第25話 セミラックの見た地獄。

セミラックは転移札を用いてウォルテにやってきた。

以前、ギアへの侵略後に騒がせた賠償金の話をしながらビリジーアと話した時の事を思い出す。


門番は4年と少しでセミラックを忘れたのか、「旅人かい?」と聞いてくる。

これで門番が務まるのか?と思いながら「クレスのセミラックだ。ビリジーアは居るな?」と言って中に入ると、言いようのない違和感に襲われる。


猛獣の檻に入ったような気持ちの悪さ、戦場に居るような感じの中に、街中から視線を感じる。

嫌な汗をかきながらビリジーアの屋敷に向かうと、4年前と変わらぬ太った姿のビリジーアがセミラックを迎えるが、ビリジーアはビリジーアなのにビリジーアに見えなかった。


セミラックは4年の月日が人を変えたかと思いながら、応接間に通されると「変わった事はないか?」と聞く。


「変わった…事ですか?いいえ、ありませんよ」


酷くゆっくりと話すビリジーアに気持ち悪さを覚え、背筋が凍りつくが気のせいと思い、「何もなければいい。近頃クレスでは異常な出来事が多いから、制圧したギアに行くついでに邪魔をしただけだ」と言った後で、「以前うちのクリーレがリリアント姫を置いていったな。会わせてもらおう」と言う。


「わかり ました おまち ください」と言ったビリジーアは、リリアントを呼びに行くと言って席を外す。


少しして現れた娼婦が「リリアントです。ご指名ありがとうございます」と名乗ったが、髪色は確かにリリアントに似たピンクブロンドだし肌の色も近い。だが明らかに別人だった。

顔立ちも似てない事はないし、クレスの家臣達もリリアントを知らなければ騙されただろう。


だが、セミラックは滅亡後に「死ねません!」と言ったリリアントの顔を見ていた。目と声を知っている。

目から光が失われようが、リリアントはこうならないと言う直感から、「お前は違う。姫はどこだ?」と聞いた瞬間、偽リリアントはトカゲ騎士の姿になり、セミラックに襲いかかり、ビリジーアはオークの姿になってセミラックを挟撃した。


セミラックは慌てて回避すると、反撃でトカゲ騎士を真っ二つに両断し、返す刃でオークだったビリジーアを切り殺した。


「何事だ!?」


慌てて外に出ようとするセミラックに、次々に使用人達が魔物化して襲いかかってくる。


人型だけかと思ったが、中には豚の魔物キンカーなんかも居て、リズムを崩されるし、小さな子供も魔物の姿になって飛びかかってきた。


セミラックにはこの世の地獄に思える。地獄の蓋が開くとはこういうことかと思った時、思わず「お前達は何なんだ!」と声を張っていた。


「お前が知る必要はない」

そう聞こえた時、背後が急に暗くなった。


振り返るとくすんでグリーンがかったブロンドヘア、青い瞳の剣士が躊躇なく自分を殺そうと剣を振るってきていた。


セミラックは必死に回避をして、間に老婆が魔物になったゴブリンを投げつけて距離を取る。


躊躇なく老婆だったゴブリンを切り裂いた剣士の姿を見た時に、セミラックは一瞬言葉を失い、直後に「クリーレ?」としか言えなかった。



「クリーレを知る黒い剣士。門番の報告にあった通り、クレスのセミラックか?」


青い瞳の剣士、クリブルは殺意こもる目でセミラックを睨み付けると、セミラックはようやくクリーレではなく、行方不明にして殺したと言われていたクリブルの存在に気づき、「青い瞳…呪われた生贄の王子…生きていたのか?」と言った。


「生きていた。僕は今復讐の為に戦っている。ここに現れた事は予定外だが僥倖だ!殺す!半魔半人!奴を攻め立てろ!僕の攻撃の邪魔はするな!門を塞げ!逃すな!」


クリブルは容赦なく斬りかかるが、セミラックの剣は才能に恵まれた剣技で、脅威的な先読みで剣を回避して斬りかかる。


クリブルの方も「甘い!僕を叩き上げた地獄に、お前を叩き落としてやる!」と言いながら、才能に経験で追いついて圧倒をしようとする。


クリブルは周囲を見渡し、近くの魔物達に「ちっ!奴が横降りのタイミングでオークとトカゲ騎士は間に入って剣を鈍らせろ!」と指示を出すと、魔物達は躊躇なく前に出る。


「魔物を手足のように使う!?何だその力は!?」

「お前には関係ない!死ね!」


「ここで死ぬわけにはいかない!私にはクレスの民がいる!1人の命ではない!」

「何を言う!僕たちだってギアは生きていた!それを殺したお前が言っていい言葉ではない!」


「それはクリーレが国を差し出した結果だ!クレスは元々ギアを放置していた!」

「ならクリーレを殺す!その後でクレスにはギアの人達の命の数だけ死んでもらう!」

クリブルの剣を弾きとばしながら、「狂った王子め!冷静になれ!」とセミラックが言う。


セミラックが恐ろしいのは、オークが束になって邪魔をしようが、剣速はいうほど遅くならない。


今、確実に有利にいるはずのクリブルは徐々に不利になっていた。

理由は二つ、ビリジーアからセミラックを名乗るクレス人が来たことを聞いてエナメノーレを連れて来ずに、1人で転移札を使ってしまい、今までなら女神の加護で食事や排泄を不要としたように、多少の疲労も吹き飛ばしていたのに、その加護がなくて今までの分も含めて疲労が出てきてしまった事。

そして対人戦では、呪いが解けてからは格上を相手にした経験がなかった事。

対魔物ではワイプ山の中でも戦った経験があるクリブルに分があったが、今は対人戦でフェイントを重ねられると厳しかった。


元々リリアントも来たがっていたのに、無視した事を後悔しつつも転移札は眷属化したブールゥがすぐに作ると言っていたのでそろそろだろう。


クリブルは死を使い、セミラックが倒したばかりの魔物を即座に再生させて、リズムを崩させると果敢に切り掛かって行く。



倒した魔物が蘇ることに気付いたセミラックは、旗色の悪さに撤退を意識して隙を伺おうとしていて、クリブルを倒すことへの注力をやめていた。


一定の距離を取り始めたセミラックに、クリブルが大きく振りかぶるとセミラックは後ろに飛んで距離を取る。


二度めの時、クリブルは「リリ!今だ!」と言って呼ぶと、リリアントは飛んだセミラックの後ろに現れて「殺します!」と言って切り掛かった。


突然のリリアントに驚きながらも、あの日の眼力を見て「姫。生きていたか」と言った時、額から頬に向けて大きく斬られ、背中にはクリブルが剣を突き立てていた。


激痛に身をよじるセミラックは、「姫、生きていてよかった」と言った後で、クリブルを見て「呪われた生贄の王子、異変の原因が君だと理解した。私は帰ってクリーレに話を聞いてみよう」と言うと、転移札でクレスの城に帰還をしてしまった。


怒り混じりに「ちっ、倒し損じた」と言うクリブルに、リリアントが「お兄様!私を置いて行くからです!」と言い、エナメノーレが「まったくだ。私も置いて行くから疲労が出てきて剣が鈍る。よく寝るか私と離れるな」と言って現れた。


「リリはごめんね。助かったよありがとう。エナメノーレはそんな事を言うなら寝かせてよ」

「はい。今度は2人でやりましょうね!」

「ダメだな。帰ったら更に特訓だ。眷属の強さを引き上げられるようになるまでセックスだ!」


クリブルはウォルテの人々を修復すると致し方なく特訓をする。

そこにはリリアントも居て、リリアントとクリブルでコレでもかとエナメノーレを責め立てていた。



クレスの城は騒然とする。

剣の才能は天からの贈り物と言われていたセミラックが、額から頬にかけて斬られて背中に深い傷を負っていた。


医者や魔法使いが治療を申し出るが、セミラックは「それどころではない!」と言ってクリーレの執務室に行くと、ヘラヘラと立ち上がるクリーレ。


「セミラック様、どうされましたか?お怪我をされたのですか?」

そう聞くクリーレに本気の太刀を放つと、次の瞬間にクリーレの右手は肘と手首の間で切り落とされていた。


「お前の失態のせいでこうなった。責任を取れ」

血が噴き出る手を押さえながら何があったかを聞いたクリーレは、失血のせいか話のせいか青くなっていた。


「クリブル…兄さんが生きていて、リリアントとウォルテを滅ぼした?」

「何があったかを探り、解決しろ」


セミラックはそう言うと倒れてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る