第3話お詫びの日

翌日の夜7時に、佐々木家のインターホンが鳴る。

父親の利樹が出て、玄関に向かった。

「悠、お前も来い」

「言われなくても、行くよ」

玄関のドアを開くと、父親らしい男性と、ひなたが現れた。

「うちの娘が、そちらのご子息をケガさせたこと、誠に申し訳ありません」

黙って突っ立てるひなたに父親は、

「お前からも」

「佐々木君、ホントにごめんなさい」

「これは、治療費と慰謝料です」

と、男性は利樹に封筒を渡した。

「いえいえ、とんでもない。うちは保険に加入してますから、治療費は受け取れるんです。松尾さん、これは受け取れません」

と、封筒を断ったが、

「いえ、慰謝料ですから、お父様受け取ってもらえませんでしょうか」

利樹はやむなく、封筒を受け取った。

そして、丁寧に挨拶して2人は帰って行った。

「お兄ちゃん、ひなたさんかわいいね。彼女にしたら?」

と、妹の加奈子が言う。

「バカモノ、オレとひなたは似合わないんだよ。彼女はモテモテ、オレは恋人いない歴17年よ」

「アハハハ、お兄ちゃん顔面偏差値が低いからね」

「お前、今夜から勉強する時、ヘッドホンしろよ!」

「何で?お兄ちゃんが……」


うわっ!


利樹の驚きの声に、家族は集まった。

「20万円だ」

「あなた、これは返すべきよ」

「芳江もそうか思うか?」

「でも、骨折したのは僕だよ。20万は受け取ろうよ」

「じゃ、ゆう君には3万円渡します。大事に使うのよ。残りはあなたの為に貯金します」 

横で話しを聴いていた加奈子は、

「お兄ちゃんばっかり、ズルい。わたしにもおすそ分けしてよ」

「ば、バカモノ!骨折したのはオレだ。てめぇは関係ねぇよ」

利樹も、

「加奈子、見苦しい事を言うな!」

「……はい」


4人は、カレーライスを夕食に食べた。利樹は必ずカレーライスにオイスターソースをかけて食べる。

悠は、カレーライスに生卵を乗せて食べる。

芳江と加奈子は福神漬けをたっぷり乗せて食べていた。

カレーライス一つにしても、食べ方は様々なのである。

週末。

金曜日の授業が終わり、美術部の悠は油絵を画いていた。

油絵は絵の具を塗るのでは無い。乗せるのだ。

悠は、伊勢海老が十字架に掛けられ、それを祈る人々を描いた「ゴルゴダの丘」という作品を仕上げていた。

顧問の井上先生は、エラく悠の絵を褒めていた。

「佐々木、これなら県立美術館にも並ぶだろう。来月から始まる吉井淳二賞のコンテストに間に合うようにな」

「はい。あと、2日で完成です」 

すると、一年生の女子が僕らに近付き、

「すいません、先輩。廊下で女の子が待ってます」

「女の子……あっ、ひなただ。先生、もう今日はここまでにします」

「そうか。また、来週だな」

「はい」

筆はそのままにすると、油が固まって使えなくなるので、専用の液剤に付けて、筆を洗って、サムホールはそのままにして、イーゼルは移動させてから、部室を出た。


「佐々木君、今夜はご馳走する日なんだけど、忘れてた?」

と、ひなたが呟くと、

「いや、覚えていたよ」

「じゃ、グラッチェに行こうよ」

「うん」

2人は歩いて学校から近い、パスタ屋に向かって歩き出した。

ひなたはしばらく自転車通学はしないらしい。

今回の事故がトラウマになってると言う。

店に着くと、6月の末の梅雨でジメジメした外でとは違い、冷房の効いた店内が天国に思えた。

「じゃ、佐々木君はカルボナーラでしょ、私はほうれん草パスタにする」

料理が来るまで、2人は仲良く話していた。

まるで、カップルの様に。

「佐々木君と一緒にいると楽しい」

「ありがとうございます。顔面偏差値は低いですが」

「そんな事は無いよ!」

「お世辞は結構ですよ、お嬢ちゃん」

「髪型がちょっと、ダサいだけだよ。今度、わたしの親戚の美容室に行かない?私の友達と言えばただでカットしてもらえるよ」

悠は、カット代3500円が浮くのでありがたく感じた。まもなく、注文したパスタが届いた。

悠は、パスタをフォークですくい、ズルズルとラーメンを食べる様に口に運ぶ。ひなたは、スプーンの上でフォークを使ってパスタをクルクル巻いて食べていた。

育ちの良さが、見てとれた。

食事が終わると、バス停に向かった。

悠の心の中で何かが揺れていた。

そう、彼はひなたに恋心が湧いていたのだ。それは彼だけではなく、ひなたも同じであった。

今夜のパスタは、2人の心を絡めたのである。

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