第18話 勉強会

放課後、浜内は成瀬に勉強を教えてもらうために成瀬家に向かっていた。

成瀬の家は閑静な住宅街にあり、その中でもおしゃれな洋風な建物だった。

白い壁に水色の屋根。

背の高さまである白い門には綺麗な飾りが象られている。

それは、成瀬のイメージにピッタリな一軒家だった。

成瀬が門を開けて、その奥の玄関の扉を開ける。

すると中から成瀬の母、杏子が現れた。

今日は珍しく素面で自宅にいるようだった。


「お帰りなさい、蓮君」


杏子は成瀬を笑顔で向かい入れる。

さすが成瀬の母親だ。

成瀬によく似て清楚系の美人だった。

そして、杏子は後ろにいた浜内に気が付く。


「いらっしゃい。えっと、浜君!」

「惜しい、浜です」


絶対わざっとやっているだろうとつっこみたい思いを、心の奥に閉まっておいた。

そしてそのまま、成瀬は浜内を二階の自分の部屋に案内する。

浜内も成瀬の家に来るのも、部屋に入れてもらうのも初めてなのでドキドキしていた。

2階には3部屋あり、その中の一番手前の部屋が成瀬の部屋だった。

扉を開けると同時に、ふわっといい香りが漂う。

日当たりも良く、部屋はきれいに整理整頓されていた。

これが女の子の部屋だと言われても疑うことはないだろう。

ベッドの横にはクマのぬいぐるみまでおいてある。

部屋に入るなりそれを見て、浜内は笑ってしまった。

さすがに男の部屋にクマのぬいぐるみはないだろうと。


「おいおい、ベッドにクマのぬいぐるみって」


浜内が笑っていると、成瀬は笑顔で答える。


「妹が小学生の時、俺の誕生日にくれたものなんだ。毎日一緒に寝て欲しいっていうからベッドの上に置いているんだよ」


あまりに躊躇いなく答える成瀬を見て、茫然自失する。


「お前、気持ち悪いぐらい、シスコンだな」

「は? 訳がわからないよ」


あははとさわやかに答える成瀬に、正直、恐怖さえ覚えた。

そして、成瀬は自分の鞄を部屋に置くと、中央に用意されたテーブルの前に座るように浜内に言った。

テーブルの前には座布団も用意してくれている。

浜内はお礼を言って、とりあえずその場に座った。


「下からお茶とお菓子を持ってくるから、浜内はここで待っていて」


成瀬はそう言って部屋を出ていった。

暇になった浜内は成瀬の部屋を見渡す。

きっとクラスの女子に成瀬の部屋に入ったと言ったら羨ましがられると思ったが、同時にバレたら殺されるとも思った。

綺麗にベッドメイキングされたベッド。

机の上は整理されて、教材一つ、文房具一つ散らかっていない。

本棚の本が規則正しく並んでいる。

成瀬の几帳面さが窺えた。

この爽やかな匂いは棚の端に置いているポプリの匂いだろうか。

誰の趣味かは知らないが、本当に男子の部屋か疑わしいほどだ。

しかし、男子の部屋なら必ずあるものがある。

それはエロ本だ。

健全な男子ならエロ本の一冊や二冊あるのは当たり前。

隠すところと言えば定番のベッドの下。

そう思い、浜内はベッドの下をそっと覗いた。


「そんなところに隠すわけがないだろう」


部屋にお茶とお菓子を持ってきた成瀬が浜内の異様な行動を見て言った。

彼が何を考えているかも、成瀬にはお見通しのようだ。

浜内は慌てて体を起こす。


「いやぁ友達の家に行ったら定番じゃん?」


呆れた様子で、成瀬は持ってきたお茶とお菓子の乗ったお盆をテーブルに置いた。


そして、再び浜内は考える。

彼はそんなところ隠すわけがないと言った。

つまり、持っていないとは言っていないのだ。

浜内は目を輝かして、成瀬を見た。

そして頷く。

意味が分からない成瀬は引きつった顔のままで浜内の顔を見かえしていた。


「そうだよな。いくら可愛い顔してても成瀬も男だもんな。エロ本の一つや二つ隠してるよな!!」


で? と浜内は表情で本の隠し場所を成瀬に問う。

成瀬は浜内が本当にどうしようもない男だと思った。


「そんなの人様に言えるわけがないだろう。それに万が一にでも、妹に見られたら大変じゃないか」


真剣に答える成瀬を見ながら、心の中でどんなけシスコンなんだよと突っ込んだ。

そして、成瀬は原物では持っていないのだ。

デジタル化を活用し、そいつに多重ロックをかけているのに違いないと浜内は内心思っていた。


「安心しろ、成瀬。お前の秘密は俺が墓場まで持っていく!」


浜内は成瀬に向かってぐっと親指を立てた。

成瀬はあまりの浜内のバカさ加減にため息が出る。


成瀬はカップに紅茶を注いで、浜内の前に置いた。

浜内はそれを珍しそうに見つめていた。

男友達の家に行くと出されるのは大半、麦茶にポテチ系のスナックだからだ。

成瀬の家に来て出される差し入れが紅茶と手作りクッキーだとは思わなかった。

金持ちの家ならではなのか、少し慣れない。


「しかし、すごいな。お前の母さん、お菓子まで作るの? 俺こういうおもてなしとか初めてだからさ、びっくりしたわ」

「そうなの? まあ、作ったのは俺だけどね。昨日、勉強の息抜きに作ったから、ちょっと寝不足だよ」


浜内は違う意味でびっくりしたわとツッコミを入れたかったが辞めておいた。

成瀬とはこういう男だ。

女子より女子力の高い男なのだ。


「お前、いい嫁さんになれるよ」

「そのセリフ、全然嬉しくないんだけど」


お茶を継ぎ終わって、テーブルにクッキーの皿を置いた成瀬が答えた。


二人は紅茶とクッキーをつまみながら、テスト勉強を始める。

順調に勉強を進める成瀬に対し、浜内は初っ端から苦戦していた。


「俺、数学苦手なんだよ!」


10分もしないうちに浜内はペンを投げる。

成瀬は呆れながら浜内に目を向けた。


「数学苦手って、浜内は医大目指しているんだよね。医大って理系がメインでしょ?」

「そうだけど、それは親が勝手に決めたことで、俺は好き好んで医大なんて目指しているわけじゃない」


浜内は不貞腐れたように言った。

彼が以前から勉強が苦手だったのはわかっていたが、ここまでとは知らなかった。


「そもそもよくうちの学校に入学出来たよね?」

「俺だって高校受験の時はそれなりに頑張ったんだぜ。実際は当日高熱が出て、答案用紙すらまともに読める状況じゃなかったが、何故だか補欠2位で合格できた!!」


浜内は自慢げに答える。

成瀬はどこをどう突っ込めばいいのかわからない。


そんな時に突然、ノックもなしに妹の葵が成瀬の部屋に入ってきた。


「お兄ちゃん、私のクッキー知らない?」


浜内は驚き、身体を揺らす。

葵も浜内を見てわかりやすく顔を歪ませた。


「げっ、浜内」

「葵ちゃん、げっとか本人に言わないで。しかも、俺、君より年上だから『さん』付けようね、『さん』を!!」


相変わらず失礼な葵の態度に浜内は指摘する。

成瀬家はどうなっているのだろうと本気で心配になった。


「葵の分のクッキーはお母さんに渡しておいたよ」

「はぁ!? ダメじゃん。お母さんに渡したら酒と一緒に食べちゃうんだから!!」


葵は怒った様子で、そのまま思い切り扉を閉めた。

2人ともその音に驚く。


「今日の葵ちゃん、なんか機嫌が悪そうだな」

「そうなんだよ。お父さんの件が片付いてからは割と機嫌が良かったのに、最近はまた昔のように機嫌が悪くなってきたんだ」


成瀬は心配そうに葵を見つめる。

浜内も心配じゃないと言ったら噓になる。

最近やっと成瀬家の問題が解決したばかりなのだ。

成瀬自身もだいぶ元気になってきていた。

それを見て、浜内も安心していたのだが、どうも一難去って一難というところらしい。


「葵ちゃんって青山女子学院だったよな?」


成瀬が以前話してくれた内容を思い出して聞いた。

成瀬は頷く。


「うん。葵は女の子だからって小学校の頃から女子私立に通わされているんだよ」

「でも、青山女子っつたら、すげぇお嬢様学校だろう?」

「そうそう。中には寮の子もいるって。俺たち男子は女子校事情があまりわからないから、実際葵が学校でどういう立場なのかわからないんだよね」


浜内はうぅんと腕を組んで少し考える。


「俺が聞いている限り、青山女子ってそうとう厳しいって聞いてるぞ。校則や教育環境もそうだけど、上下関係とか人間関係も。親の立場とかでも学校の立ち位置かわるとか言われてるもんな」

「葵、学校で何かあるのかなぁ? 俺が聞いても全然答えてくれないから、協力したくても協力出来ないんだよ」


成瀬は困った顔をした。

そして、その言葉を聞いた浜内がにやりと得意げに笑って見せる。


「それなら適任がいるじゃねぇか。葵の信頼を一身に受けている人物が!」


その言葉を聞いて、成瀬にもある人物の顔がよぎった。

確かに彼女なら葵の悩みを聞き出してくれそうだ。

浜内は勝手に納得しているのかうんうんと頷いている。

成瀬は冷静になって、そんな彼に転がっていた彼のシャープペンを拾って渡した。


「浜内君は自分の心配をしてください」


成瀬は静かにそう言って勉強会を再開させる。

浜内は完全に本来の目的を忘れかけていた。

小さく返事をして、大人しく勉強を再開した。

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