第5話ランタン
事故から3週間。悠は左肘に湿布をして、包帯を巻いているだけだったので、ひなたと手を繋いで歩いていた。
バス停までの道中、2人は一言も喋らなかった。
「あっ……」
と、悠は何かを喋りだそうとしたが、辞めた。
悠はひなたの手の温もりを感じていた。それに、良い香りがしてくる。
安い制汗剤スプレーをしている、悠の匂いはそれなりに効果はあったが、ひなたのあまりにも良い香りに目眩がしそうになった。
2人は7月の梅雨明け近い季節の暑さでにじみ出る汗を手のひらで感じたが、離そうとは
しなかった。
ベンチに座る時もひなたは悠の左手を離さなかった。
「あっ、お前ら!」
声が聴こえる。
「な〜んだ、お前ら付き合ってたのか?」
上野だった。
2人は気付いて、手を離した。
「上野、ち、違うんだ!ひなたは、オレの介助をしてたんだ」
「ウソおっしゃい。あなた達がマックから出て来た時、声を掛けようと後を付いて行ったら、途中で手を繋いだでしょ?」
上野の彼女の谷口は、尋問の如く悠に迫る。
「上野、谷口、オレはひなたの事が好きなんだ!文句あるかっ!」
悠は立ち上がり、
「こんなチャンス、一生で1回くらいしか無いんだ!邪魔すんなよ!」
上野、谷口は顔を見合わせて、
「ひなたちゃん、ホントにこのブスが彼氏で良いの?」
と、谷口が質問すると、ひなたはコクリと頷いた。
「頼む、上野。今はデリケートな関係なんだ。だから、そっとして置いてくれねぇかな?」
上野は何だか、悠が哀れに見えて、
「分かった佐々木。この事は黙っとく。でも、手を繋いで歩いてたら周りにバラしているのと同じだと思うんだけど」
と、上野は悠とひなたの両方に言うと、悠は、
「だから、デリケートなんだ。手を繋いでいるけど、無視してくれっ」
と、飛んでもない願いをするが、ひなたは黙っている。
「でも、明日は学校中、驚くと思うよ」
谷口は心配そうな表情で、
「うちの高校でトップを争うくらいかわいい女の子と、佐々木君じゃクーデターが起きるよ!」
「何の?」
「彼氏乗っ取りクーデター」
「何で?」
「佐々木君より、頭も良くてカッコいい男子が大勢いるからよ。ね?大雅」
「オレもそう思うよ」
谷口の彼氏である上野は、そう言った。
「わ、私、佐々木君以外は彼氏になんて考えていない!佐々木君、優しいし一緒にいて楽しい人だから」
ひなたは立ち上がり、上野、谷口カップルにそう言った。2人は、手を繋ぎバス停から歩き始めた。
「どこ行くんだ?」
「タクシーで帰る!」
残された、上野と谷口は2人の背中をただ見守るだけだった。
「ひなた、ゴメンな。あいつら、根は良いやつらだから、ひなたの事を心配して言ったんだと思うよ」
彼女は小さな声で、
「佐々木君は、ホントに私の事好き?」
「もちろんだよ!今まで、ずっと右手が恋人だったんだ。ウインナースポーツも、もう、卒業だよ」
「……どういう意味?」
「……べ、別に。深い意味は無いよ。僕の青春のベクトルはひなたに向かっている」
「面白い事、言うね。佐々木君は」
2人はタクシーを捕まえて、帰宅した。
タクシー代は、慰謝料の3万円の内から捻出した。3000円だった。
2人の恋の炎は、ランタンの炎の様に揺れていた。
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