「人喰い鬼と少女のはなし。」番外編集

沢村悠

指切りとその先に

 また、青天が部屋にこもって数日がたつ。青天にそんなに仕事が大変なのって聞いても、なにも言ってくれない……から、黒紅さんに話を聞こうとお店に行くと、黒紅さんは鬼族の集落に行ってて留守。代わりにいた空隠さんに話を聞いたら、面倒くさそうにしながらも口を開いてくれた。

「なんか、僕はよくわかんないんだけどさ。この間青天が書いた物語が凄く好評だったんだっらしくて。それで、金儲け出来ると踏んだ黒紅が青天に無理言って続編書いてもらってるとかなんとか? 細かくは知らないけどね」

「えぇ……なにそれ。もう少し詳細教えてくれない?」

「もう少ししたら黒紅戻るはず。聞けば良いじゃん」

「じゃあ、黒紅さんが戻るまで待ってていい?」

「やだよ。僕これから寝るから」

「そこをなんとか!」

「では、私の話し相手をしてもらえないかな」

 戸を閉めようとする空隠さんと、戸を開けてもらおうとする私に話しかけてきたのは。

「あっ……山翠さん!」

「あ、いいところに。朱音の相手をお願いね」

「え……あ、ちょっと空隠さん!」

 私が力を弱めた瞬間、空隠さんはぴしゃりと戸を閉めてしまった。か、鍵までかけてる……。

「おや、ごめんね。私のせいで」

「いえっ、山翠さんは悪くありません……あの、山翠さんはなにか用事があって?」

「買い物にね。でも、黒紅さんはいないようだし……だからといって邸には戻りたくないからね。どうしようかと考えていたら朱音さん達を見つけてね」

「……それで、時間を潰すために私と話を?」

「うん。もちろん、朱音さんさえ嫌でなければの話だけれどね」

 嫌なわけありません、と返すと山翠さんは笑顔を見せてくれた。黒紅さんのお店から少し離れた小川のほとりで山翠さんと並んで座る。

「朱音さんは、黒紅さんになんの用なんだい?」

「……また、青天が部屋にこもりっぱなしなんです。少し部屋を覗いたら顔色も悪くて……ずっと仕事詰めみたいで。それで、黒紅さんに少し話をと思いまして」

「おやおや。お金儲けのために、青天さんに無理させているのかな? 黒紅さんは」

 そうなんです。確かに生活するのに、お金は必要です。でも、無理して倒れるくらいなら私はお金なんていらない。お金より大事なものはたくさんあるはずだから。

「うんうん、そうだね。お金があると困らないけど、お金よりも大切なものはたくさんあるよ」

「さ、山翠さん……私、もしかして声に出してました?」

「うん」

 は、恥ずかしい……。

「でも、青天さんも朱音さんに不自由させたくないのだろうし。それに、私は物語を書いたりした事はないけれど……嬉しいのではないかな。書いた物語が、好評だというのは」

「あ……」

「だからといって、無理をして倒れてはいけないしね。黒紅さんには強く言わないとね」

「……はい。ありがとうございます、山翠さん」

「俺が、なんだってんだ?」

 山翠さんと笑い合っていたら、後ろから声が。振り返るとそこには、急いで帰ってきたらしく少し息切れを起こしている黒紅さんの姿。

「はぁ……空隠に、朱音の嬢ちゃんが俺に用があるって聞いて探し回ったわ……ここにいたんだな」

「は、はい……」

「朱音さん、頑張って。黒紅さん、黒紅さんの店にいるね。商談があるから、終わったら来てね」

 山翠さん、手を振ってその場から離れていった。いい人だな、山翠さん。山翠さんの姿が見えなくなると、もうここには私と黒紅さんだけ。珍しく、人がいない。

「で? 朱音の嬢ちゃんは俺になんの用なんだ?」

「あのっ……その、青天を……青天を休ませてくださいっ!」

「……はぁ?」

「青天、まだ部屋にこもって仕事づめなんです!」

 私の叫びは、少し響いた。珍しく大声あげたから、黒紅さんは驚いた顔。からの、大きなため息。

「あー、そういう事かぁ……なるほどなぁ」

「黒紅さん、確かにお金は大事です。大事ですけど、それよりも大事なものがあると思います。倒れたりしたら、お金があっても意味がありませんっ!」

「ちょ、ちょっと待て嬢ちゃん! 少しは俺の話も聞いてくれよ!」

 話? え、なに? お金の尊さについて、とか?

「確かに俺はこの間の物語が好評だったと青天の旦那に話した。だから、良ければ続編を書いてくれないかって持ちかけた! だけど、こもってまで書けとか言ってねぇよ」

「……へ?」

「前に嬢ちゃんに叱られた事があるだろ? そっから俺も反省してな。青天にはお前の速度で書けば良いって話してある。少しの間隔を空けた方が待ってる奴も期待膨らませてたくさん買ってくれるしよ」

 そ、そういえば前にもこういう事で黒紅さんに怒った記憶が。え、それよりも別に急かしてないの?

「じゃあ、黒紅さんは別に青天に無理強いをしてるわけではない、と」

「……青天の旦那がそう言ってたのか?」

「いえ……青天はなにも話してくれなくて。なので空隠さんに聞いたら黒紅さんが無理言って……と話していたので」

「元凶は空隠かよ! あいつ適当な事を言いやがって!」

 つまり、私は先走って……? うわ、や……やっちゃった……!

「ご、ごごごごめんなさいっ! 黒紅さんはなにも悪くないのにっ!」

「いや、別に構わねぇよそのくらいは。しっかし、嬢ちゃんは本当に青天の旦那のことを想ってて……あいつ、幸せ者だねぇ」

「え、あ……ちっ、違います! その、ほら家主に倒れられたら私、困りますしっ! そのっ!」

「はいはい、そういう事にしといてやるよ」

 私の頭をぽんぽんと撫でてくる黒紅さん。なんだか込み上げている笑いを我慢しているような様子で。

「本当に……その、そういうのでは……無いですので……」

「そうなのか? 嬢ちゃんは出来た娘だし、良い嫁になると思うんだけどなぁ。おっ、良い事考えたぜ。青天が駄目ってんなら、俺の嫁になるか? 嬢ちゃんなら俺は大歓迎だ」

「えぇっ! ええと、えっと……」

「っく……っははっ、冗談だっつの。それよりも、これを」

 笑いながら黒紅さんは、懐から小さな巾着を取り出して私の手に投げてきた。わっ、なんだろこれ。なんか、入ってる。

「鬼族に伝わる薬だ。人間には効かないが、鬼族ならこれを飲めば元気になる。青天に渡しといてくれ。そんで、本当に急がなくて良いって伝えといてくれ」

「……はいっ! ありがとうございます、黒紅さん」

「良いってことよ。じゃ、早く帰って渡してやりな」

 頭を下げて感謝を述べると、黒紅さんは笑ってくれて。急いで私は帰路についた。


「……青天、いる?」

 帰ってきて早々に、青天の部屋の前で深呼吸。それから襖の前で呟いた言葉に返事はない。

「ええっと……入るよ?」

 一応声をかけてから襖を開けると、文机の前で束になった紙をまとめている青天の姿。青天は珍しく眼鏡をかけていて、部屋の中は洋墨の香りが充満している。

「……朱音。どうした」

「あ、ええと……その。今日ね、黒紅さんのとこに行ってきてね」

 何があったか、なんで行ったかを正直に全て話した。

「……という訳で……無理しなくて良いんだよ」

「無理……はしていない」

「嘘だよ。数日も部屋にこもりっぱなしで……私心配したんだからね」

「そうか……すまない、心配をかけて」

 青天は頭を下げちゃった。あぁもう、違うのに。別に謝ってほしい訳ではないのに。

「その、あの……あ、これ。黒紅さんから預かってきたの。鬼族に伝わる薬だって」

「これは……ああ、そうか。すまない、持ってきてもらって」

「ううん。いいの。でも、もう無理したり……しないでね?」

「それは難しい。集中しないと書けない。俺はあまり長く書けない。短い時間で書き上げたい」

 うーん。青天って、ちょっと頑固なところあるなぁ。

「……じゃあ、せめて朝餉や夕餉の時間には手を止めて? ちゃんとご飯食べて、夜には寝てくれるんなら私も納得するから」

「……わかった。約束しよう」

「なら、指切りしよ」

「……ああ」

 指切りげんまん。口ずさみながら青天を見てみると、いつも通りの無表情。だけれど、なんだか目は普段より優しく見える。気のせいかな。

「指きった。青天、絶対約束破っちゃ駄目だからね」

「ああ……わかっている」

「なら、良いんだけど……私は今から夕餉の準備するね。ちょうどいいし、青天は仕事一旦休めて他の事して待ってて」

「ならば……庭の畑を見に行くとしよう」

「うん」

 そうして、夕餉が出来るまで青天は土いじりをして。私は夕餉を作って。出来上がったから青天を呼ぶと庭に白露様と桃葉様がいつの間にかいらっしゃっていて。何故だか白露様も桃葉様も上機嫌で、その日の夕餉は賑やかな食卓になった──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る