第64話 学問の神様
雨宮は目的地を皆に告げることはせず、ただついて来てと言って歩き出した。
嵯峨嵐山駅で電車を乗り継いで、円町で降りてバスに乗り換えた。
移動時間は約30分。
思いのほか時間がかかった。
6人は一の鳥居の前に立った。
扁額に書いてある文字を浜内が声に出して読んだ。
「天満宮?」
「北野天満宮だよ。学問の神様で有名な神社」
成瀬が浜内の言葉に付け加える。
雨宮はその鳥居の前で腰に手を置き、仁王立ちになって答えた。
「私たちの本分は学業! だからここに参らなきゃダメでしょう」
彼女はそう言って、鳥居をくぐって本殿に向かって歩き出した。
他の5人も雨宮について行くように歩いて行った。
成瀬たちは一の鳥居、二の鳥居、三の鳥居と順番に辿って、長い道の先にある楼門の前に立った。
楼門は立派な建造物で成瀬たちをも圧倒していた。
それをくぐり道なりに行くと更に三光門が見える。
また楼門とは違う迫力があった。
そしてその奥にお目当ての北野天満宮の本殿があった。
成瀬たちは早速お参りをする。
それが終わると雨宮は社務所の方へ行き、再びお守りを見に行っているようだった。
「またお守りかよ。あんまり持ちすぎると神様同士が喧嘩するっていうぜ」
福井が呆れながらそう言った。
女子とはどうして御籤やお守りが好きなのだろうと思う。
草津の場合はソフトクリーム販売を見るたびに買っている気もするが。
「そんなことないって言う人もいるけどね。神様はそもそも喧嘩しないって」
成瀬はフォローするように福井に言った。
福井からすれば、それはお守りで稼ぐための口実に感じた。
「北野天満宮と言ったら、『長五郎餅』!!」
草津は何かを思い出したのか、駆け出して雨宮が戻ってくる前に、三光門を出て行ってしまった。
それを慌てて浜内が追いかける。
「草津はほんと、食べ物の事ばっかりだねぇ」
成瀬はさすがの草津の食い意地に感心しながら2人について行った。
結城もちらっと福井を見て、黙って門の方へ向かった。
何か言いたいことがあればそっちこそ言って来いと福井は心の中で呟き、結城の態度に不快感がしていた。
「福井!」
後ろから雨宮が福井の名前を呼ぶ。
気が付けば、皆雨宮を待たないで出て行ってしまっていた。
雨宮は福井の前に立って、小さな袋を渡す。
それはおそらくお守りだろう。
「あんたいつも勉強の事ばっかり考えてるから、たまには力抜いて神頼みもいいんじゃないって思って」
彼女は嫌味半分で言ったつもりだった。
彼女が自由時間の最後に選んだ場所が自分のためだと知った時、複雑な感情が福井の胸の中に溢れる。
自分のことで一杯一杯なやつが人の心配なんてしてんなよと思った。
福井はぎゅっとお守りを握りしめて、雨宮を見る。
「……ありがとう」
福井は神なんて信じていないし、神に縋るタイプでもない。
だから、お守りとか自ら買った事はなかったし、雨宮からもらえるとは考えもしなかった。
だから、素直にお礼が口から出たのだと思う。
雨宮も嫌味の一つでも言い返してくのかと思っていたので、福井の意外な反応に戸惑った。
「なによ。あんたが素直なの気持ち悪い」
「気持ち悪いって言うな。素直にお礼言ったのに、お前はいつもそれなのな」
福井はそう言って、雨宮の頭を優しく触った。
「お前の買った野宮神社のお守り。一緒に持ってたら、良いご縁に巡り合えるらしいんだってよ。だから、大事に持っとけ。きっといいことあるから」
福井は雨宮が野宮神社で買ったお守りの事を言っていた。
あれには色違いのリングが入っていて、恋人と2人で分け合えるようになっていた。
おそらく雨宮はその片方を成瀬に渡そうと思っていたのだろう。
けれど、その前に成瀬自身が他のお守りを結城に渡してしまった。
だから、雨宮はそのお守りを渡すことが出来なかったのだ。
福井はそう言って雨宮の横を通り過ぎて、三光門の方へ向かった。
その時、雨宮が福井の背中を叩いた。
何事かと思って振り返ろうとしたが辞めた。
雨宮が泣いていたからだ。
「しょうがないじゃない! 好きになっちゃったんだから。成瀬が他に好きな人がいるってわかっていても止められないんだもん! 諦めたくても諦められないの!!」
雨宮は何度も何度も福井の背中を叩いた。
福井はただ黙って頷いていた。
自分が今、雨宮にしてやれることはこうやって背中を貸してやることだけだと思ったからだ。
「辛いのに、辞めたいのに、好きって気持ちが消えない。好きは理屈なんかじゃないの。コントロールなんて出来ないんだから……」
福井に恋する気持ちはわからない。
でも、彼女が一生懸命成瀬に想っているのはわかる。
わかるから、切ないのだ。
そして、そんな彼女に何もしてやれない自分が情けないのだ。
当分の間、雨宮は福井の背中で声を上げて泣いた。
「雨宮ぁ、お餅買ったよぉ!」
草津が門の方から雨宮を呼んだ。
雨宮は涙を拭いて、草津の方へ駆け寄った。
福井はそれを見送った後、自分もゆっくり三光門に向かった。
門の下には結城が待っていた。
門を抜けていこうとする福井に結城が声をかける。
「福井、ありがとな」
それが何のお礼なのかはわからない。
それでもそれを聞こうとは思わなかった。
「お前もさ、成瀬の気持ちに本当は気づいてるんだろう。なら、もっとちゃんと考えてやれよ」
福井も結城にそう言った。
成瀬は結城が好きだ。
それは部外者である福井にだってわかる。
そして、それに結城も気が付いている。
ちゃんと自覚できていないのは成瀬本人ぐらいだろう。
成瀬の事を好きな子はきっと雨宮だけではない。
だから、結城にもこのままただ受け流すのではなくて、もう少し真剣に考えて欲しかった。
「ああ、わかってる」
結城はそう言って、門から離れ成瀬たちの方へ向かった。
福井は遠くから楽しそうにしている成瀬たちの姿を眺めていた。
バスに戻ると、浜内はぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。
修学旅行もこれで終わりだ。
帰ったら、また勉強三昧の毎日が待っている。
成瀬もこの修学旅行には満足をしていた。
雨宮がああやって豪快に誘い出してくれなかったら、こんなに楽しい修学旅行にはならなかった。
葵の為に可愛いご当地ストラップも買ったし、杏子の為におつまみになりそうな漬物も何種類か買い、一臣には真ん中に大きく『京都人』と書いたTシャツも買った。
一臣は東京出身ではあるのだが。
成瀬が窓を外に目をやるとそこにはバスに乗る前の桜井がいた。
桜井の雰囲気は成瀬が最初に会った時とだいぶ変わっていた。
一瞬、1人でいるのかと思ったがすぐに誰かが彼に駆け寄ってくるのを見て、成瀬は安心した気持ちになった。
あの事件のせいで桜井が寂しい思いをすることは成瀬も望んではいない。
「ああ、木刀、超邪魔!」
浜内は鞄から飛び出している木刀を見てそう言った。
旅行鞄の方にはどうやら入らなかったらしい。
「ってお前が自分で買ったんだろう!」
福井も通路を挟んで横から浜内に突っ込む。
すると、その近くにいた結城が更に叫んだ。
「お前らうるさい! 眠れないだろう」
結城は既に腕を組んで寝る準備を始めていた。
それを呆れた顔で浜内と福井が見る。
「お前、この3日間バイトなかったんだからもう少し起きとけよ」
浜内が突っ込むが結城は無視をする。
「ってか、結城は何しに修学旅行に来たんだよ」
福井も呆れながらぼやく。
きっと結城にもこの修学旅行に来た意味はあった。
高校生活のいい思い出になったと成瀬は1人バスの中で満足していた。
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