第4話 喧嘩

それはいつもの帰り道の事。

今日は珍しく部活が休みで、成瀬は早めに買い物を済ませ、家に帰る途中だった。

帰り道の河川敷を歩いていると、どこからか言い争う声がする。

こんな場所で喧嘩とはなかなか古風だなと横目で見ていると、聞いた事のある声がした。

そこには高校生男子3人に対面して、中学生の女子1人が立っている。

目を凝らして見ると、その中学生は成瀬の妹の葵だった。

更にどう見たって、葵の方から高校生らに喧嘩をふっかけているようにしか見えない。

成瀬は慌てて葵の元に駆け寄った。


「なに喧嘩売ってくれてんの? お嬢ちゃん」


その高校生の1人が笑いながら、葵に近付いてきた。

葵は逃げる様子もなく、ずっと男たちを睨んでいる。

いくら何でも分が悪すぎる。

そう思った成瀬は二人の間に割って入るように立った。


「なんだ、お前?」


突然横から入って来たのだから、不審そうな態度になるのも当然だ。

成瀬は妹の前に立ち、腕を広げて叫ぶ。


「葵、俺の事はいいからとりあえず行け!」


成瀬は妹を助けるために叫んだつもりだったが、葵は全く動く気はない。

それどころか葵は仁王立ちをしたまま腕を組んで立っているのだ。


「兄貴の方こそ、関係ないんだからどけよ」


せっかく逃げるタイミングを与えたつもりだったが、成瀬のその努力は虚しく、葵はあっさり拒絶した。

だとしても葵が喧嘩など出来るはずがない。

何か武道を習っていたわけでもなく、ボクシングもしたことがない。

葵は世間知らずだから、強がって突っかかっているだけなのだ。

だから尚の事、成瀬は妹の前から離れるわけにはいかない。

そして、今度はさっきから事情も分からないで待たされている不良高校生たちのほうに顔を向け、彼らに素早く頭を下げる。


「俺の妹が生意気言ってすいません。後でちゃんと言い聞かせますから、今日はこれで許してください」


男たちは唖然として、成瀬を見ていた。

葵で遊んでやるつもりでいたのに、その兄がいきなり出てきて、頭を下げて来たのだ。

正直、やる気も失せ始めていた。

成瀬も抵抗するより素直に謝って、ことを穏便に終わらせた方が賢明だと判断していた。

そもそも妹の方から仕掛けた喧嘩だ。

謝れば許してくれると思っていた。


「まあ、女を殴るのは確かにちょっと気が引けるよな。なら、代わりに兄ちゃんが相手してくれよ」


目の前の男は拳を握り、手でぽきぽきと音を鳴らした。

後ろにいた連れの2人も笑って見ている。

妹は見逃してくれるようだが、どうやら自分はそうではないらしい。


「バカ、なんで兄貴が受けてんだよ」


葵は不満そうに声を上げた。

だからと言って、ここで自分が逃げるわけにも、ましてや妹を彼らに差し出すわけにもいかない。

成瀬は覚悟を決めて顔を上げた。

彼も妹同様、武道やボクシングの経験はない。

小学校から今まで男同士の殴り合いなどしたことがないのだ。

成瀬のような優等生に身体を張った喧嘩など無縁だった。

だからこのような時、どのように対応すればいいかわからない。


男は思いっきり拳を引いて、成瀬に殴りかかろうとしていた。

成瀬はとっさに両腕を交差して顔の前で構える。

ボクシングの防御体制でもなく、ただ必死に顔を守っていた。

拳は勢いよく腕に当たり、身体がよろけ、成瀬は地面に叩きつけられた。

成瀬が地面に転がった瞬間、今度は腹に蹴りが入る。

それが合図のように、後ろに控えていた2人も成瀬に蹴りかかった。

成瀬の足や背中に強烈な痛みが走る。

そしてそれを目の前にした葵は真っ青な顔をして固まっていたが、怖くなったのか後退って逃げ腰になっていた。

誰かが後ろからそんな彼女の肩をぽんと叩く。


「兄貴が庇ってくれてんのに、ここで逃げるのは違うんじゃねぇの?」


そのままその人物は、葵を通り抜けて成瀬たちに近づいて来た。


「男3人がかりで無抵抗な男1人を虐めて楽しいかよ」


その声で、成瀬を蹴っていた男たちの動きが止まる。

そして、その声の人物の方へ顔を向けた。

成瀬も恐る恐る顔を上げて、その人物の姿を見る。

逆光で見えづらかったが、そこにはあの結城が立っていた。

なぜだか彼女は頭にバンダナを巻き、甚平姿で腰には分厚い生地のエプロンをしている。

どう見ても、どこかの飲み屋の店員の格好にしか見えない。

そんな彼女に男たちは睨みつけた。


「また女かよ。威勢を張るだけなら失せろ」


男はくいっと顎を上げて言った。

結城の後ろで棒立ちの葵が顔をそらす。

つまり、2人一緒に帰れと言いたいのだろう。

成瀬もそうするべきだと思った。

願わくは、逃げた先で警察に連絡するか、大人の男性を呼んできて欲しいとは思っていた。

このままだと成瀬は彼らに蹴り殺されそうだ。

こんなに人に蹴られるということが痛いとは知らなかった。

溝内に入ると息も苦しくなって咳が出る。


「悪いがそいつはクラスメイトなんだ。ほっておくことは出来ない」


結城はひるむ様子もなく答えた。

頼もしい言葉だが、女子高生1人に男子高校生3人を相手出来るわけがない。

自分でさえこんなにやられているのに、女の子が相手をするなんて無謀だ。

成瀬もこんな風にやられる前は、運動神経があれば素人の攻撃なんて躱せるものと思っていたが、それ以上に恐怖が上回って何もできなかったのだ。

攻撃を避けるどころか、被害を少しでも軽減するために身を縮めて防御するしかなかった。


「それともなんだ? お前らは私が女だから殴れないのか?」


結城は更に男たちを挑発した。

なぜこの状態で挑発するのか理解できない。

自分を更に窮地に追い込むだけだ。

結城の言葉に男の1人が腹を立てたのか、成瀬から離れて結城に殴りかかった。

女子が殴られるところなんて見ていられなくて、成瀬はぎゅっと目を閉じる。


結城は殴りかかるために前かがみになった少年に対し、姿勢を低くして、軽く膝を曲げ、そのまま懐に入ると思いっきり相手のお腹めがけて蹴り上げた。

男はその衝撃で、後ろへと蹴り飛ばされる。

次に結城の両腕を掴もうとした男に対し、自分の指を組み捻るようにして相手の手を引き離した。

その男も足元がふらつき倒れそうになる。

しかし、すぐに体制を戻したのか、更に男は結城の胸倉を掴んで押し倒そうとしたが、その瞬間手首を外側に捻られ、内側の肘にもう片方の腕を押さえつけられると、そのまま地面へと叩きつけられた。

男は勢い余って、くはっと声を上げる。

それを見てしびれを切らしたのか、ついに中心にいた男が成瀬を転がしたまま、結城に飛び掛かろうとした。

結城はその男の攻撃を優雅に交わし、そのまま身体を翻して相手の背後を取るとそのまま脳天目掛けて思いきりかかと落としをかました。

男は激痛がゆえに頭を抱えたまま蹲る。

頭もくらくらして動けないようだ。

そうしているうちに、1人のサラリーマンと警察官が河川敷に現れ、男たちに駆け寄ってくる。

恐らくそのサラリーマンがこの状況を見て、通報くれたのだろう。

成瀬は助かったと思いほっとして、そのまま意識を失った。

意識の遠いところで、結城が成瀬を呼ぶ声が響いていた。

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