第38話 セミラックの求愛。

クリーレは暴れることもなくクリブルを見て「やあ…兄さんだ」と言う。その顔と穏やかな声は、かつてギアで過ごした日々を思い出させる。


クリブルは敵対する顔ではなく、兄の顔で「クリーレ。君もある種の被害者だ。クエリアースの駒として母上と共に騙されて乗せられてきた」と言うと縋る表情で必死に「そうなんだよ兄さん!助けてくれるよね!兄さんならエナメノーレの力で俺を助けてくれるよね?俺は知っているよ!屍肉喰いの魔物が食べてしまって、肉体のなくなったストンブ達も、生き返った時に肉体を与えたんだよね?俺の身体を取り返してよ!昔みたいに家族で仲良く暮らそうよ!ギアの王は兄さんでいいからさ!ね?あの日々に帰ろうよ」と懇願してきた。


早口でまくしたてるクリーレを見て、「クリーレ…」と言ってしまうクリブルに、クリーレは「そうだよ!俺は兄さんの双子の弟クリーレだよ!」と声をかけた。


「無理だ。お前は嬉々として母上を拷問して殺した。リリアントの純潔を奪い、薬漬けにした。ギアの民を殺した」

「それはクエリアースに!」


クリブルは「いや、クエリアースの呪いがなくとも、お前はアクリノーレの呪いで、悪虐の心を持って生まれてきた。更生はありえない」と言い終わるタイミングで、クリーレの額に剣を突き立てて全てを終わらせると、アクリノーレの鎧の上で「この僕!クリブル・フォーシ・ギアがクリーレ・フォーワ・ギアを討ち取った!」と宣言をした。


この宣言は世界中の半魔半人を通じてクレスやトーボに伝わった。

眷属たちの歓声を遠く聞いていたクリブルに、エナメノーレが「クリブル、手足の死は集めておいた。胴体の死を集めろ」と指示を出して、クリブルが「わかったよエナメノーレ」と言って死を回収した。


このやり取りでもう終わると皆が思っていた。

だがクエリアースにはまだ戦闘力が残っていた。



「ちっ!アクリノーレの鎧が一撃!?」

「終わりです!討たれなさい!セミラック!」

「任せろ!」


リリアントとセミラックの連続攻撃でクエリアースには細かな傷が増えていた。

だが決して致命傷になっていない事には、クエリアースの実力以上にリリアントの問題があった。


リリアントは前回の対峙では我慢が出来ていたが、あの場で殺しきれなかった事、セミラックからの求愛を受けて姫としての立場から汚点になる、クレスでクリーレとクエリアースに汚された事、その熟成された怒りと恨みは制御不能なまでに膨れ上がってしまっていた。

その為、自身を弄び陵辱してきたクエリアースを目の前にした時、募らせた怒りと恨みの深さによって精細さを失っていた。


クエリアースはその事に気付いてリリアントが近づく度に、「子猫ちゃん」、「ニャンニャンと鳴いて可愛かったわね」と挑発を忘れない。

挑発される度に痴態と汚点に更なる怒りを募らせるリリアントは、セミラックとの連携もままならなくなっていて、今はセミラックが何とかリリアントに合わせてくれて連携になっていた。


それでもクエリアースの挑発に負けたリリアントは暴走した。


「子猫ちゃん。もう辞めましょう?また楽しい夜を過ごしましょう?あのロエスロエを飲んだ日の事を思い出して。何遍も私の指を求めて、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、「果てさせて」、「指を止めないで」と懇願してきて、私がちょっと触れると可愛い声で喜んだじゃない。まあ子猫ちゃんは凄いから、ロエスロエが切れると、すぐに高貴な顔をしたのよね。だからまた飲ませて壊してあげたけど。最後なんて私の指が動くのを見るだけで紅潮してたじゃない。また一晩中してあげる。ロエスロエなんか使わなくても、私の指遣いならサイコーなのよ」


クエリアースがクネクネと動かす指を見て、屈辱を思い返したリリアントは、「あぁあああぁぁぁぁあっ!」と叫びながら前に出た。


更に加速するリリアントに「姫!乗せられるな!今は回避だ!」とセミラックが声をかけたが、リリアントは止まらずにクエリアースの間合に入る。


「お馬鹿さん」と言ってクエリアースが魔法を使うと、全方位からのアイスランスがリリアント目掛けて飛んでくる。


セミラックは「姫をやらせるか!」と言って傷を無視して前に飛び出すと、リリアントに向けられたアイスランスを打ち落として、落としきれない分を身体で受け止めて「冷静になれ姫!そしてこのまま倒してしまえ!」と言う。


鮮血の舞う中、苦痛に顔を歪めるセミラックを見て冷静になったリリアントは、剣を構え直すと一気に距離を詰めて、「貴方は消えなさい。全ての呪いを剥ぎ取る」と言って死の剣を叩き込む。

剣は一撃でクエリアースの呪いと相殺しあい、剣からは絶叫が聞こえる中、リリアントは次々にクリブルから死を分けてもらい、その死で剣を作ってクエリアースの呪いを破壊していく。


右、左、右、左と交互に剣を打ち込み破片と絶叫の舞う中、遂にリリアントの剣がクエリアースを襲うとクエリアースは血を流してその場から消え去った。


肩で息をするリリアントの元にきたエナメノーレが「よくやった。あれはどうしても自動防御が発動して奴を隠れ家まで強制転移させてしまう物だ。あそこまで丸裸にすれば最低でも100年は何も出来まい」と言う。


エナメノーレの声にリリアントが「はい。ありがとうございます。一太刀浴びせる事に、奴に受けた屈辱が晴らされて行きました」と言って泣いた後で、セミラックの元に行き「ご無事ですか?」と声をかける。


傷を見ながらリリアントは器用に治癒魔法と死を使いセミラックの傷を癒す。


全ての傷が塞がり、起き上がって傷の度合いを見るセミラックに、「何故あんな無茶をしたんです?」と聞くと、セミラックは真顔で「求愛の相手が傷つくのは見ていられない」と返す。


顔を赤くして「まだ手紙だけです。私ははいと言っていません。言うかもわかりません」と言うが、真顔のセミラックは「それでもだ」と返すと、真面目な顔をして指を動かして顔を顰める。


心配そうに「痛みますか?お兄様とエナメノーレ様に頼みますか?」と聞くリリアントに指を動かしたまま「いや、痛みはもうない。器用さが足りない気がした」と返すセミラック。


「は?」

「クエリアースの指捌きには遠く及ばない」


「何を?」

「これでは姫を喜ばせる事が難しい。修練が必要だ」


真顔のセミラックに対して、ドン引きの顔をするリリアント。


リリアントの顔に気付いたセミラックが、指を動かしながら「姫?どうした?」と聞くと、リリアントは「何をイヤらしい事を考えているんですか!」と怒鳴った。


「いや、姫の為にできることは全てしたいのだ。喜んでもらえるのなら鍛えたい」


真っ赤になって涙目で震えるリリアントに、クリブルが近づいて「リリ、不器用で口下手、言葉足らずだよ」と言うと、「お兄様!だとしてもです!」と声を荒げてから、セミラックを見て、「次にその話をしたら手紙も読みません」と言うと、「わかった。姫に内緒で鍛えよう。クリブル、指南してくれ」と返してきた。



「わかっていません!」と怒るリリアントを宥めたクリブルは、「リリ、それは後でだよ。僕は全てを元に戻す」と言うと、「エナメノーレ、まずはギアだ」と言ってアクリノーレの鎧から回収した死でギアの人達を呼び戻す。

クリブルはかつてのように名前を聞くこともなく蘇らせられるようになったいた。

皆死者の魂から呼び戻したので何があったかわからなかったが、クリーエ達が顔を出して説明をしていく。


「次だ。トーボやクレスの全ての人達、クヨコとターミャの土地ごと全てを甦らせる」


クリブルの言葉の後で焼け野原になっていたクヨコは元に戻り、人々も記憶を持った半魔半人として蘇り、王達もクリブルに膝をついて礼を言う。


ここでKYセミラックが、「クリブル、一つ聞くが半魔半人と子を成すというのは、どうなのだろうか?」と返す。


「まあ仕方ないよ。エナメノーレに聞いたら問題なく人が生まれてくるらしいよ」

クリブルの返事にエナメノーレは胸を突き出して、「問題無用。それも含めて今日まで散々クリブルとはセックス修行を行ったんだ。それにこれからも修行を積めば出生率も上がる。それこそ生を司る女神の本懐だな。更にそれどころか魔物の因子も少しだけ入るから、頑丈な人間が生まれてくる」と言い、「懐かしいな。私からこの話を聞いたクリーアの奴は、魔物すら孕ませてみせると言って女型の魔物を犯していたな」と言う。


時の止まるクリブル。


「は?エナメノーレ?」

「なんだ?」


「え?昔のギア王って魔物とも子作りしたの?」

「ああ、あの荒くれた狼人間の雌が、見事にクリーアに懐いてな。後は半鳥のウッコーとか蜂女とか襲っておったな。いやぁ、あの後は行為に野生味が増して楽しかったな」


雌型の魔物を想像し、その魔物と小作りをするご先祖様を想像して、頭を抑えるクリブルに代わり、セミラックが「それで子は生まれるのか?」と質問をする。


「ああ、無事に妊娠と出産をした。クリーアは「種族の壁、恐るるに足らず!」と喜んでいたな。半分は狼人間の子供が生まれたが残り半分は人間だった」


「狂人か?何故そんな真似が出来る?」

セミラックの言葉に、エナメノーレは首を傾げて、「その子孫が何を言う?だいぶ薄まったが、お前の力は狼人間の野生が強く出てきた結果だぞ?」と言うと、セミラックは「そんな…」と言って蹲ってしまった。

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