第十三話

「だから金だよ。余計なお世話かもしれないけど、お前達に渡そうと思って、現金を用意したんだ」

「どういう意味だ、俺達に金って?」

「このコミュニティで良からぬことをしようとする理由は、経済的なことしかないだろ。しかも二人共出所したばかりで、仕事もしてないのは分かってる」

「その通りだから、なんにも言えないな」

 梅本は水割りのグラスをカラカラと回したが、口には運ばなかった。

「お前達にこれ以上変なことをして欲しくなかった以上に、このコミュニティの誰かが被害者になるのは何としても防ぎたかった。ここに住んでいる人全てが経済的に恵まれていて、特に高齢の方々が悠々自適の生活を送っていると思ったら大間違いだぞ。もちろん中にはそういう人もいるけど、ほとんどの人は少ない年金で暮らしているんだ。親や配偶者が残してくれた資産だって、それ程多くはないのが実情だ。何しろ、相続した資産は尋常じゃない相続税で、あらかた国に召し上げられてしまうからな」

「そんなのは分かってるよ。だから、ターゲット、ちょっと言いづらいけど、押し込む家は数軒にして……」

「少しずつ巻き上げようとしたってわけか?でもな、お前達が考えている、その少しずつってやつで、途端に生活に困る人だっているんだぞ。しかもそれだけではなく、そういう理不尽な行為がトラウマになって、今後の暮らしに支障が出る可能性だって十分にあるんだ」

 大塚は少し怒ったように言い、水割りで喉を湿らせた。

「そんなのは分かってるんだよ!だけどな、開き直って言うわけじゃねぇけど、俺達はそうやって生きてきたんだ!襲った後のことなんか考えていたら何もできねぇんだよ。自慢じゃねぇけど、俺達は前科もんだぞ!有り余るほど金を持ってる奴とか、悪どいことをやってのうのうとくらしてる奴をターゲットに金を巻き上げるなんて芸当はできねぇんだよ!そういう奴等はガードが堅いからな。人の物を盗んじゃいけません、なんてガキにだって分かることをしないと生きていけなかったのが、俺達なんだよ」

 大塚から分かり切ったことを言われて、梅本は顔を紅潮させながら言った。

「そうだよな、ちょっと言い方が悪かったな。別に、そんなことを言い争いたいわけじゃないんだ。つまり、もうそんなことはしないで欲しいっていうことを言いたかっただけだ」

「あ、いや俺も熱くなっちまって……お前の言うことは至極真っ当なことだっていうのは分かってるよ」

 梅本はクールダウンをしようと、チェイサーの水を一気に飲んだ。

「うん。で、話を戻すと、金を用意しているから受け取ってくれ。そして、その金で余生というか、とにかく、静かに暮らして欲しい。相沢さんはああいうことになってしまったけど、お前は何もしてないのは事実だから、その辺は俺に任せてくれ」

「何もしてないって言うけど、武器を持って相沢と二人で来たのは事実だからな。そんな俺が、相沢が武器を持っていたなんて知りませんでした。あいつがここで何をしようとしていたのかなんて全く知りません、なんて、そんなの通じるわけねぇだろ」

「そこは、相沢さんには申し訳ないけど、罪を被ってもらって……お前は俺が住んでいるコミュニテイに仕方なく相沢さんを連れてきたってことにするとか」

「相沢を裏切れってことか!」

「怒るな!分かってるよ、俺が言ってることが、とんでもなく卑怯だってことは。だけどな、ここでお前まで逮捕されて、相沢さんは喜ぶのか?」

「相沢が喜ぶとかそんなのは関係ねぇんだよ!そんな汚ねぇことをしてまで俺は娑婆にいたくはねぇよ!」

「分かるよ、お前の気持ちは。だけどな、冷静になって考えろ。敢えてお前が怒る言い方をするけど、お前が友情から相沢さんに義理立てしたって、誰が喜ぶんだ?そんなことをしたって誰も喜ばないし、得もしない。……分かってるよ、喜ぶとか悲しむとか、損得じゃないってことは。でも、俺は俺の友達であるお前だけには、静かに余生を送って欲しいんだよ」

「ん?お前だけって、なんか引っかかる言い方だな」

 梅本が静かに言うと、大塚の表情も和らいだ。

「そう、だけ、だ。」

「どういう意味だ?」

 大塚の意味深な言い方に、梅本は怪訝な表情になった。

「別に深い意味はない。とにかく、一度病院で診てもらえ。俺の知っている病院があるから、そこでちゃんと検査を受けろ。〈LEPD〉のデータなんて信用できないと思う。特にお前らについては……」

 梅本の問いには応えず、大塚は更に謎めいた言葉を投げかける。

「病院?それに、お前らについては、ってどういう意味だ?さっきから変な事ばかり言ってるが、何か理由があるのか?」

「理由?大ありだ……ん?送電を止められたな」

 大塚が話していると、突然ダイニングルームの照明が消えたが、間髪入れずに天井に埋め込まれた非常灯が間接照明のように床を鈍く照らした。

「そろそろ警察も動き始めたな。通信が遮断され、今度はテレビも観ることができなくされて、完全に外と遮断しようとしているようだ。ちょっと待ってろ。ここと仕事部屋、トイレや浴室には自家発電装置があるから、六十時間程度は大丈夫だ」

 そう言って大塚はカウンターキッチンの奥に行き、配電盤の横にあるパネルを操作する。

「お、点いた」

 カーテンを下ろしていて、非常灯だけで暗かったダイニングルームが、再び明るく照らされた。

「梅本、警察が次の行動を起こす前に、約束をしてくれ」

 カウンターキッチンから戻った大塚はそう言い、椅子に腰かけながらテレビを点けるように声で指示したが、画面には『信号を受信できません』という表示が映し出されただけだった。

「約束?何の?」

「だから、金を受け取ることと、病院に行くことだ。この二点を約束してくれ」

「だから金も要らなねぇし、病院で診てもらう必要もないって言ってるだろ!」

 梅本は抑えきれずに、大きな声で言い返した。

「いいか、良く聞け。あくまでも俺の推測だから百パーセント正しいとは思わないが、かなりの確率で、信憑性があると俺が考えていることがある」

「なんだ?時間がないのは分かってるから手短にな」

 怒りから強い口調になってしまったことを後悔するように、梅本は落ち着いた口調で言った。

「これは俺、というよりウチのチーム……会社のだがな。その中で数年前から調査をしていることがあるんだ。これはビジネスに直接関係することじゃないんだが、どうも腑に落ちないことがあって、関連するデータを分析し始めたんだ。ビジネスに関係がないと言ったが、世の中の仕組みやルールがズレだすと、派生的に生活スタイルが変化するし、当然それに付随して衰退するビジネスや、逆に新しいビジネスを創出するチャンスも生まれる可能性もあるから、チームの中で調べ始めたんだ」

「前置きが長ぇな。今、そんな難しい話をしている時間はねぇだろ」

 梅本はうんざりした顔で言い、水割りを口に運んだ。

「すまん、俺の悪い癖だな。仕事仲間からも良く言われるんだ、回りくどいって。じゃあ、ずばり言うけど、この国は要らない人間を始末している、ってことだよ」

「シマツ?始末って……」

「文字通りだよ。半世紀以上前からの傾向なんだが、ここ数年、特に高齢者の凶悪犯罪が急激に増えているのは知っているよな?」

「知ってるも何も、そのうちの一人だからな」   

 梅本はおどけるように言った。

「そんな冗談はどうでもいい。とにかく異常な増え方なんだ。面倒だから敢えて細かい数字は言わないが、ここ数年、毎年数千件の高齢者による凶悪犯罪が行われ、その約半数が現場で銃殺されている」

「そうみたいだ。死刑制度があった頃は年に数人、全く死刑が執行されなかった年の方が多かったらしいけど、今は下手をしたら千人近くがその場で銃殺されているらしいって、刑務所ムショで話題になってたよ」

 梅本は、相沢が横たわっている窓の方を一瞥しながら言った。

「異常な数字だろ?人権派の弁護士や団体、メディアが問題にしているけど、警察はその場のビデオを公開して、銃器の使用に関しては問題ない、の一点張りだ」

「実際ヤバい武器を持ってる奴は多いからな。俺達を含めて」

「人質や警察官の保護が最優先だって言い張っているけど、さっきの相沢さんへの対応の仕方を見ていると、そんな建前論は嘘だって分かるよな」

 おどけるように言う梅本に対して、大塚は真剣な表情で言う。

「ああ、まあ、でも警察官の殉職も結構な数になってるのも事実だからな。犯人が現場で銃殺されている人数と同じくらいか、あるいは警察官の死傷者数の方が多いらしいじゃねぇか」

「それは否定しないけどな。それと、ある意味こっちの方が深刻なんだろうが、高齢者の自殺だ。年間の自殺者のうち、六十五歳以上の占める割合が七割近くだからな。半世紀以上前は約四割、これも当時の先進国の中では断トツに多かったらしいが、今じゃ自殺者の三人のうち二人は高齢者だ。その他に孤独死も増えることはあっても減ることはない、っていう感じだ」

刑務所ムショで誰かが言ってたけど、そのうち高齢者の犯罪や自殺、孤独死は減るようになるぞ、ってな」

「なんで減るんだ?」

 大塚が怪訝そうに訊くと、「高齢者がいなくなるからだよ」と、梅本は冗談めかして言った。

「それだ!それなんだよ!」

「な、なんだよ!急に大きな声を出すな」

 冗談交じりで言ったことを、大塚が大きく頷きながら肯定をしたので、梅本は驚いた。

「すまん。だけどお前が言ったことは事実だ。この国に限らず、かつて先進国と呼ばれていた国々では、病死、あるいは老衰でなくなる高齢者が減ってきているんだ」

「どういうことだ?」

「だから、さっきお前が言ったように、高齢者の自然死が減ってきて、自殺だけではなく、事故あるいは事件で死亡するケースが急激に増えているってことだよ」

「ん?良く分からんが」

 早口になって話す大塚の言葉の意味が良く分からず、梅本は訊き返した。

「つまり、意図的に高齢者の死亡を増やしているんだ」

「誰が?」

「国がだよ。この国だけではないけどな」

「なんだ、それ?国が爺さん婆さんを殺してるっていうのか!」

「殺す……まあ、広義に解釈すればそういうことだ」

「何でそんなことを国がするんだ?」

 梅本は至極当然な質問をする。

「なんで、って分かるだろう?」

「邪魔なのか?」

「表現はあれだけど、単純な言い方をすれば、そういうことだ。もちろん高齢者にもいろいろといるから、誰彼構わずってわけではないけど」

 大塚は少し言い澱む。

「俺みたいに何の生産性もなく、世の中の役に立つことはせず、逆に悪事を働いて、人様に迷惑をかけるような高齢者ってことだな。悪事を働いて世の中に迷惑をかけ、更に警察や裁判所の費用、有罪になって刑務所に入れば、そこでの費用。出てからも更生施設PCのコスト。自分で言うのもなんだが、この先真面な納税者になんかなりっこねぇゴミみたいな人間にかける費用は、ドブに捨てることと一緒だからな」

 梅本は自嘲しながら言った。

「そういう見方がマジョリティになっているのは事実だ。国の力が落ちると碌なことにはならないって見本だな。半世紀以上前から少子高齢化が危険水域だって言われてたけど、一向に解決しないまま、どんどん経済が悪化し、貧富の差が拡大して、一握りの勝者と大多数の負け組だけの国になってしまった」

「お前は、その数少ない勝者の一人じゃねぇか。いや、皮肉で言ってるんじゃねぇ。友人として誇らしいと思ってるよ。ちょっと照れるけどな」

「お前に褒めてもらえるとは思わなかったよ。でも俺なんかはまだ中途半端だ。本当の勝者は俺なんかとは桁違いだかよ。まあ、そんなことはどうでもいい。とにかく国としては膨大な社会保障費の抑制は喫緊の課題なんだが、現役世代が感じている社会保障制度の不安はなんとしてでも避けたいところだ」

「優秀なやつは国を出て行っちゃうからな」

「そういうことだ。で、結局皺寄せを食うのは、高齢者を含めた弱い立場の人達になるんだが、国の方も露骨に弱者の切り捨てはできない。メディアや野党、人権団体が大騒ぎするからな」

「そうは言ったって、金がないんだから仕方がねぇ、なんて開き直ったりもできねぇしな」

「そう言いたいのはやまやまだけど、それを言ったらお終いだ。でも、本当に国の財政は逼迫していて、何とかしないと国が潰れる可能性があるから、必死に解決策を模索していて……」

「出した結論が、弱者と言うか高齢者切り……か」

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