには、不思議な説得力があった。

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