#11:警戒と協同
フレデリカさんをどうするか、という点は割合すぐに決まった。
「実は……」
この人を味方に引き込む。
理由はふたつある。ひとつはそもそも、さくらの件が露見しかかっていることだ。ここで下手に隠そうとすれば、今後捜査をする過程で常に彼女を避けるよう動かないといけない。それは難しい。なにせ事件現場が職場なのだ。だったら正直に話して味方に引き込むのがいいだろう。
もうひとつは、さくらの保護に関すること。単純に、女性のさくらを保護し続けるのに男の俺ひとりでは手が回らない部分があるだろうと思ったからだ。女性のフレデリカさんがいてくれた方が、楽な場面は多い。それにさくらとフレデリカさん、事件について知っているふたりが会って話せば何か大事なことを思い出すかもしれない。
「ふむ、毒殺事件か……」
フレデリカさんは道中、意味深に頷く。
「お父さんの毒殺。なるほどー。それでさくらちゃんが失踪してたのか。それは意外というか……」
「意外なんですか?」
「そりゃね。家族仲は良好そうに見えたし。ま、家族のことなんて外からじゃ全然分からないってことだね」
それに事件性がないと警察が判断した一件だ。無意識にさくら失踪の理由から外れていたんだろう。
そして俺はフレデリカさんを伴って、一度帰宅することにした。だからさっきの会話は、その道中である。
レストランで得た情報、それからフレデリカさんから聞いたことなどを貴雄先輩に報告する手はずになっている。が、それは今日の夕方ごろだ。入場許可は取ってあるということで、それまで少し待つ必要がある。
玄関前で、すっかり日課になった紙テープの確認をする。
「ん?」
フレデリカさんはその様子を少し不思議そうに見ていたが、別に大したことじゃないと思ったのか何も聞かなかった。
「ただいま」
「おかえり、おにーちゃん」
とてとてと、さくらがリビングから出てくる。そして俺の隣にいたフレデリカさんを見て怪訝そうな顔をした。
「やっ。さくらちゃん。無事でよかった」
「フレデリカ?」
「事情はこっちの天馬くんから聞いたよ。ごめんねー。大人が気づいてあげられなくて」
「えっと……」
まあ、さすがにいきなり知り合いが来たら混乱するかな。
「ちょっと」
肩を叩かれる。一度俺はフレデリカさんに連れられ、玄関の外に出た。
「少し外してもらえないかな。コンビニとかその辺に」
「え? なんでですか?」
「さくらちゃんも女の子なんだから。いろいろ困ってることあっても君の前で言えなかったりするかもでしょ。確認するから、その間空けててほしいってこと」
「はあ……」
言い分はその通りなので、俺はしぶしぶ自分の家なのにまた蒸し暑い外に放り出される羽目になった。フレデリカさんは五千円札を握らせて「アイスでも買ってきて」とおつかいを頼んでくる。アイスくらい冷凍庫にあったと思うが、本当にただ外しただけではさくらにいらない遠慮をさせかねないし用事があったことにした方がいいのか。
仕方なくコンビニに向かった。俺の自宅があるところは住宅街なので、実はコンビニは歩いて十分くらいのところまで行く必要がある。せっかく家に帰ったのにまた汗を掻きながらせっせとコンビニにたどり着く。
「さて……」
さっさと戻っても目的を達成できない。少し時間を潰さなければならない。雑誌棚に目をつけ、立ち読みはしないまでもざっとそこを見渡した。
コンビニの雑誌はその種類こそ多いが、だいたい似たようなラインナップだった。文字と写真が躍る薄っぺらい週刊誌と、少し内容が違って厚みを増しただけの漫画雑誌。少しでも目立とうと必死になっているが、内容がそもそもろくでもないのだから、意味のない取り組みだった。
電子書籍でいくらでも読める時代に実物を取る必要はない。資源ごみが増えるだけだ。漫画なんて無料で読めるサイトがいくらでもあるくらいだし。金に困るような生活はしていないが、漫画雑誌を買おうと思ったことはない。
「…………」
雑誌棚を眺める作業はすぐに飽きた。だが適度な時間つぶしにはなっただろう。外を歩いて熱せられていた体もちょうどよく冷えたし。アイスを適当に見繕って帰ろう。
アイスの入った冷凍ケースの前に行くと、ひとりの女性がアイスを選んでいるところだった。その人は俺が近づいたのに気づいて顔を上げる。
「あっ」
彼女は犬塚伏だった。
「また会ったな」
「本当だね。すごい偶然」
伏は屈託なく笑う。フレデリカさんの人を振り回すような悪戯めいたものではない、ただ純朴なほほえみだった。
「またビラ配りか?」
「うん。ボランティアの子たちは小学校で休憩してるから、差し入れにアイスをね」
「なるほど」
ちらりと店内を見る。あの、例のどこか超然的な少女がひょっとしたら近くにいるのではないかと思ったからだ。
「あの……例の彼女は?」
「ああ。あの子は今日はお休み。お店の手伝いがあるから」
「店……」
伏のバイト先は『チャーチグリム』だったか。それがどんな店か分からないが……ああ違うな、あの少女はさくらの知り合いだったはずだ。店とは『レオーネ』の方だろう。だがついさっきまでそちらにいたが、姿は見ていないな。あれで実は厨房担当とか? それはないか。
そうそう。フレデリカさんもさくらもいるんだから聞いておけばよかった。どうにも気になるんだよな。事件に関わっていそうというのではなく、どうしてか人の注意を引く子だった。
「それにしても今日は疲れたなあ」
意外なことに伏はそんな愚痴を言う。
「変な人に絡まれちゃって。さくらちゃんの失踪なんて噓で、警察からの補助金をせしめるのが目的だろうって」
「補助金?」
「警察がそんなのくれるわけないじゃんね。情報提供に賞金だってかけてないのにさ」
去年の冬ごろから、一部の市民が税金の使途をやおら追及する事例が増えた。実際あやふやな使い方をしている部分もあるし、追及者もまた目立ちたがりという部分はあって、どうにも混乱した現状だ。その流れのひとつで、頭のおかしいやつが絡んできたんだろう。
元をただせば疑惑を向けられるような使い方をしている一部の連中が悪いわけで、伏などはいい迷惑だろう。
「まあいいや。このままビラ配りしてても埒が明かないし、子どもたちもわたしたちも夏休みは無限じゃないから、どこかで落としどころを作らないとなあ」
「落としどころ、か」
「うん。ゴミ拾いとかと違って、こういう事件がらみのボランティアはやるだけやっても何の成果も上がらないことって多いし。わたしはそういうものだって分かってるからいいけど、子どもたちはそうじゃないだろうから、上手く説明して適度に切り上げるよう言い含めないと」
「意外だな。そういうこと考えながらやってたのか」
「うん。ま、これ全部タカオちゃんの受け売りだけど」
「……タカオ?」
ここで貴雄先輩の名前が出るのか。ひょっとしてビラ配りのボランティアに噛んでいるのか? 俺はそんなこと一言も聞いていないが……。いや、単に別件で以前に語ったことを伏が受け売りにしているだけかな。生徒会だし、伏の活動の報告くらいは受けているかもしれないが。
「あー気が重いなあ。誰か代わってくれないかな。わたしがやり始めたことだからわたしがやるけどさ。それじゃ、またねっ!」
言うだけ言って、伏はコンビニを後にした。完全にアイスは買い忘れているが、それでいいのだろうか。
俺はきちんとアイスを買って、再び帰宅した。往復二十分に伏との雑談時間を合わせれば時間稼ぎとして不足はない。
「ただいま」
今度こそ玄関から先に入り、リビングまで進行した。
「おかえり」
既に話は終わったのか、フレデリカさんとさくらはソファでくつろいでいた。
「何買ってきた?」
「何って……。別に普通のアイスですよ。これお釣りです」
「律儀だねえ」
あまりのお金を返却しつつ、アイスを冷凍庫に入れるべくキッチンまで移動する。なにげなしという態度で、さくらが後ろをついてくる。
「どうした? アイスなら入れておくから、好きに食べていいぞ。俺はまたすぐ出ないといけないし……」
「そうじゃなくてね、おにーちゃん」
ぼそぼそと、小声で話してくる。耳元に近づいての会話だったので、吐息でくすぐったい。
「ねえ、あたしが前に言ったこと覚えてる?」
「言ったこと?」
どれだ? さくらからは事件の話をいろいろ聞いているからな。
「ママがパパを殺した動機のこと」
「ああ。確かパパが浮気をしていたんだったな」
それが今、何の関係があるというのか。
「その浮気の相手が、あの人。フレデリカなの」
「…………っ!」
それは。
つまり……。
「パパはママもいる職場の同僚と浮気してたのか? どんな胆力だよ」
「…………そうじゃなくて」
フレデリカさんについて、さくらが言いたいことはそちらではなかったらしい。
「フレデリカは、危ないの」
「あぶない……」
おいおい。
さくらの周りの大人、どれだけ信用できないんだよ。
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