第十二話
「残念だ……こんなことになってしまって」
「ちきしょう!いきなり撃つなんて……何も殺すことはないだろ!」
梅本は無言の相沢の右手を握り、悔しさを滲ませ、泣きながら言った。
大塚はそんな梅本の肩に手を当て、「座ろう……これからのことをお前と話したい」と言って、ダイニングテーブルの方に顎を向けた。
「何か飲むか?」
相沢の銃をダイニングテーブルに置き、悄然と椅子に座った梅本に、大塚は落ち着いたトーンで訊いた。
「タバコが喫いたい……」
項垂れた頭を左右に振り、梅本は湿った声で言う。
「ここで喫っても構わないが、持ってるのか?タバコ」
「ああ、だけど車の中だ」
大塚は顔を上げて応える梅本を横目に、カウンターキッチンの奥に消えた。
「ほら、昔のタバコだけど、多分喫えるんじゃないかな」
しばらくしてダイニングテーブルに戻ってきた大塚は、白地に細かい金色の星が、数字の『7』になっているデザインのパッケージを置いた。
「持ってたのか?お前、タバコなんか喫わないだろ」
「俺は喫わないけど、たまにゲストで喫いたいっていう人がいるんだ」
「外国人か?」
「日本人でも喫いたいって人はいるよ」
大塚は頷きながら言い、「おっと、火が必要だな」と席を立ち、再びカウンターキッチンの奥に行った。
「ついでに灰皿になる物も頼む」
梅本は大塚の背中に向けて声をかけた。
声は既に涙声ではなくなっている。
カウンターキッチンの奥で、ガサゴソと何かをしていた大塚が、木製のトレイに二つの水割りと黒い小皿、それに昔のオイルライターを載せて戻ってきた。
「ライターの使い方は分かるよな?」
「当たり前だ!喫煙歴四十年以上だから、このオイルライターを使ってたことだってある。でもここで喫ったら匂いが残っちゃうな」
「そんなのは気にしなくていいって。空気清浄機だって作動しているし。どっちみち、リフォームをすることになるだろうからな。それから銃の安全装置を頼む」
大塚はそう言って、窓の下に横たわる相沢の方に視線を向けてから、グラスの水割りを飲んだ。
「この銃に安全装置なんかねぇよ」
梅本は短く言って、タバコのパッケージを眺めながら、静かに水割りのグラスを口に運び、目を瞑った。
「変だと思わないか?」
「何が?」
口調が変った大塚の唐突な質問に、梅本は訊き返した。
「俺のスマートウオッチが起動しないんだ。お前のは起動するか?」
「俺のスマートウオッチ……そう言えば見てないな。あれ、電源が入ってないぞ。切った覚えはないのに」
そう言いながら、梅本は左手首に着けているスマートウオッチを起動した。
電源が入り、画面が明るくなったが、スタートの画面にならず、黒い画面がバックライトで明るくなっているだけだ。
「駄目だ。スタート画面にならない……何でだ?」
「やっぱりお前のも駄目か」
「どういうことだ?」
「警察が俺達のスマートウオッチを制御してるんだよ」
「制御って、使えなくしているのか?」
「というより、全て
「どういうことだ?」
「どういうことって……こちら側とは一切交渉はしないということだ」
「交渉しないって?」
「俺は詳しいことは知らないが、この手の事件って、犯人に呼び掛けて投降を促すのが基本じゃないのか?」
「まあ、普通はSⅠT(※人質立てこもり事件に対処する特殊事件捜査班)が現場に入って、犯人との交渉をするのが基本かな」
「だろ?だけど、いきなり相沢さんを射殺し、お前と交渉する気配がないどころか、俺が外部と接触することも妨害している。これは絶対におかしい」
大塚は深刻な表情で言い、小皿に取り分けてあったカシューナッツを口に放り入れ、水割りで流し込んだ。
「確かにお前の言う通りだ。そう言えば刑務所で知り合ったヤツに聞いたことがある」
「どんな話だ?」
「そいつは今回の俺達と同じように、金持ちが入所しているケアハウスに押し込んだんだけど、結局はパクられちゃって刑務所にいるんだが……」
梅本は言葉を止め、水割りを一口飲んだ後にボトルから琥珀色のバーボンと、アイスペールから大きめの氷を掴んでグラスに入れた。
「そいつも二人で犯行に及んだんだが、直ぐに通報されたため、人質を取って立てこもらざるを得なかったらしい」
「今時、そういった施設は、セキュリティがしっかりしていないと入居者は増えないからな」
「ここみたいにな。で、刑務所に入ってきたヤツは五十前の男で初犯なんだが、もう一人は七十近い前科持ちだったらしい。この爺さんから話を持ち掛けられて、金に困っていた五十前の男は、腹を括ってケアハウスに乗り込んだって話なんだが……。またドローンの音がし始めたな」
梅本は音が聞こえてくる窓に目を向けた。
「一台じゃないな、何台か分からないが複数が飛んでいるようだ」
大塚もカーテンの下りている窓を見ながら言った。
「そろそろ俺の始末に来るのかな。ま、そうなったらそうなったでしようがないけどな。おっと、話の途中だったな。で、そいつらの場合は俺達と違って、SITが接触してきて、投降を呼び掛けてきたけど、爺さんの方が頑として投降を拒否して、五十前の男にも勝手に警察に投降するなって言ったらしい」
「前科者だから、捕まったら長期刑になるからか?」
「そうかもな。だけど、五十前の男はビビっちゃってるから、直ぐにでも手を挙げて投降をしたかったので、爺さんと言い合いになったようだ。初犯とは言え、五十前の男はガタイが良くて、七十の爺さんは素手では歯が立たないと感じたらしく、勝手にしろって言ったので、与えられた銃器を持って外にいるSITの交渉役と話をしようと、カーテンは少しはぐって、窓から外を見ようとしたら、後ろから爺さんが銃で後頭部を殴ってきて、窓に顔面を打ち付けながら気を失ったらしい」
「仲間割れか」
「ああ、だけど気を失う瞬間というか、後頭部を殴られる直前に、窓に張り付くようにホバリングしているドローンから、閃光が放たれたのを見たような気がしたって言うんだ」
「ドローンが撃ったのか?」
「ああ、だけど狙いはそいつじゃなくて、背後に迫ってきた爺さんだ。そいつが気を失っていたのはほんの短い時間だったようで、意識が戻って痛む後頭部をさすりながら身体を起こしたら、横に額を撃ち抜かれた爺さんが転がっていたって話だ」
「その五十前の男は撃たれなかったのか?」
「ああ、踏み込んできたSAT(※特殊急襲部隊)に逮捕され、裁判の後、俺がいる刑務所に送られてきたよ」
梅本もカシューナッツを数粒掴んで口に放り込み、音を立てて噛み砕いた。
「若い方は身柄確保で、年寄りは射殺か……」
大塚は唸るように言った。
「なんかあるのか?」
「ん?まあ、これは俺の勝手な推測なんだが……」
「お前の推測?いいじゃないか、早く聞かせてくれ。もう時間もないだろうからな」
梅本は窓の方に視線を送りながら、大塚に話の続きを促した。
「ああ、まあ的外れなところもあるかもしれないが……。お前達〈LEPD〉で残りの余命を知ったんだよな」
「それがどうした?」
「二人共二年足らずの余命、だな?」
「ああ、二人共長くてあと二年だった」
梅本は鼻で笑うように言った。
「どう思った?」
「どう思ったって?」
「だから、残りの人生がたった二年しかないって分かった時の心境だよ」
「そりゃあショックだよ。いや、ショックなんて生易しい表現じゃなくて、頭の中が真っ白になって、身体中の臓器が抜け落ちたような感覚になったよ。冗談抜きで、実際白髪が一気に増えた」
その時の衝撃の強さを思い返しながら、梅本は言った。
「相沢さん同じだったのかな」
「相沢の方がショックは大きかったんじゃねぇかな。あいつの方が先に終わっていて、待合室で俺を待ってたんだけど、今までに見たことがない程項垂れていて、声をかけるのに躊躇したくらいだったよ」
「その場でお互いの結果を確認したのか?」
「いや、お互いにショックが強すぎて、そんな気分にはなれなかった」
「いつ、確認したんだ?」
「確か、その日の昼飯の後だったな。あいつが俺のいる部屋に人工ウイスキーを持ってきて、それを飲みながらだった」
梅本はその時に話した内容を思い出しながら、人工ウイスキーの数十倍もする値段のバーボンを口に含んでから、話を続ける。
「そして、長生きできないんなら、好きなことをしてやろうじゃねぇかって話になり……結局はこのざまだ」
梅本は自嘲気味に言った。
「まあ、自暴自棄になるよな。自分の寿命、ゴールがすぐそこだって分かっちゃうと」
大塚はため息混じりに言い、梅本のグラスにバーボンとミネラルウオーターを注いだ。
「お前は〈LEPD〉はやらないのか?そう言えば、相沢が言ってたな」
「何て?」
「〈LEPD〉なんかでてめぇの寿命を知りたがるのは、貧乏人だけだっていうようなことを言ってたよ。お前みたいな金持ちは主治医がいるから、〈LEPD〉なんか必要ないって」
「俺は三月生まれで、六十五にはなってないから、まだ〈LEPD〉を確認することはできないが、金持ちとかはともかく、確かに俺の仕事仲間で〈LEPD〉をした人って聞いたことがないな。もちろん、それを公にする必要はないし、こっちも誰々さん〈LEPD〉をしましたか?なんて訊かないから、実際は分からないけどな」
「確かにそうだろうな。俺とか相沢みたいな前科者はまともに保険料なんか収めたことないから、医者にかかるなんて贅沢なことはできねぇし、万一ヤバい病気になっても、高額医療なんて受けられないからな。医者に余命は長くて二年ですよって言われるのと、〈LEPD〉で人生の残りが二年だっていうデータが提示されるのと、貧乏人にとってはどっちも同じことだよ」
「まあ、医療費が高額になっているのは問題だけど、こればかりは個人で何とかするしかないのが実情だからな。それこそ、俺達の祖父の時代は多少の自己負担はあったけど、受診できないなんてことは、ほとんどなかったはずだからな」
「今は人の命も金次第だ」
「お前、ちゃんとした医者に診てもらえよ」
「俺が医者に診てもらう?どこにそんな金があるんだ。それに、受診して運良く病気が分かったところで、治療費だってねぇし。更に、万一寿命が延びたとしても、真面な暮らしができる金もねぇ」
梅本は何を馬鹿げたことを言っているんだ、と大塚の言葉に呆れるように言った。
「実はな……お前達がここに来る目的はある程度分かっていたんだ」
「俺達の目的?」
梅本がオウム返しに言うと、大塚はゆっくりと頷き、バーボンのグラスを手に取って口に運んだ。
「このコミュニティのどこかで金を強奪するってことをか?」
「ああ、対話型のAIにお前達のプロフィールをはじめとして、分かっていることをインプットして、その後、何故このコミュニティに来るのかとかをAIと会話しながらシミュレートをしたんだ」
「なるほど……」
梅本はいたずらが見つかった子供のように、照れ笑いをした。
「そりゃあ少しは怪しいっていうか、変だと思うだろ?今まで何度も家に誘ったけど、絶対に嫌だっていうお前が、急に俺の家に来たいなんていうのは。しかも、友人まで一緒に連れてくるなんて……。過去にお前から友人知人を紹介してもらったことなんか一度もないぞ」
大塚は笑いながら言った。
「バレてたか。上手く誤魔化せたと思ったんだけど、やっぱり怪しかったよな?」
「いや、お前から連絡をもらった時は急にどういう風の吹き回しかと戸惑ったけど、もういい歳になったから、考え方が変わったのかと思ったよ。だけど、秘書にスケジュールの確認をして、料理やお土産の手配をお願いしたら……」
「優秀な秘書さんがいろいろと調査をして、怪しい、ってなったんだな」
「そういうことだ。とはいえ、俺の中ではAIのシミュレーションは半信半疑だったけど、一応準備はしておこうとは思ったよ」
「準備って?ああ、高血圧の漢方薬か」
「それもあるけど……怒るなよ?」
「なんで俺が怒るんだ?……なんだ、この家に警備員とかがスタンバイしているのか?」
「警備員なんていないよ。いたら相沢さんだってああいうことにならなかった……。やはり秘書の言う通りに警備員をスタンバイさせておけば良かったな。今思うと、そこは凄く後悔している」
「馬鹿なこと言うな!お前はなんにも悪くはないんだから」
伏し目がちに悔恨の言葉を漏らした大塚に、梅本は強い口調で言った。
「そう言ってもらえると……」
「当たり前だろ!悪いのは俺達なんだから。で、なんだ、漢方薬以外の準備って?」
「ああ、本当に怒るなよ」
「じれってぇな!早く言えよ。うかうかしてるとSATが突入して来るぞ」
「そうだったな……金を用意している」
「は?金?どういう意味だ」
予期していなかった大塚の言葉に、梅本は狼狽した。
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