第六話

「やるのか?」

「それしかねぇだろ。今だって働くとこがねぇのに、どうやって銭を稼ぐんだ?」

「まあな……」

 梅本は床に視線を落としながら頷いた。

「パクられて懲役ロング食らっても、どうせ二年の内に死んじまうんだ」

「じゃあ強盗タタキか?」

「ああ、お前が得意の詐欺ごんべんは準備に時間がかかるからな。手っ取り早く銭を稼ぐには強盗タタキだよ」

 相沢は酷薄な表情になって言う。

「アテはあるのか?」

「今はそんなのねぇよ。だけど、少し時間があれば伝手を頼ってターゲットを見つけるさ」

「そうか……うん、そうだ!」

「何かアテがあるのか?」

「いや、ちょっと思い浮かんだんだが……」

「もったいぶらずに言えよ。どんな小さな情報でもいいんだ。伝手があるったて、情報料は高くつくから、俺たちだけでターゲットを見つけるのが一番だぞ」

 相沢は言い、ウイスキーで口を湿らせた。

「そうだな。もう俺たちにははねぇんだよな」

「何だ?その後って」

 相沢は、独り言のように呟く梅本に訊いた。

「俺のダチに、超が付く金持ちがいるんだよ。さすがにそのダチを裏切るようなことはできないけど……もう、その先のことは考えなくていいんだよな」

「ダチって、仲がいいのか?」

「ああ、大学時代のダチだけど、いいやつなんだ……」

 梅本は苦いものを飲むようにウイスキーを一口飲み、紙タバコを深く喫ってから、肺の奥から紫煙を天井に向けて吐き出した。


「どうだ、連絡は取れたのか?」

 部屋を訪ねてきた梅本に、相沢はベッドに腰を掛けたまま訊いた。

「ああ、上手くいったよ」

 そう言って梅本は肥満気味の身体を窮屈そうに折り、床に置いてある薄汚れた座布団に座った。

「そうか……」

「気にするな。これしか方法がないんだからよ」

 すまなさそうな表情で頷いた相沢に、梅本は普段より高いトーンの声で言った。

「で、いつだ?」

「来週の火曜か水曜日だ」

「今日が木曜だから……余裕はないな」

 相沢は頭の中でカレンダーを確認して応えた。

「ああ、大塚の都合のいい日がそこしかないっていうからよ」

「まあ、準備たって、あとは車の手配くらいだからな……とにかく早いにこしたことはねぇよ」

「なんとかなりそうなのか?」

「昔からの知り合いが手配をしてくれることになってる。ちょっと割高だけどな」

「薄汚れた車なんかは駄目だからな、あそこのコミュニティの警備は厳重だから、怪しまれないような車じゃないと、中に入れない可能性もあるぞ」

「そんなのは分かってるって。でも車はピカピカでも、俺たちの服装なりがみすぼらしかったら台無しだぞ」

「そこは大丈夫だ。ちゃんとそれっぽいのを用意しておくよ」

「さすがは詐欺ごんべんのプロだな」

「見た目は重要だからな。着る物だけじゃなく、雰囲気もそれっぽくしないと駄目だけど、お前は……」

「悪かったな!どうせ俺はアホ面で品がないからな」

「冗談だよ。昔の言葉に馬子にも衣裳っていうのがあるけど、そんなのパリっとした恰好をしていれば、自然とそれらしく見えるもんだ。まあ、眼鏡はもう少しちゃんとしたデザインの方がいいかもな」

 梅本は相沢の眼鏡を指差し、笑った。

「眼鏡は俺の方でそれらしいのを準備するから放っとけ!しかしなんだ?そのマゴにもなんたらって」

「そんな意味なんかどうでもいいって。とにかく大塚が住んでいる要塞みたいなコミュニティに入れても、ターゲットがその日にいるかどうかは分からねぇからな」

 梅本は言い、紙タバコを喫った。

「大丈夫だって。ターゲットは七人もいるんだ。それが全員いないってことはないだろうし、万が一いなくたって、家ん中をひっくり返せばどうにかなるさ。そこは俺に任せとけって」

「そうだよな、お前はプロだもんな。情報ネタも確かなようだしな」

「それこそ大丈夫だ。何回も説明したけど、情報ネタ元は俺の弟子みたいな奴だから、ガセを掴ませるようなことはしないって」

「しかもそいつは実行に移す前にパクられちゃって、今は拘置所だもんな」

「まったく、笑い話だよ。俺が連絡した時は、俺と組んでやれば上手く行くと思って、その情報ネタを話してくれたんだからな。それが、その翌日に別件でパクられちまったんだからよ」

「ある意味運が良かったな」

「そうだよ。だから俺は、今回は絶対に上手く行くって確信してるんだ」

「俺もそんな気がするよ」

「ああ、で、何の話だっけ?」

「お前大丈夫か?最近ボケてねぇか。俺のダチの家の話だよ」

「おお、それそれ」

 相沢は梅本の話に大きく頷きながら、照れ隠しもあって、人工ウイスキーの瓶を傾けて飲んだ。

「久しぶりに連絡を取ったけど、大塚は少しも怪しんでいなかったよ。何しろ、刑務所ムショに入っている時にも何回か連絡をくれていたし、出所したら必ず連絡をくれって言ってたからな」

「そんなに仲が良かったのか?」

「大学に通ってた時は、毎日のように一緒にいたよ。ボンボンで世間知らずだったから、危なっかしくて見てられなかったってのもあるけどな」

 梅本は当時を懐かしむように言い、紙タバコの煙をゆっくりと吐き出した。

 大塚は梅本の大学時代からの友人で、知り合ってから四十年以上になる。

 退屈な学生生活に見切りをつけ、卒業することなく退学をしてしまった梅本だが、大塚は前科が付くようになった梅本と、変わらずに友達付き合いを続けてくれていた。

「今は仕事をしてないのか?」

「いや、完全なリタイアじゃないから時々は会社にも行ってるみたいだ。中々ゆっくりさせてくれないって笑いながら言ってたよ」

 大塚は国内外で知名度が高いIT系の会社の日本法人のCEOまで務めたが、六十歳になって後進に会社の舵取りを任せるといって、リタイアを宣言した。

 だが、日本法人だけではなく米国本社の慰留もあり、その後二年間はCEOのまま会社の経営と後継者育成に注力をし、今は顧問として側面から会社のサポートを行っている。

「今回の件で迷惑をかけることになっちゃうのは、俺としても申し訳ないと思ってるよ……」

 相沢はしんみりとした口調で言った。

「もうその話はよせよ。やると決めたんだから、そんなの気にしてられねぇぞ」

「ああ、分かってるよ」

「別にあいつが共犯者になるわけじゃねぇからな。むしろ被害者の立場になるんだから、お前が気にする必要はないって。何回も言ってるが、俺だってあいつを利用したくはないけど、時間のない俺たちには他に方法がねぇんだからな」

 梅本はタバコの煙と一緒に吐き出すように言った。

「分かった、もう言わねぇよ。今更引けねぇし、やるしかないからな」

「そう、やるしかねぇんだ」

 梅本は相沢の言葉に頷いた。

「そうだ、チャカとナイフ、拘束バンドや必要なブツは全部揃ってるからな」

「チャカは……」

「短いのが三挺、長いのは二挺だ。弾はそれぞれたっぷりと用意してある」

 心配そうに訊く梅本を、安心させるように相沢は言う。

「相当な重さだな」

「まあな。でも使わないことを願ってるけどよ」

「そりゃそうだ。俺は遊び半分の試し撃ちをしたことはあるけど、ちゃんと撃ったことなんかねぇからな」

「俺だって似たようなもんだ。明日にでも近くの山でも行って試射しておかねぇとな。慣れてねぇと、てめぇの足を撃ったりしちゃうからよ」

「サイレンサーはあるんだよな?」

「もちろんだ」

「支払いは済んだのか?」

「車も含めて前金バンスとして半金は払ったよ」

「いくらだ?あとで俺の分を渡すよ」

「いいって、そんなのは。お前には服とか用意してもらってるし。それに、ダチを騙すようなことを……」

「それはもう言うなって」

「そうだったな。とにかく、今回の仕事ゴトが終わりゃあ、そんなはした金のことなんかどうでも良くなるって」

 相沢はウイスキーで唇を湿らせながら言った。

「万一しくじったらそのまま刑務所ムショ行きだしな」

 梅本はそう言って笑った。


「明日は予定通りでいいんだよな?」

 相沢はそう言って、人工ウイスキーの瓶から直接アルコールを喉に落とした。

「ああ、昼飯を食おうっていうことになってるから、向こうに十一時半頃に着くように、PCここを出よう」

「俺のことは何か言ってたか?」

「いや、世話になってる友人を連れて行くと言ってあるから大丈夫だ」

「そうか……」

「大丈夫だって。大塚も前々から前科モンの支援をボランティアでやっている人に興味があるって言ってたからよ」

「俺は支援者じゃなく、そのまんまの前科モンなんだけどな」

「他に言いようがなかったから仕方ねぇだろ」

「いや、別に文句を言ってるんじゃねぇんだ。生まれてこのかた、他人のために何かをしたことなんてこれっぽちもないから、なんか変な感じがするんだ」

「そんなのは俺もそうだって。とにかく、鎌倉のコミュニティに入ることができればいいんだからよ」

 梅本はそう言って相沢から貰った人工ウイスキーを一口飲み、焼けるような喉に紙タバコの煙を通した。

「俺の弟子の情報では、鎌倉のコミュニティの警備はそこそこ厳重だって言ってたけど……」

「ゲートでの本人確認と、所持品検査はちゃんとやるみたいだ。車はゲートを通過する際にセンサーと✕レイでチェックをされるから、ヤバい物はそれなりに処置をしておかないと……でも、その辺は抜かりはねぇんだろ?」

 梅本は大塚から聞いている内容を言った。

「ああ、そんなのは知ってるよ。こっちはプロだぜ、って自慢するのも変だけどな。チャカは特殊プラとカーボンでできているのを分解してゴルフクラブに仕立てているし、弾も特殊プラ製のやつをアンティークの置時計のボディとして嵌めこんでいるから大丈夫だ」

「凄ぇな!これは簡単に分解できるのか?」

 相沢から手渡された、昔あった紙の辞書くらいの大きさの置時計を手にし、梅本は感心して言った。

「簡単だよ。特殊な接着剤でくっついてるだけだから、昔の板チョコのように手で折ればいいだけだ。ゴルフバックの方はあそこにあるから、後で確認してくれ」

 相沢はベッドの横にある二つのゴルフバックを顎で指した。

「ああ、まあお前のことだから大丈夫だろう」

 梅本はゴルフバックを一瞥したが、確認することなくたばこの煙を吐いた。

「ズラかるルートは大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。乗り換え用の車は今朝予定の場所に停めてきたし、当面の間の隠れ家ヤサには食い物と、お前の大事なウイスキーもストックしてあるからよ。ただし、飲み過ぎたら一か月は持たねぇから、程々にしろよ」

「お前のタバコもな」

 相沢が茶化すように応え、二人は声を上げて笑った。

「あとは、ターゲットが家にいるのかいないのか……情報通りに金を持っているのか、だな」

「ああ、それとお前のダチをどう拘束するかだな。手荒な真似はしたくねぇからよ」

「だよなぁ。言い方は変だけど、オーソドックスにするしかないよな」

「何だ?オーソドックスって」

「チャカで脅すか、麻酔で大人しくさせるかして、拘束具で手足を縛るしかねぇだろ。絶対に殴ったりはしたくねぇからよ」

 梅本は苦いものを飲むようにウイスキーを一口飲み、タバコを喫った。

「チャカで脅すのは俺がやるが、麻酔を使う場合はお前に任せる。それからお前のダチの手足を拘束具で縛ってくれ」

「ああ」

仕事ゴトが終わってからどうやってダチを自由にする?直ぐに開放するわけにはいかねぇぞ」

「車を乗り替えてからだな。コミュニティのゲートにでも連絡をするしかねぇかな」

「発信場所を特定されるだろうから、隠れ家ヤサとは違う場所で連絡をするしかねぇな。それとも俺の仲間に連絡を頼むか?それなら方角違いの場所からでもできるぜ」

「いや、今回の仕事ゴトは極力他の奴等に知られたくないな。それこそおこぼれを頂戴しようとしてくるのは確実だから、そんなのを相手にするのは面倒だ」

「そうだな。いろいろと調達するために会った奴等だって、事件ヤマが知れたら俺たちがやったっていうのは直ぐに分かるだろうし……一応プロだから、たかってきたりはしねぇだろうけど、残金にイロをつけろくらいは言うかもな」

「だな。それもこれもターゲットがいくら持ってるか次第だけどな」

「じゃあ、お前のダチの開放は車を乗り替えて、隠れ家ヤサとは違う方向に走ってからするしかねぇな」

「大塚には悪いが、それしか方法はねぇだろ」

 梅本は妙に老けた口調で言った。


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