第19話 相談
翌日、成瀬は登校すると既に結城が教室に来ていた。
相変わらず席に着き、伏せて寝ている。
基本、この姿と昼食の買い出しに出て行く姿以外、ほとんど見たことがない。
成瀬は自分の荷物を机に置いて、結城に話しかける。
結城はゆっくりと顔を上げた。
すごく眠たそうな顔をしている。
「結城さん。実は話したいことがあるんだけど、昼休みちょっと付き合ってくれないかな」
成瀬のその言葉を聞いて、結城は険しい顔をする。
「ごめんな。私は誰とも付き合う気はない」
「いや、さすがに秒でふるのは辞めてくれる?」
そんなつもりはなかったが、成瀬でもこうはっきりとフラれると傷つく。
周りの女子が聞いていたのか、影で結城を睨みつけていた。
「そういうのじゃなくて、葵の事なんだ」
「葵の?」
初めてまともに反応した。
結城と葵はそこそこ仲良くなっている。
葵の事と聞けば、さすがの結城も気になった。
しかし、そのために貴重な昼休みを奪われるのにも抵抗がある。
「いやぁ、昼休みって私にとって大事な睡眠時間なんだよなぁ」
躊躇っている様子の結城。
大事な睡眠時間と言っても、結城は基本学校にいる間はずっと寝ている。
逆にどれだけ寝れば気が済むのか、成瀬は聞いてみたかった。
そこで懸命に打診する。
「ほら、昼休みの総菜パンは浜内が買ってくるからさ」
成瀬が勝手に浜内をパシリにする約束をした。
しかし、それだけでは納得いかなかったようだ。
「わかった。俺のお弁当も分けるよ。食べたい分だけ、食べていいから」
その言葉にやっと納得したのか、わかったと返事をしてまた伏せて寝た。
成瀬は安心して息をつく。
今の葵とまともに会話できるのは結城しかいない。
だから、どうしても結城に頼むしかなかった。
そして、早速浜内が登校すると、昼休みに総菜パンを買ってくるように頼んだ。
午前の授業の終了と同時に浜内は猛ダッシュで教室を出て、泣きながら総菜パンを買いに走った。
結城との待ち合わせは、あの屋上にした。
屋上なら誰も来ないだろうし、結城も気兼ねなく話せると思ったからだ。
他の場所だと、どうしても女子の目線が気になる。
成瀬は最上階に上がって、屋上の入り口のノブを回した。
しかし、鍵がかかっているのか開かない。
何度か力ずくで開けようとしたが、開くわけもなかった。
新しい鍵に変えられたのかもしれないと焦っていたところに、あくびをしながら結城が階段を上がってくる。
成瀬は真っ青な顔でドアノブに触れながら答えた。
「結城さん、ごめん。屋上の扉が開かないみたい」
「そりゃそうだろう。鍵かかってるんだから」
結城は何をおかしなことを言っているのだろうというような顔で成瀬を見た。
成瀬は意味が分からなかった。
以前は確かに屋上が開いていたのだ。
それとも結城には屋上の合いかぎでも持っているのだろうか。
すると、結城がポケットから見慣れない二種類の金属を取り出す。
そして、それを鍵穴に差し込んでがちゃがちゃと動かした。
その瞬間、解錠した音が響いて、簡単に扉が開いた。
「ここの鍵は安物だからこの二種類で開くんだよ」
結城は何事もなく成瀬にその二種類の金属を見せる。
「結城さん。ピッキングは犯罪だよ……」
成瀬の言葉に全く聞いていない結城が屋上へ出ていく。
成瀬もその後について屋上に出た。
基本的に学校の屋上を生徒が利用することはない。
学園祭や特別な時に作業場として使うだけで、基本教師の監視の下で使われる。
後はタンクとかエアコンなどの大きな室外機が置かれていた。
だから、あまりきれいな場所とは言えない。
そのまま座ったら汚れそうな場所だったが、結城は気にせず床に転がる。
太陽の日差しが気持ちよかった。
「結城さん。そんなところに寝たら制服が汚れるよ」
成瀬はそう言って持ってきた可愛いイラストが付いたレジャーシートを広げる。
どれだけ準備がいいのだろうと結城は眺めていた。
そして、その言葉に甘えて、結城もレジャーシートに腰を下ろした。
隣で成瀬が自分の弁当を広げた。
その中身は色鮮やかで美味しそうなものばかりだ。
中には見たことのあるキャラクターをかたどったかまぼこが、こちらを見つめるように詰めてあった。
「これ、本当に成瀬の弁当?」
結城は指をさして聞いた。
成瀬は笑顔で頷いた。
「うん。葵のお弁当に合わせて作っているんだけどね」
どう見ても男の弁当とは思えなかった。
成瀬は約束通り、結城に自分の弁当を渡す。
結城も遠慮なく頂くことにした。
「お茶もあるよ。飲む?」
成瀬はそう言って鞄から水筒を取り出した。
成瀬はどこまでも用意がいい。
結城は成瀬の弁当を食べながら、要件を聞いた。
「で、葵がどうかしたって?」
成瀬は水筒にお茶を汲みながら話す。
「なんか最近また元気がないみたいなんだ。たぶん、学校で何かあったみたいなんだけど」
結城は成瀬から水筒のコップをもらい、一気に飲み干した。
「聞いてないのかよ?」
「聞いても答えてくれないんだよ。きっと俺には話しにくいのかも。でも、葵の信頼する結城さんにだったら話してくれるかなって思って」
結城は箸を咥えながら考えた。
「どうだろな。葵が話したくないなら、無理に聞くのもどうかと思うけど」
「そうなんだけど、葵ってああやってすぐに一人で溜め込んじゃうタイプだから、またどこかで爆発しないか心配なんだよ」
昔、一時的に葵が登校拒否になっていたことがあった。
それは、杏子が家にいなくなったことが原因とは思っていたが他にも原因がありそうだ。
しかし、この何年も葵が家族に弱音どころか、学校の話もしたことがない。
兄の成瀬としてはすごく心配だった。
結城もそれを察したのか、息をついて答える。
「わかった。今日は予約の客もいないし、多少帰りが遅くなっても問題ないだろう。放課後に葵の学校に行ってみるか」
「本当に!?」
成瀬はこんなにあっさり承諾してくれるとは思わなくて、つい大声を上げてしまった。
すごく嬉しそうな顔をしている。
結城もその顔を見ると複雑な気持ちになった。
「ありがとう。俺も今日は部活ないから、学校が終わったら葵の学校に案内するよ」
ひとまず、返事をする結城。
こんなことで成瀬がこんなに喜ぶとは思わなかった。
結城自身も葵が心配じゃないわけではない。
しかし、あの頑固な葵がどこまで自分の弱みを晒すだろうかと不安はあったのだ。
それでも葵の学校を視察するぐらいなら問題ないだろう。
結城は成瀬に弁当箱を返した。
「お前の弁当うまかった。じゃ、放課後にな」
結城はそう言って屋上を出て行こうとする。
そのタイミングで浜内が息を切らした状態でパンを抱え、屋上に入ってきた。
「ごめん。コロッケパンしか買えなかった。後はアンパンとクリームパン」
そう言って顔を上げると、目の前には結城がいた。
無言で浜内の持っていたコロッケパンを引っこ抜くと、結城はそのまま屋上を出て行った。
浜内は状況がわからず混乱している。
成瀬は自分の弁当箱の中を覗いた。
中身はきれいに完食されていた。
それを見て成瀬は少しだけ笑みがこぼれる。
「なあ、あいつコロッケパンだけで良かったのかよ」
浜内が成瀬のところまで走って聞いて来る。
すると成瀬が空っぽの弁当箱を浜内に見せた。
「結城さん、全部食べちゃった」
成瀬は嬉しそうだった。
浜内は呆れながらも、代わりに成瀬にアンパンとクリームパンを渡す。
「で、相談できたわけ?」
浜内は質問する。
成瀬は静かに頷いた。
「うん。放課後、葵の学校に行くことになった」
「わざわざ学校に? でも今はテスト期間中だろう。大丈夫なのかよ」
「俺も結城さんもそれに関しては心配してないかな。それより、葵の方が心配でテスト勉強どころじゃないよ」
相変わらずシスコンだなと浜内は呆れた。
でも、確かに成瀬なら葵の件が片付かないと試験勉強に集中できないかもしれない。
「なら、俺もついていこうか?」
浜内は自分を指さしながら笑顔で言った。
成瀬も笑顔で返事をする。
「大丈夫!」
すごく爽やかに断られた。
むしろ浜内こそ、自分のテスト勉強に集中しなければいけないのだ。
葵を心配している場合ではない。
浜内はアンパンを咥える成瀬を見た。
菓子パンをお昼に食べる成瀬なんて初めて見た気がした。
いつも健康志向で、弁当しか食べていなかったからだ。
「結城、弁当も食べて、コロッケパンも食べるのかよ。あいつの胃袋どうなってんの?」
「たぶん、俺より丈夫に出来ていると思う」
成瀬も呆れながら答えた。
今日のお昼ご飯はずいぶんと甘いものに仕上がった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます