#13:少女には向かない職業

 ちなみに貴雄先輩の存在を隠したのは、あくまであの人の推理はまだ途上段階だったからだ。又聞きの情報だけで組み立てた推理を披露して間違えましたでは、高校生探偵に俺が余計な泥を被せかねない。

 助力を願ったのだから、露払いの雨除けくらいは体を張るべきだ。

「ふむ……」

 カウンターの席、不吉先生の隣に座って話をじっと聞いていた少女のメイドさんは、しばらく沈黙し何かを考えるようにしていた。その間に俺は、注文した紅茶とスコーンを食べていた。

 しかし……高校生探偵の貴雄先輩、あるいは博覧強記の読子先輩ならともかく、いくら超然的というか現実離れした気配を持つ彼女でも、探偵の真似事はできないのではないか。

 彼女がまとっているのはあくまで雰囲気。イメージやオーラという、実態を必ずしも反映しないものだ。つまりやっている感。ベンチャー企業の若社長がまとっているのと同じあれだ。ブランディングという意味では重要性を理解するものの、中身があるとは限らない。

「確かに、轍さくらの両親は料理人だ。『レオーネ』で主たる調理を夫婦で担当している。レストランの従業員だが料理の素人かもしれないという可能性を考慮し確認を取ったのはいい着眼点だ」

 なんで上から目線なんだ。様になっているが。

「だが料理人ならば、毒キノコの区別がつかないということはない。程度はさておき研修を受け、キノコ狩りの許可証を本場イタリアの地方行政から付与されているほどの料理人が、調理され混ぜられているとしても毒キノコに気づかないとは思えない」

「そうか? 人間の注意力なんていい加減なものだと思うが」

「被害者に判別能力があるかは重要じゃない」

 俺の言葉に即座に反論が飛ぶ。あたかも最初から、そういう茶々を想定していたかのようだ。

「加害者の視点に立ったとき、気づかれるかもしれないという恐れのある手段は取りづらい。それが毒キノコを混ぜることなく可能な別の手段があるというのなら、なおさらな」

「別の手段?」

「ここで問題になっている毒キノコはアルコールの分解を阻害する毒性を持っているという設定だったはずだ」

 メイドさんは鼻を鳴らす。とことん誰かに奉仕する格好をした女の子の振る舞いではない。

 そして、隣の不吉先生が飲んでいたグラスを取り上げる。氷の入ったグラスに赤ワインが注がれていた。

「欲しいのは毒性だ。ならば毒キノコなどという被害者に露見しやすい形ではなく、毒性だけを抽出したものを飲ませればいい」

「抽出とは大げさだな」

 先生がグラスを取り戻す。

「また大手スーパーのプライベートブランドですか。教師が安酒では生徒が夢を見れませんね」

「僕の仕事は夢を見せることじゃなくて、夢の載った本を読ませることだからな。というかよく分かったな」

「匂いで分かります。先生はいつもこのワインですから、覚えました。しかし氷を入れるのはいただけないですね。ワインの飲み方としては邪道でしょう」

「安酒の飲み方に王道も邪道もない。むしろこういう適当な飲み方をしても禍根を残さないから安酒はいいんだ」

「そういう考え方もありますか」

 何の話だ。あとその話しぶりだと先生が飲んでいる酒は持ち込みなのか。よほどの常連らしい。

 話を戻して。

「別に毒性の抽出をするのは大げさでもないですよ。まさにアルコールの分解を阻害するホテイシメジなどが持つ酵素は、抗酒薬ジスルフィラムなども同じ成分を利用しているので」

「なるほど。処方箋などの面倒はあるが、薬を入手するのは不可能ではないと。それならわざわざ毒キノコを調達するよりはいいだろうな。料理人を殺すのに食材で挑むのは無謀だ」

「毒キノコの存在を考えたのなら……」

 メイドさんが俺をじっと見つめる。その瞳は俺の背後の何かを見ているようだった。

「薬の存在もすぐ気づいたはずだ。大方、料理の並んだ立食パーティにイタリア料理のよく分からん名前のメニューが乱舞してそこに意識を引っ張られ過ぎたんだろう。イタリア料理にはボルチーニ茸やガレッティと有名なキノコの食材も多いが、さすがにホテイシメジと区別はつくだろう。シメジだぞ? すき焼きでもするのか?」

 ……そう言われると、いくらなんでもシメジがイタリア料理に入っていたら分かりそうだという気になってくる。俺はホテイシメジの姿すら知らないんだがな。だが、素人の俺がそういう気分になるのに、料理人の被害者を殺そうというやつはもっと抵抗が生まれるだろう。

「それから」

 スマホを操作して、メイドさんが画面を見せてくる。少し体を乗り出して確認すると、それはお店のSNSだった。

「SNSに載っていた情報だが、この店ではタコを扱っていない。タコだけでなく、イカもな。説明によると、料理人がタコとイカのアレルギーなのだという。その投稿にはお店のアカウントで誰が呟いたかの明記があり、それは轍さくらの父親名義になっている。その上で投稿文には『私』と書かれている」

 言われてみるとそうだ。SNSの呟きにわざわざ署名がしてあるなんて思わなかったし、つい先日調べたのは店のアクセスや雰囲気だったのでこんな細かいところは見ていなかった。SNSの性質上、投稿がどんどん後ろに追いやられて確認しづらくなるのもあるし。

「ポルポアッフォガード。タコの溺れ煮。アフォガードと言えば、イタリアのジェラートにアイスの上からコーヒーをかける食べ方をそう呼んだな。アフォガードとはイタリア語で溺れるような様を表す言葉というところか?」

 さすがに詳しい。ようやく喫茶店のメイドさんらしいところが見られた気がする。ようやくというか初めてか。

「問題なのは、主たる料理人がアレルギーゆえに出さなかったタコ料理を、なぜ立食パーティで出したのか、ということだ。ここを放置するわけにはいかない」

「パーティでメニューが多かったなら、その中のひとつで出すことはあるだろ。アレルギー持ちは食べなければいいわけだし」

 子どもじゃないのだ。いい年した大人、しかも料理人ならアレルギーの出る食品を避けるくらいはできる。

「食品アレルギーは重篤なものになると、アレルゲンと近い場所で調理したものを食べただけで発症する危険がある。轍さくらの父がアレルギーを理由に厨房からタコとイカを完全に排除しているのなら、それほどの対応を迫られるだけのアレルギーを彼が持っているということだ」

「……それは」

 だが待てよ。おかしくないか? それほど重度のアレルギーなら、娘のさくらはどうして何も言わない? 彼女も同じアレルギーを持っているはずじゃないのか?

「最後に確認だが」

 勝手に話の締めくくりに入られる。

「お前は店のSNSを見たのか?」

「ああ……見た」

「写真はどうだ? さくらと両親の写った写真は見たのか?」

「いや……店の写真とかメニューの写真とか、最近のは見たけど」

「なるほどな」

 カウンターから立ち上がり、メイドさんはスカートの皴を整えた。

「三十点だな。追試確定、というところか」

 なんか採点までされた。

「写真がそんなに重要なのか?」

 グラスを傾けながら不吉先生が尋ねる。

「全部ですよ。全部」

 まるでこの事件すべてを見通しているように、少女は呟いた。同時に、俺に対しては呆れとも諦めとも受け取れる目線を送ってくる。

 こいつはここまで言っても駄目なんだろうなあという、よく分からない諦念。

 どうして彼女がここまで人を見下すような態度を取るのか。いよいよ子供らしい傲慢さだけでは説明がつかなかったが、じゃあ何が理由なのかはさっぱりなのだった。



「それはまた、変な子がいたものだね」

 時間つぶしが終わり、麗人学院の生徒会室。

 俺は念のため、メイドさんの話したことを一通り貴雄先輩に伝えておくことにした。あんな子どもの言い草にどれほど信憑性があるか怪しいが、情報は多いに越したことはない。まさか高校生探偵の先輩が素人の推理を聞いて、混乱したりなどしないだろうし。

「その子の発言の妥当性は後で検証するとして、まず調査の結果をすべて聞いておこう。他に報告するべきことは?」

「ああ、えっと。さくらパパがワインを飲んだ、グラスについてなんですが」

 俺がさくらに話を聞いたときから、妙に気になっていた要素だ。

「たぶん、プラスチックのグラスが使われていたんじゃないかと」

「へえ?」

「さくらが覚えていた様子からそんな感じで、フレデリカさんに確認したんです」

 既にさくらの件がバレている以上、貴雄先輩にフレデリカさんのことを隠す理由はなかった。

「店でプラスチックのグラスは使用していないけれど、パーティでは使ったかもしれないって。立食形式なので店のものを使って割れるのを嫌ったのだろうて」

 フレデリカさんはそう語った。いかんせんだいぶ前の事件だし、さくらと違って彼女はグラスの材質を重要な要素だと思っていなかったらしく「えーっと、うんうん、そうだなあ」と頭をひねった上で「あまり覚えていないけど」と付け足したが。ともかくあの店の従業員で大人の認識はヒントになる。

「妙だな」

 貴雄先輩は腕を組んだ。

「妙?」

「考えてみてほしい。仮に店内の食器が割れるのを厭うなら、そもそも自分たちの店で立食パーティなんてしないはずだ。それにパーティの参加者はレストランの従業員がほとんど。食器類の扱いには慣れた人たちだ。さくらさんのような一部例外を除けば、食器の保全を気にするほどだろうか」

 それは……確かに。

 じゃあ、どうして?

「他の食器もプラスチックとかだったんじゃないですか?」

「それはないだろう。もしそうなら、さくらさんも従業員もよく覚えているはずだ。普段店内で使うのと違う食器をわざわざ持ち込んでパーティの準備をしたんだから。ワイングラスだけがプラスチック製だったから、参加者はそこまで気に留めなかったんだ。ワイングラスを使うのは大人の参加者の中でも、さらに飲酒する人たちだけ。準備をするにしても、料理を盛った皿と違い手に取る人も多くなかっただろうし」

 すべての食器がプラスチック製にすり替わっていれば、気がかりになって記憶に残る。でもワイングラスだけなら「そんなこともあるか」とスルーされ、さらにさくらパパの毒殺という事態のインパクトで記憶から弾き飛ばされる、か。

「つまりプラスチックのグラスは、犯人が仕掛けた何らかのトリックのピースだったというわけだ。ワイングラスだけプラスチック製のものにすり替える動機があるのは、そのパーティではまず犯人以外にありえないだろうからね」

「トリック……。結局それってなんでしょうね。毒キノコは……別に否定され尽くしたわけでもないんですが」

「じゃあ、今度はそこを整理しよう。例の自称少女探偵ちゃんの言い分を合わせてね」

 貴雄先輩は椅子から立ち上がり、生徒会室の片隅に置かれた棚まで歩いていく。整理に何か必要なものを取りに行ったわけではないらしく、ごそごそと棚を弄りながら話は続く。

「毒キノコを食べさせるのに無理があるなら薬を使えばいい。彼女の言い分はシンプルだ。なにせ被害者の常備薬をすり替えればいいんだから。毒キノコよりは露見する可能性は低い」

「常備薬?」

「なんでもいい。なんなら、胃薬のようなものでも構わない。パーティなんだ。そういうのを飲ませる機会はいくらでもある」

 ああ。たまにCMで飲み会前のサラリーマンが飲んでるようなあれか。ああいうものを準備して、かいがいしく飲ませればことは済む。

「毒キノコではなく同じ成分の薬、というのなら、さらにそこから進んで、薬を水で溶かしてグラスに塗布するとか、やりようはいくらでもある。被害者に露見せずグラスへ薬を塗布する、あるいはそのグラスを被害者にそれとなく渡すトリックを利用する上で、グラスがプラスチック製であるということは非常に重要な意味を持つはずだ」

 その肝心な、プラスチック製グラスを用いたトリックとは何か。貴雄先輩は何も言わなかった。言えない事情があるのか。あるいはあのメイドさんに余計な突っつかれ方をしたので、今度はより詳細に推理が詰められるまで黙る方針に切り替えたのかもしれない。

「アレルギーについてはどう思いますか?」

 棚から何かを取り上げた先輩が戻ってくる。それはタブレットだった。そんなものを備品として備えていたのか。どうやら充電していたらしい。

「あの子はさくらパパがタコアレルギーだって言っていましたけど、俺はさくらからそんな話は聞いてないですし。パパがどうというのはもちろん、さくら自身のアレルギーについても。アレルギーなら真っ先にそれは言いそうなんですが」

「そうだな。食事で配慮してもらわないといけないところだから、まず最初に言うことだろう。だったら簡単だ。さくらさんはアレルギーを持っていないんだろう」

「でも父親が重篤なアレルギー持ちなのにですか?」

「必ず遺伝するわけではないからね。ただ僕は、父親の方もアレルギーだったのか少し引っかかっている」

「え?」

「SNSを確認したんだ」

 言って、タブレットの画面を見せてくる。そこにはレオーネのアカウントとタイムラインが表示されている。

「おそらくその少女が語るSNS、さくらさんの家族の写真の問題はひとつだ。このSNSに、さくらさん自身と父親が写る写真はあっても、母親が写る写真がない」

「…………ママが写っていない?」

 確認しようとして、タブレットに近づいた。

 だが。

 ぶつん、と。

 タブレットは唐突に電源を落とした。

「……あれ」

 とんとんと、貴雄先輩が叩く。

「駄目か。炎天下で放置したのがまずかったな。もともと不調ではあったんだが」

「試合の応援中に確認してたんですか」

「ああ。しかし人間すら簡単に熱中症になる日差しでは、電子機器はもっとダメージが激しいらしい」

 仕方ないので、確認は後にして話が進められる。

「ともあれ、被写体の不均衡は不自然だ。母親の方が露出を嫌ったという可能性はあるが、プライバシーを気にするなら父と娘を露出させるのは一貫性がない」

「それがアレルギーと何の関係が?」

「さてね。ただ、SNSに挙げられた写真の不自然さを考えると、タコアレルギーだという投稿も馬鹿正直に受け止めるのは少し待った方がいいかもしれない」

「そういう、ものですかね」

「百人殺した殺人鬼が百一人目の殺害を否定した場合を考えてみればいい。普通、その状況になれば殺人鬼の発言を疑う。ある嘘をつくものは、別の場面でも嘘をついている可能性が高い。嘘をつくという選択肢が、自然とその者の手段に浮かび上がるからだ」

 それはまさに。さくらママについて俺が思ったことだった。

 殺人という手段で問題を解決した人間は、それを現実的な選択肢に加えてしまう。一度殺した人間が、次も殺さない保証はどこにもない。

「でも誰が言ったかよりも、何を言ったかが重要と言いますけどね」

「誰が言ったかとは、何を言ってきたかの積み重ねだよ。仮に詐欺師が『日本一高い山は富士山だ』と言ったとして、何らかのたくらみを秘めた発言だと考えるのが普通だ。素直にただ事実を述べただけと受け取られなかったとして、それは詐欺師のこれまでの発言が招いた舌禍なのだから我々の気にすることじゃない」

 つまり。何らかの秘密を隠したSNSの投稿を見つけたのなら、他の穏当な発言も注意してみる必要があるわけだ。殺人に比べれば虚偽なんてもっと軽い行為なのだから、より手軽に行われている可能性は高い。

「いずれにせよ、タコの件についてはもう少し慎重に見る必要がある。まさかさくらさんが父親のタコアレルギーを知らないはずがない。タコ料理がパーティに紛れていたという話は、それが真実にしろ彼女の嘘にしろ、そこに重要な意図が隠されている」

「帰ったら聞いてみましょうか?」

「それは止めた方がいいだろうね。君はあくまで彼女から信用を得る立場でないと。タコ料理の真偽がどうであれ、自分の発言を疑われるのは心地いいものではないからね。こういう突っ込んだ疑問を聞くのは、別の誰かにした方がいい。場合によっては僕がその役を、後で引き受ける必要があるだろう」

「じゃあフレデリカさんにその役を引き受けてもらうのはどうですか? さくらはあの人のことを警戒していますし、彼女から疑われる分にはそこまで気分は害さないでしょう。彼女の方でも疑ってるんですから」

「それはひとつの手なんだが……。その疑義が逆に彼女から正確な証言を引き出す邪魔になってしまわないかが不安だな。さくらさんはまだ小学生だし、フレデリカさんへの嫌悪だけで発言を捻じ曲げるようなことも起こしかねない」

 それは考えていなかったな。さくらもそうだしあのメイド少女もだが、どうもここしばらく落ち着きのある少女にしか会っていないので彼女の年齢を鑑みずにいろいろ考えてしまう。

「それともうひとつ。フレデリカさんがさくらさんの言う通り犯人の動機に関わっている場合を考慮した方がいい」

「……」

 貴雄先輩は、細い銀縁の眼鏡を押し上げた。

「僕は案外、彼女の方が経営者側だった可能性を考えているよ」

「フレデリカさんが料理人じゃなくて経営者だったってことですか?」

 だが実際、彼女が料理しているのは見ていない。ウェイトレスをしていただけだし、料理の方をしないのか聞いたら濁されたのもある。

 料理人志望だったのがうまく行かず経営の方で才能を発揮しているとか? ウェイトレスをしているのは単に人手が足りなかったからか。なにせ主たる料理人の娘が失踪しているのだ。従業員もいろいろショックが大きいだろうし。

「女性というのはその栄誉を奪われやすい立場にある。そんな話を聞いたことはないかな?」

「あー……キュリー夫人とか」

「そうそう。ノーベル賞を受賞したにも関わらず、フルネームではなく夫人としてしか語られることがない。男女平等が謳われてもう長いけど、元が男性中心社会だったからね。未だにそういうことはよくある。女性が中心になって興した運動にも関わらず、後から入った素人の男性がまるで中心人物であるかのように扱われたりとかね」

 さくらママにも、同じことが起きている可能性がある。

「浮気は表層の問題でしかない。あるいは、フレデリカさんとやらが父親と共謀して母親の料理人としての立場を弱いものにしていたのかもしれない」

「SNSで、そこまで分かるんですか」

「さて。動機というのは、考えても埒が明かないからね。たださくらさんの見立ての裏に、さらに根深い動機が隠れている可能性がある。それを考えると、フレデリカさんをぶつけてタコの話を深掘りするのもあまりお勧めはできない」

「するとフレデリカさんと接触させるのも避けた方がいいでしょうか」

「さすがにそこまでは。フレデリカさんの立場からすれば、さくらさんに危害を加える理由はないからその辺は安心していいだろう。実際、男の君だけで女の子の世話をするには限界があるだろうから、貴重な協力者として手を結びつつ、近場で彼女に裏がないか監視するくらいでいい」

 まあ、そんなところか。

「それにしても……ふむ」

 お亡くなりになったタブレットを元通り棚に戻しつつ、貴雄先輩はうなる。

「どうかしましたか?」

「ああいや。例のメイド探偵のことを思い返していてね」

 思い返す。鮮やかで少女然とした可愛らしいメイド服の姿。その一方で、高慢と傲慢を口から吐き出すような言葉。

 あれはまるで。

「物語の中の探偵みたいだと、君も思ったんじゃないかな」

「……ええ」

 因果な話だ。俺が助力を願っている高校生探偵は極めて普通の学生で。

 よく考えれば名前も知らない少女は、どこかの推理漫画に出てきそうな変人ときている。

「変人は探偵ができないって先輩の話、少しは理解できた気がしますよ。いや実際、あの子の推理がどの程度正しいのかは分からないですけど……。ただああやって好き勝手言えるのは、事件に対して責任を負わない気楽さもあるんだろうなって」

「そうだね。確かに。変人が変人たるゆえんは現実認識の歪みにあるが、それが是正されないのは是正の必要がない無責任な立場にあるからとも言える」

 物語の世界なら、探偵は魅力的で奇妙でとにかく人の注意を引くのだろう。それこそ彼女のように。

 だが現実は違う。事件を解決するのはいつだって確実な実行だ。机上の論理遊戯や現場の散歩に意味はない。依頼人の言葉を聞いて、事件に取り組み頭を悩ませる。合理的な行動を取る人間だけが解決という結果を掴むことができる。

 ならば。

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