桜と翠と桃の白
なんて美しいのだろう。そう、純粋に思った。町の近くの山の麓に足を運び、ふと顔をあげたその先。見えたのは、桜がはらはらと舞う中に……あれは、祠……だろうか? そこで舞い踊る女神の姿が目に入った。
「……なんて美しいのだろう……」
おや、よく見ると隣にも舞い踊る姿が見える。白い……男神だろうか。女神が桃色で、周りも桜が舞っているからだろうか。あの男神の存在はとても映える。
舞い踊る二柱に見惚れていたら、白い男神の方と目が合った。と感じたのも束の間。私は先ほどまで二柱が舞い踊っていた祠に移動しており、私の目の前には先ほどの二柱が立っている。
「おや、これはどういう事だろう」
不可思議な事が起きるものだ。この世には人間以外に鬼族や妖もいるというし、神はこうして存在している。ならばきっと、神の力なのだろうな。
「面白い。神業とは、こういうことを言うのかな」
神の力に対して感心している私を、白い男神は訝しげに見つめてくる。
「お、おい。お師匠……なんかこいつ変だ。呼ばなきゃ良かった」
「変とか言うな、阿呆め。たまにいるぞ、人間でもこんな風に妾たちを前にしても驚きもせぬ肝の据わった奴がな」
「そうなのか……俺はこんな奴みたことないから……いるのか」
成る程。確かに神を前にしてこんなに落ち着いているのは不敬というか。神からしたらおかしな奴なのだろう。しかし、申し訳ないのだが神々しさがあまり感じられない。女神はまだしも、白い男神。
「おお、白露。お前に神々しさが感じられない、とこいつは考えている。だからこそ落ち着いておるのだろう。妾は神々しいからな」
「なっ! 失礼な人間だっ! 俺だって一介の神なのに!」
ほぉ、面白い。この桃色の女神は人の考えている事がわかるのだろう。先程、白い男神は彼女を「お師匠」と呼んでいた。という事は、きっとこの桃色の女神は位の高い神なのだろう。
「そうだ、妾はこんな阿呆とは違い位の高い神だ。人間よ、お前はよくわかっておるわ」
「……ありがたいね、神様に誉められるなんて」
「物怖じせんのだな、不可思議な奴だ」
「ふふ、そうだね。どうにも色んな事に馴れているからか、あまり狼狽えたりはしないのですよ」
実際、こうして神と言葉を交わしていてもなにも感じない。二柱とも、普通に人間のようなそんな存在に思えるからだろうか。なんだか近しく思えて、自然と笑みが溢れる。
「ふむ。こんなに面白い人間とは交流を深めたい。だがすまんな、お前をここに移動させたのは……お前の記憶を──」
「……おや?」
気がつくと、私は町の中心部に近い場所に立っていた。おかしいな、先程まで誰かと一緒だったような気がしたのだけれど……ううん、でも誰と一緒だったのか全く思い出せない。なんなら、何故ここにいるのかも思い出せない。
「さ……さ、山翠様っ! こちらにおられたのですかっ!」
呆けていた私のもとに、従者である忍が血相を変えて走ってきた。
「……忍」
「急に姿が見えなくなるものですからっ! いつもの店にもおらず、町中を探し回りました……ご無事でしょうか」
「そうか、すまなかった。特に何も問題は無い」
おかしい、ならば私は一体どこにいたというのだろうか。忍の事だ、町の隅々まで私の事を探していただろう。なのに、この忍にも見つけられないような所に? なんだろうか、狐につままれたような。そんな、あまり感じた事のない気分だ。だが、悪い気分ではない。むしろなんだか面白い夢を見ていた。そんな気分だ。
「さ、山翠様……?」
「っふふ、なんだかわからないがとても面白い。今ならば、あの無能な父相手だろうがなんだろうが心地よく出来る気がする。忍、行くぞ」
「は……はい……っ!」
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