朗月
「出掛けるの?」
夕刻。店も閉めて準備をしていた俺に、空隠が話しかけてきた。
「おう。ちっとな、青天のとこに」
「青天のとこ……なにしに行くの」
「原稿料の受け渡し。この間受け取ったからよ、手間賃とかを差し引いてどうしてこうしての金を渡さねぇと」
「え……それ、ちゃんと計算してる? 黒紅、手数料凄いとってたりしない? 青天は平気なの?」
と、珍しく空隠が人の心配をしている。こいつもそういう……人の事を思うことが出来るようになったのか、なんか感慨深い……っつーか、おいおい。よく思い返したらなんだそれ。
「おいこら空隠っ! それ俺に失礼だろうがっ! 俺はなぁ、金に対しては特に真面目だ。そして確実だ。一銭足りとも俺にも相手にも損はさせねぇんだよっ!」
「お金の話になると急に暑苦しいな……金の亡者め」
「誰が金の亡者だ。っつーかな、金は良いもんなんだぞ、ありすぎても困らねぇ。努力の賜物ともいえる存在。金は俺を裏切らないし俺は金を裏切らない」
「そういうとこが暑苦しい……」
なんだってんだ。お前は自分で稼いで日々を暮らしてってしてないから金に対しての興味が薄いんだ。だがなぁ、独りで生きてみろ。金を扱ってみろ。俺を金の亡者だなんて言えなくなるはずだ、絶対に金の大事さに気付くぞ!
「ま、とにかくこの金を青天に渡しに行くからよ。留守番頼むわ」
「やだ。僕も行く。連れていって。おぶれ」
「抱えろってか? 無理に決まってるだろ、馬鹿」
「つーれーてーけー。朱音に会ーいーたーいー」
「自分で歩いてついてこいよ……」
「ふん、黒紅のけち」
ぶーぶー言いながら、立ち上がって準備をしている。ったく、最初からそうしろってんだ。
「まだー?」
「もうそろそろだろ、しんどいのか?」
「疲れた」
「体力ねぇな、お前……はぁ。仕方ねぇな、ほら」
空隠の前で膝をつき、背中に乗れというと空隠は遠慮なく俺におぶさってきた。こいつ……本当に躊躇とかしねぇんだな。
「っと、ちゃんと乗っかってるか?」
「黒紅、綺麗で可愛い僕のことを落として怪我させたら、末代まで祟るからね」
「こえーなぁ……つーか俺の末代とかお前まだ生きてるだろ絶対」
「じゃあ末代までお世話になる」
「そいつは嫌だな。じゃあ落とさねぇようにしねぇとな……っと」
空隠をおんぶしながら、一歩。また一歩と山のなかを歩きだす。今日は満月だから道が見えるがこれ新月だったら最悪だったな。
「……着いた……お、縁側にいるな」
「早く行って」
空隠のわがままには慣れてるが、流石に腹立たしい。落としてやろうかとも思ったが末代までお世話になるという恐ろしい発言を思い出してしまった。やめよう。
「……黒紅……空隠も。どうした」
「はぁ……っ……あーっ! 着いたっ! おいこら空隠、早く降りろてめぇっ!」
「丁寧におろしてよ」
「赤子かお前はっ! ったく、ほら、これで良いのか?」
「うん、乗り心地良くないから次はもっと気を付けて運んでよ。青天、朱音は?」
ぶん殴りたくなったが、今は我慢だ。我慢。
「朱音ならば、夕餉の片付けだ。炊事場にいる」
「入るよー」
「ああ」
空隠は勝手に青天に了承を得て、家の奥へと姿を消した。人様の家だってのに自由だな本当。
「っはぁ、やっとここまでこれた」
「空隠をおぶってきたのか。大丈夫か」
「大丈夫じゃねぇよ! それなりの山道をあんな子供でもないやつ一人おぶって登ったんだ。あー、くそ。疲れた」
「……急ぎでないなら、泊まっていけ」
「良いなら言葉に甘える……下りる元気ねぇよ……」
息を整えながら、青天の隣に腰を掛ける。あー、やっと休めた。
「それで、なんの用だ」
「原稿料渡しに。空隠は嬢ちゃんに会いたくて、ってだけ。途中で疲れただ、どうだこうだうるせぇからおぶったんだ」
「そうか。急がなくとも良かったというのに」
「いやいや、こういうのはきちんとしねぇとな。原稿料は早めに渡すのが俺の流儀だし」
「……黒紅。恩に着る。今日は湯に浸かってゆっくり休んでくれ」
そういや、風呂あるんだよな。ここ。うちにもあるけど、ここは露天みてぇになってるから落ち着くんだよな。つーか広いから寛げる。
「ありがてぇ……青天、感謝するわ」
「いや。黒紅に倒れられたら困る。早めに休め」
「おう、そうさせてもらうわ。じゃあ、泊まっていくってのを嬢ちゃんと空隠に伝えながら湯殿借りるぞー」
「ああ。ゆっくりしていってくれ」
あー、本当にありがたい。体が辛いし怠いし、空隠一人おぶってこんなに疲れるとか俺も体力ないのかねぇ。あー、もういい。風呂入って、今日は早く眠るとしますかね──
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