第32話 ギアとクレスの終戦。

話すこともなくなったかと思ったが、セミラックはクレスの事についてエナメノーレに相談をしてくる。クリブルやリリアントからすれば憎らしい相手なのだが、どうしても必死に聞いてくると何も言えない。


「エナメノーレすまない、クレスは今どうなっている?」

「クレス中の村や街に人を送ってみろ。半分までは行かなくても、かなりの人数がクエリアースの触媒に使われたはずだ」


セミラックはここで難しい顔をするので、クリブルが「何を悩んでいるんです?」と聞くと、「あの死を付与した食べ物のせいで今年を乗り切るのも辛いのに、国民が死んでいるとなると国力低下だ」と返して頭を抱える。


「自業自得です。ギアに攻め込まなければこうなっていません。食料も減りましたが食べる人も減りましたよ」


冷たく言い放つクリブルに、セミラックは「お父様、申し訳ありません」と謝ってからキチンと立ち上がって、クリブルに向かい「済まなかった。申し訳ないがクレスを助けてくれ」と言って頭を下げた。


クレスの王子が戦争中のギアの王子に頭を下げる。

これは余程の事が無ければ出来ない。


困り顔のクリブルは「助けろって…どうしろと?」と言うと、セミラックは半魔半人達を貸して欲しいと言い出した。


「えぇ?半魔半人にクレス人として振る舞わせて、農作物を作らせたりしたいんですか?」

「その通りだ。そうすればクレス人は飢えずに済む!」


真剣なセミラックの目にクリブルは抗いにくさを感じていて、セミラックはそこを見逃さずに「和平を結ぼう!結んでくれ!」と頼み込む。


そして好条件のように「もしクレスがクリーレとクエリアースの手に落ちると、ギアはまた戦地になる!だがギアが力を貸してくれれば、接近を察知してクレスの中で対処も可能だ!」と告げる。


困ったクリブルはエナメノーレに「エナメノーレ?どうするべきかな?」と聞くと、エナメノーレはドヤ顔で「また私に感謝だな。今の半魔半人は記憶を元に素の人間と同じ事もやれるし、勿論子を作る事も可能。貸し出しておいて偵察としても使える」と言う。


「うー…。仕方ないか。エナメノーレ、今の僕はここからギア中に死を撒ける?」

「可能だ。すでに死は集めた」


クリブルが死を撒くとすぐに死んでいた家臣達も蘇り、話を聞くとキチンとセミラックやセミワイトの事も認識できていた。


この出来事に膝をついてセミラックは感謝を告げると、セミワイトも「和平を結ぼう。同盟国になってくれ」と言ってくる。


この展開にエナメノーレが「良いではないか。覇軍の始まりか?」と言うと、クリブルは「僕はギアでひっそりとギアの皆と暮らしたいんだ」と言って嫌そうな顔をした。


そんなクリブル達にセミラックは礼をしたいから、まずは宴を催すから食べていってくれと言うし、セミワイトは半魔半人として蘇ったばかりの使用人に宴の用意をさせる。


なんと言う順応性なのか、クリブルはこのペースに混乱してしまう中、セミラックに向かって「貴方ねえ、僕の家族を殺して、僕の妹を汚しておいてなんですか?」と怒ったが、セミラックは意外そうに「いや、ギア王を殺したのはクリーレだし、国を滅ぼすと言ってクリーレが拒めば、「この話はなし」と言ってクレスに帰るつもりだった。それにギアの姫、リリアント嬢には何もしていない。それこそクリーレに殺すなと命じて身柄を預けたら、何故かこんな事になっていた」と言う。



「は?」

「だから誤解だ。クレスはクヨコの侵攻に備えていたから、ギアに何かする気はなかったんだ。だから皆殺しでいいならと議会で無理難題を突きつけたら皆に受け入れられたし、最後までクリーレが家族に手心を加えると思って実母の拷問を命じたら、嬉々として行うし、実妹に関しても手心を加えると思って任せたら、陵辱して薬物中毒者にされていた」


クリブルは混乱しながらリリアントに「リリ?」と確認すると、リリアントも申し訳なさそうに、「確かに私を汚したのはクエリアースとクリーレの2人で、この人は私に死ぬか生きるかを聞いてきただけです」と言う。


クリブルは全てクレスが悪い。セミラックが悪い。でも1番悪いのはクリーレだと思い込んでいたが、どうにも違う事がわかってきて混乱に拍車がかかる。


それはウォルテで再会した日に、リリアントは自分を見て恐怖を覚える筈だと納得もした時、セミワイトが申し訳なさそうに「クリブル殿、我が息子は口下手で言葉足らずで不器用でして…」と言う。


クリブルは嫌な汗をかいていた。

エナメノーレはそんなクリブルの顔を見て嬉しそうにニヤニヤしている。


クリブルは数秒俯いてから「セミラック…さん?」と声をかけると、セミラックは「呼び捨てで構わない」と返す。


「ギアの事はなんとなくわかりましたが、リリアントに何もしていないのですか?」

「何もしていないわけではない。生きるか死ぬかを聞いた。だが何故年端も行かない娘が受け入れる気もないのに何かをしようと思う?」


「……質問を変えます。リリアントに性的な接触は…」

「だから何故する?確かに亡国の姫ともなれば、そう言う事が無いわけもないが、まだ幼い姫に何をする?それに本人に死ぬ気はなく、私に復讐をすると言えば待つのも王の勤めだ」


クリブルは頭を抱えると「口下手…言葉足らず…不器用」と呟いてから、「もしかしないでもクリーレとクエリアースのせいでクレスも被害者か…」と言い、「仕方ないので少し手を出します」と言い、「父上、母上と特別な格好でこちらに来てください。ストンブ、トーボ王を連れてクレスまで転移札で来て。皆はトーボに待機だ」と指示を出すと、すぐに半裸で血まみれの槍を持つ父クリーエと、同じく半裸で棍棒を持つ母アイボワイトがやってくる。


「な…なんという格好ですか?僕は特別な格好でと…」

「特別だぞクリブル。ギアを脅かすキルベアーを葬ってやった時の格好だ」

「そうよ。王が槍で奴をギアの大地に縫い付けて、私が脳天に全力の一撃を加えたのよ。クレスへの復讐でしょう?これ以上ない特別な格好よ」


クリブルが頭を抱える中、ストンブと共に現れたトーボ王も戦装束に身を包み、「お待たせいたしたクリブル王子!」と言っている。

トーボ王は見た目老人なのにウッキウキで目は血走っている。


「と…トーボ王?」

「これを機に悪鬼クレスを滅ぼすのですな!クリブル王子には不思議な力でトーボを助けていただいたご恩があります!この身体を自由にお使いください!」


クリブルは大きなため息のあとで、「父上、母上、武器を下ろしてください、トーボ王もです」と言って冷静にさせる。


事のあらましを聞くだけ聞いた全員は全員の顔を見渡し、「では…クレスもクエリアースの魔の手に堕ちていて」、「今はクリブルの半魔半人で国をなんとか存続させている」、「クリーレはクエリアースの話ではクヨコまで撤退…」と言う。


「そうです。ですので父上と母上はクリーレが迷惑をかけた立場として、今は武器を納めてください。トーボ王は僕への貸し借りと言うのであれば、今は武器を納めてください」


こうして話をしてクレスの目的は食宴を催したいと言うものだった。


「と、言うわけで一度に全員が集まって話ができた方が良いので呼びました」

クリブルはもう疲れていた。


話し合いをセミラック含む全員に任せて、食宴会の後はテラスでのんびりとクレスの夜景を見ながら思っていた結果と違う事に肩を落とすと、エナメノーレが近付いてきて、「リリアントへの褒美の後で私が思う存分癒してやろう」と言う。


思考停止したかったクリブルは迂闊にもそれを受け入れてしまい、ギアに帰ると半月ほど特訓部屋から出てこなかった。


出てきたクリブルはまさかの状況に、頭を抱えて父クリーエを詰問すると、「私だけではない。クレスのセミワイト殿もセミラックもトーボ王も是非にと言ってくれていたぞ」と言った。

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