第十一話

「ま、そんなお二人のお爺さんは同い年で、今は〇〇プレシジョンとなっていますが、その前身のS精機という会社の同期入社組です」

「〇〇プレシジョンといったら大手じゃねぇか」

「そう、精密機器の開発や製造、販売で頑張っているよ」

「ん?お前、そこと関係あるのか?」

「忘れたのか?俺が学校を出て就職した会社を」

「あ、S精機だったな。でも、その後は今いるアメリカの会社に転職したんだろ?」

「そうだけど、数年前から一応社外取締役として、ほんの少しだが経営に参画している」

「そうだったのか。でも、俺達の爺さんとは面識はないんだろ?」

「当たり前だろ!俺が就職した時には、二人のお爺さん達は、もうこの世にはいなかったよ」

「そうだよな、俺の爺さんは俺が生まれる前に死んじゃってるし」

「俺の爺さんは長生きして、確か九十歳で逝ったから……。でも、俺が高校を中退してブラブラしているときだから、大塚さんと会ってるはずはねぇな」

 梅本の視線を受け、相沢が応えた。

「そう、でも秘書から報告のあった調査書に…」

「俺達の素行調査のな!」

「悪かったよ、それは謝る。この通りだ」

 口を尖らせて抗議する梅本に、大塚は深々と頭を下げた。

「その調査書に、二人のお爺さんのことも書かれていてさ。しかも、驚いたことに俺が初めて就職した会社のOBだったので、興味が湧いてきて、更に調査を深堀してもらったんだ」

「そしたら、爺さん達に付き合いがあったってことか」

「そう」

 大塚は梅本の言葉に短く応え、温くなった水割りに氷を入れ、カラカラとかき混ぜてから琥珀色のバーボンを口に含んだ。

「へぇ、爺さんの頃からお前と縁があったなんて、驚きだ」

「確かに。でも、同じ会社にいたっていうだけで、どんな付き合いをしていたかなんて分らんだろ?もう半世紀以上も前の話だし」

 梅本が疑いの眼差しで言った。

「もちろん、会社に残っている資料に、誰々と誰々は仲が良かっただの、そりが合わずに仲が悪かったなんて書いてないからな」

 大塚は少し笑いながら応えた。

「じゃあ、何で俺達の爺さん同士が、仲が良かったって分かるんだ?」

 梅本は当然の疑問を口にした。

「状況証拠として、お爺さん達は入社して配属になった部署が同じで、途中で違う部署になったりはしたけど、定年退職時は同じ部署だったのは、はっきりしている」

「そんな社員一人ひとりのデータが残っているのか?やっぱ、ちゃんとした会社は違うな」

 梅本が感心したように言うと、大塚は笑顔になった。

「そうなんだよ。しかもS精機は社友会がしっかりしていて、退職後のこともある程度は分かっているんだ」

「シャユウカイって?」

「会社のOB達の集まりみたいなもんだろ、なあ?」

 相沢の疑問に応えながらも、梅本は大塚に確認をした。

「まあ、そんなもんだ。S精機は人事総務部が社友会を運営していたので、それこそ百年以上前のOBの動向も残っていたよ」

「すげぇな!」

 梅本と相沢は異口同音に反応した。

「で、当然OB達の動向だから、毎年行われているOB会やゴルフコンペ、地方などにあった工場や事務所などの旧社屋を訪ねる旅行に関する記録も、ちゃんと名簿付きで残っていたよ。その様子を会報誌として配布していたのがデータ化されて、今の○○プレシジョンのアーカイブになっている」

 大塚は一旦話を区切り、水割りで喉を湿らせた。

「そのアーカイブには社友会の会員の訃報なども掲載されていて、故人が亡くなった年月日と入社年次、所属していた部署名の記載があるんだけど、最後に連絡先もあったんだ。といっても半世紀以上も前に、そういった個人情報は記載されなくなっていたけどな」

「連絡先?」

「そう、連絡先だよ。在職中に故人と付き合いはあったけど、退職してから疎遠になったりして、亡くなったのを知らない会員が結構いるんだよ。そんな人の中には、線香の一本でも手向けたい人もいるだろ?そんな人たちのために、仏壇のある場所や、故人が眠っている墓所の場所を知りたいという要望に、人事総務部で対応するのは難しいから、故人の関係者の連絡先が載っているんだ」

「確かに大きな会社だと、一々会社がそんなことに対応するのも大変だよな。変な言い方だけど、連絡をしてきた人のことを、故人が嫌っていたりする場合もあるからな。そんなことは会社では分からんし」

「そう、梅本の言う通りだ。だから、故人に近い関係者、ほとんどは家族や親族になるんだが、梅本のお爺さんの場合は奥さん、つまりお前のお婆さんにあたる人は既にいないし、一人娘のお前のお母さんはドイツで生活していて、父親の交友関係は全く知らなかった可能性が高いよな」

「おふくろは元々、爺さんとの仲は良くなかったみたいなことを言ってたな。嫌いとかそういうのじゃなくて、仕事ばかりで家にほとんどいなかったみたいで、会話をした記憶があまりないって話だったと思う」

 梅本の言葉に頷き、大塚は話を続ける。

「まあ、当時のサラリーマン、って今は死語だけど、大きな組織で働いている人達はみんな仕事優先で、家庭は妻に任せているというのが、当たり前の世の中だったからな」

「今は違うんですか?」

「今もそんな風に働かせてたら、会社が責められちゃいますよ。奥さんだけではなく、世間的にも……」

 相沢の素朴な質問に、大塚は苦笑交じりに応えた。

「話を戻すと、梅本のお爺さんが亡くなられた後の連絡先は、相沢さんのお爺さん、早川さんになっているんだ。これを見ただけでも、二人の関係性が分かるよな。それと、もう一つ……」

 大塚は間を取るように話を止め、バーボンの水割りを口に含んだ。

「何だよ、勿体ぶらないで早く言えよ」

 そんな大塚を梅本は急かす。

「別に勿体つけてるわけじゃないけど……。これは資料ではなくて、大袈裟に言えば証言だな」

「証言?そんな昔のことを知っている人とかいるのか?」

 梅本が訊く。

「ああ、今年で九十七歳になるS精機のOBの人がいるんだ。この方がS精機に入社して配属された部署が、早川さん、つまり相沢さんのお爺さんがGM、当時は部門長、あるいは部長と呼ばれていたらしいが、とにかく相沢さんのお爺さんが管轄している部署だったんだ」

「よくそんな人を探し出したな。それも……」

「その通り。探し出して話を聞いてきたのは、優秀な秘書だよ」

 梅本の言葉を遮り、大塚は笑いながら言った。

「何か、ドラマみたいだな」

「全く」

 相沢の呟きに、梅本は大きく頷く。

「その方は九十七歳だけど元気で、毎日ウオーキングをし、夕食後には晩酌をしているらしいよ」

「その人の〈LEPD〉ってどうなってんだろうな、ちょっと興味がある」

 梅本が身を乗り出して言った。

「そういう人は〈LEPD〉とかには興味がないんじゃないかな……多分。で、その方が言うには、早川さんと宮田さんの仲が良かったというのは、事業部内で知らない人はいなかったっていうくらい、周知の事実だったようだ。週に数回は仕事帰りに飲みに行くのは当たり前で、ゴルフはいつも一緒。一人住まいの宮田さんを気遣って、週末には宮田さんを招いて、早川さんのお宅で、奥さんの手料理を振る舞っていたって、その方は話しているようだ」

「へぇ、そんなに仲が良かったのか」

「歳を取ってからも友達付き合いができるっていうのは良いことだよ、な?」

 梅本が茶目っ気を出して、相沢に言った。

「まあな、俺達の爺さんみたいに、真面な生活を送ってるんだったらな」

 少し頬を緩めて相沢も軽口を叩いた。

 その時、ダイニングルームのカーテンを下げている大きな窓の外から、『ブーン』という音が聞こえてきた。

 相沢の表情が一瞬で引き締まり、そばに置いてある銃を手にした。

 梅本も組み立て途中の銃を手に取り、組み立てを始める。

「お前は余計なことをするな!その銃は直ぐに分解しろ」

 それを見た相沢は、押し殺した声で梅本に言った。

「なんで?」

「いいから、俺の言うことを聞け!」

 言いながら相沢は、ドローンの音がする窓の方に匍匐前進を始めた。

 相沢の突然の行動に梅本と大塚は驚き、緊張感を漂わせている相沢の背中を凝視した。

 窓の下に到着した相沢は、腹這いの姿勢から上半身を起こし、右手に銃を持ち、左手で慎重に遮光カーテンの端をほんの少しだけ捲って、外の様子を窺う。

 その瞬間、『ピシっ!』という乾いた音が室内に響き、相沢の起こしていた上半身が、絨毯の上に背中から崩れるように倒れた。

 梅本と大塚は、何が起きたのか分からずに、仰向けに倒れた相沢を見た。

 銃を落とし、右手で左胸の辺りを押さえている相沢の口から、呻き声が漏れている。

「どうした!大丈夫か?」

 梅本が倒れた相沢に近付こうとすると、「来るな!」と相沢は鋭い声で制止した。

「だけど、お前……」

 相沢から三メートル程距離を取って棒立ちになった梅本は、相沢に言葉をかけるが、その声は少し震えている。

「狙撃用のドローンにやられた。俺の骨格などのデータがインプットされているんだろうな……窓の外を見ようとしたら、なんの躊躇もなく撃ってきた。……窓ガラスが複層なのか……分厚かったからか、少し弾道が逸れて急所には当たらなかったようだ」

 そう言う相沢が押さえている右手の下のシャツが、赤く染まり始めている。

「分かった、もうしゃべるな!大塚、救急キットとかはあるのか?」

 梅本がバーカウンターの方を向いて声をかけたが、大塚の姿はない。

「大塚!どこにいる!大塚!」

 梅本はバーカウンターに向かいながら、「ちきしょう、逃げやがったか!」と呟いた。

「逃げたって?俺はここにいるぞ、ほら!」

 バーカウンターの奥から大塚が顔を出し、右手に提げた救急キットを差し出した。

「おっ!サンキュー」

 大塚から受けった救急キットを持ち、梅本は倒れている相沢の横に膝をつく。

「大丈夫か!今、止血するからな」

 梅本は救急キットの箱を開けようとするが、手が震えていて上手くいかない。

「貸せ!」

 いつの間にか梅本の後ろにいた大塚が救急キットの箱を奪い、箱を開けて消毒液とガーゼ、それから医療用の鋏を取り出した。

「相沢さん、少し手をどかしてくれますか?」

 小さく不規則な呼吸になっている相沢に言い、大塚は消毒液のキャップを捩じって開ける。

 蒼白な顔色になっている相沢は、無言で右手を床に落とした。

 大塚は素早くシャツを鋏で切り裂き、血を吹き出している患部に、消毒液をぶちまけた。

 相沢は一瞬眉間に皺を寄せたが、身を捩ることはない。

「梅本、箱に入っているガーゼを止めるテープを取って、適当な長さに切っておいてくれ」

 背後にいる梅本に指示を出し、大塚は大量のガーゼを患部に押し当てる。

「梅本、カットしたテープでガーゼを固定してくれ!……相沢さん、大丈夫ですか?私の声が聞こえますか?」

 テープでガーゼを固定し始めた梅本の背後から、大塚は声をかけた。

 相沢は返答をする代わりに、顎を引くように頭を少しだけ動かした。

「痛みは?これから救急車を呼びますが、いいですよね?」

 大塚はスマートウオッチを起動しながら言う。

「救急車を呼ぶのか?」

「当たり前だろ!このままじゃ相沢さんは危ない……」

 梅本に応えている大塚は、横たわっている相沢が嫌々をするように頭を横に動かしたのを見て、言葉を切った。

「どうした!相沢、何か言いたいのか!」

 ガーゼを固定し終えた梅本は、相沢の口元に耳を近づける。

「……もう……いい。お前をまき……こんで悪か……」

 相沢が切れ切れに吹き出す血と一緒に言葉を絞り出すが、言葉は最後まで続かなかった。

「相沢!」

「相沢さん!」

 梅本と大塚は跪いた格好のまま、相沢に声をかけるが、反応はなかった。

大塚は相沢の首筋に手を当てたが、数秒後、梅本に向けて首を左右に振った。

 梅本は放心したように、横たわっている相沢に視線を送り続け、嗚咽を漏らした。

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