結城母と結城さん(最終章)
第65話 病院からの連絡
成瀬にその連絡が来たのは午後の授業の途中だった。
職員室にいた担任から、家から連絡があったから荷物をまとめてすぐに父親の携帯へ電話するように言われた。
成瀬は慌てて荷物を鞄に詰めて、廊下に出る。
そして、廊下を走りながら父親の携帯へ電話した。
その光景をクラスメイト及び、結城すらも起きて見ていた。
「お父さん? 俺、蓮。何かあったの?」
一臣が電話に出た瞬間、成瀬はそう電話越しに叫んだ。
学校にわざわざ連絡するなんて余程の事だと思った。
「蓮君、落ち着いて聞きなさい。今、お母さんが家で倒れたって言う連絡が病院から来た。今日はレッスンがある日だったから、生徒さんが訪問した時に発見されたらしく、直ぐに救急車を呼んでくれたらしい。おかげで処置も早く済んで、命には別状がないと言われた。蓮君は学校の近くでタクシーを捕まえて、病院にそのまま行けるかい?」
「わかった。大丈夫、直ぐに向かうよ」
成瀬はそう言って電話を切った。
そのまま学校の近くの大通りに向かい、タクシーを探す。
タクシーは思いのほかすぐに捕まって、成瀬はそれに乗って指定された病院まで向かった。
杏子は想像以上に元気そうだった。
上半身を起こした状態で、ベッドに入り、一緒に待っていた生徒さんたちと話をしていた。
「あら、蓮君!」
杏子は何事もなかったように、成瀬に声をかける。
周りにいた生徒さん親子も蓮を見ると挨拶をして部屋を出て行った。
成瀬は慌てて杏子に駆け寄る。
「お母さん、大丈夫なの? 急に倒れたって聞いてびっくりしたよ」
「ごめんねぇ。お母さんもびっくり。先生に日頃の不摂生がいけないんだろうって怒られちゃった。お酒はもう少し控えるようにって」
成瀬はそれを聞いて少し安心したのか、その場で大きくため息をついた。
「本当だよ。これを機に、お酒は控えてよね。葵だってまだ中学生なんだよ。皆に心配かけないでよ」
「私だってこの若さで死ぬのは嫌よ。いくら美人薄命って言ったってね。でも、お酒はなかなかやめられないのよね。どうしましょう?」
自分で美人などというところがさすが杏子だと思う。
自分が倒れたのに本人は他人事のように話していた。
それに成瀬は呆れてしまう。
でも、思ったよりずっと元気そうだった。
その時、病室に葵と一臣が入って来た。
どうやら、一臣は病院に来る前に葵を迎えに行っていたらしい。
葵はそのまま杏子に抱き着いて、泣いていた。
そんな葵を見て、杏子は泣いているの?とからかうように笑った。
「蓮君、遅くなってごめんね。先生から元々杏子さんは意識を取り戻して今のところは元気だって聞いてたから、そこまでは心配していなかったんだ。けど、念のために今日は入院して、精密検査を行うって」
一臣がそう説明して、成瀬の近くに椅子を引き寄せ座った。
成瀬もそれがいいよと一臣に同意する。
「心配させて悪いね。授業中だったんだろう?」
一臣は鞄を床に置いて成瀬に尋ねる。
成瀬は首を横に振った。
「授業中だったけど、大丈夫。ノートは誰かに借りるし、わからない部分があったら先生に聞くから。それに後2教科だけだったからね」
そうかと一臣は安心した表情を見せた。
最近では家族が家に集まることも以前よりは増えたが、こうしてゆっくり揃うことはなかったと思う。
一臣も相変わらず忙しいし、成瀬も部活や学校の用で家にはあまりいなかった。
それに空いた時間はバイトにも行っていた。
杏子も成瀬がバイトの日は酒場とおるによく遊びに来ていた。
毎日見る杏子の姿は元気そうだったので、倒れるとは思わず、本当に驚いている。
「これで、杏子さんも少し懲りてくれたらいいんだけどね。僕も杏子さんに何かあったら心配だよ。何より、今の葵ちゃんにはきっと受け止めきれない」
一臣の言葉に成瀬はそうだねと答えた。
葵はいつも強気だが基本ナイーブで精神的に強いタイプではない。
最近やっと杏子が家にいるようになって、葵も落ち着いて来たのに、こんなところで杏子に倒れてなど欲しくなかった。
本人としては全く気にしていない様子だったが、成瀬たちにとっては気が気でない。
病室内でそんな家族団らんで会話をしている中、成瀬の携帯に浜内からメールが送られてきていた。
成瀬は病室を出て、メールを確認した。
浜内たちも成瀬の様子を見て心配したらしい。
杏子が倒れたことを伝えると、放課後見舞いに行ってもいいかと聞かれたので、杏子に確認してOKを出した。
浜内もこういう時は頼もしい友である。
数時間後現れたのは浜内と福井、そして意外にも結城だった。
「よぉ、成瀬。お母さん、元気そうで良かったな」
浜内は明るく成瀬に声をかける。
福井はお見舞いのお菓子を持って、それを成瀬に渡す。
「今日の分のノート、俺が貸すから家に帰ったら写しとけよ。先生もわからないところがあったらいつでも質問を受け付けるってさ」
福井はいつもの仏頂面で答えた。
さすが福井だ。
成瀬が勉強に遅れないように配慮してくれている。
しかも、お見舞いの品まで買ってくるとは、福井らしいと思った。
それを杏子に見せると、杏子は嬉しそうに笑ってここのお菓子好きなのと答えた。
2人も安心して笑みが零れる。
そして、結城はずっと後ろの方で暗い顔をして立っていた。
この中で杏子とも一番関りがあるのにまるで部外者のように大人しかった。
そんな結城を見て、杏子の方から声をかけた。
「馨ちゃん、ここまで来てくれる?」
杏子は結城に向かって手招きをした。
結城は何も言わないまま杏子に従う。
「ここ座って」
杏子は近くの椅子を自分に引き寄せて、結城にそこに座るように言った。
結城は指示通り座ると、突然杏子の方から結城をぎゅっと抱きしめた。
これには結城も成瀬も驚いていた。
「あ、あの、おばさん……」
結城は杏子の胸の中で困惑していた。
それでも杏子は抱きしめ続ける。
「馨ちゃんも心配かけてごめんね。私は大丈夫だから、安心して」
彼女はそう言って、彼女の肩を掴んで笑顔を見せた。
結城は困惑の顔から少し悲しそうな表情に変わった。
成瀬にはそれが涙をこらえているようにも見えた。
あの一度だって泣いたことのない結城がこんなに泣きそうな顔を見せるのは初めてだ。
やはり自身の母親と重なる部分があるのだろうかと成瀬は感じていた。
すると今度は手土産を持った結城の父、勝が病室に顔を見せる。
「あら、勝さんまで! ごめんね、気を遣わしちゃって」
勝を見るなり、杏子は明るく声をかける。
「馨に電話で聞いたんですよ。杏子さんはうちの大事な常連さんですからね。顔を出さないわけにはいかないでしょう」
彼はそう言って杏子に近付き、手土産を渡した。
杏子は快くそれを受け取った。
「聞いてよ、勝さん。病院の先生が私にもっと普段からお酒を控えるようにいうのよ。私の楽しみを奪う気よ、あの藪医者!!」
杏子はぷんすか怒って見せた。
おそらく居酒屋の店主にだから言えるのだろう。
「まあまあ、お医者さんの言うことは聞かないとね。お酒の代わりに杏子さんにはとびっきりの上手い飯食わせるんで勘弁してください」
勝はそう言って笑う。
その間に結城は席を立ち、病室を出て行った。
成瀬はそれを静かに見つめていた。
隣にいた浜内や福井もこの辺でと言って病室を出る。
「明日には学校来るんだろ?」
廊下に出ると福井がそう訪ねて来た。
成瀬は深く頷く。
「明日は行けると思う。今日はごめんね」
成瀬が謝ると、浜内が成瀬の背中を思い切り叩いた。
「何言ってんだよ! こんな時こそ友達頼れよ!!」
浜内は全力の笑顔を見せる。
成瀬はその顔を見てほっとする。
2人を見送って、病室に戻ろうとするとそこには勝が立っていた。
「蓮君。悪いんだけど、ちょっと俺に付き合ってくれる?」
彼はそう言って、成瀬を病室の外へ誘い出した。
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