第27話 手作りの耳飾り
ルネさんがまた次の本を貸してくれました。物語の続きは新しい展開を見せ始めます。すると登場人物たちが知り合いのように思えてきて、いつの間にかいっしょになって怒ったり喜んだり落ち込んだりしていることに気付きます。
「あ、ティナってここでそんなふうに考えるの?」
「レオナードもちゃんと言葉に出さないのがいけないのよ」
「魔導士さんがこんなに認めてくれてるのに、なんでティナは自信を持てないんでしょうね?」
「このアンジェリカって子はずいぶんと鼻持ちならないわね。貴族ってみんなこうなのかしら」
お嬢様とそんなことを言い合いながら、いつしか熱心な読者になっていました。
「どう、どんどん面白くなってきたでしょ? まだ続きがあるから楽しみにしてて」
ルネさんがちょっと得意げに言います。
「面白いのは面白いですけど、いろいろと分からないことも多くて……。王都の暮らしとか魔力とか魔道具とか」
「う〜ん、実はわたしもそのへんのことはあんまりよく知らないんだよね。なんかすごい能力っていうことくらいしか……」
いっしょに洗濯物を干しているメイド長さんが話に加わりました。
「そうだねえ、ここじゃあ魔法なんて使う人はいないからねえ。知らないのもムリはないさ」
「え、メイド長さんは知ってるんですか?」
「昔、王都で働いていた時にね、私も知り合いから教わったことがあるんだよ」
「え、教わると魔法が使えるんですか?」
「いやいや、使える人と使えない人がいるんだよ。平民はたいてい使えないけどね」
「小さい時からすごく練習を積まないとダメなんだって。でも貴族の人はみんな使えるんでしょ?」
「まあそうだね。でも人によって魔力の多い少ないがあしね」
「あの物語のティナは平民で魔力が多いんですよね?」
「そうそう、だからすっごく特別なの。実はティナって……あ、これはまだナイショナイショ」
「魔法や魔道具ってお話の中のことじゃなくて、ほんとにあるんですか?」
「ああ、もちろんさ。ほら、この町に送られてくる犯罪奴隷はみんな首に黒い入れ墨が入ってるだろう? あれも魔法のひとつさね。人に危害を加えられないような呪文が施されてるのさ。そのおかげで私らも荒くれ者たちに怯えることなく暮らせるわけさ」
そういえば、監督官に殴りかかろうとした人が急に痺れたように痙攣して気絶したのを何度か見たことがあります。なるほど、あれがその魔法だのか。思ったよりも身近なところに魔法は存在していたのでした。
「へ〜、そうだったんですね!」
「エバンス辺境伯家に代々伝わる特別な魔法らしいよ。まあ、そのせいであまり長いことこの町を離れることができないんだけどね」
「ん〜私にも魔法が使えたらなあ」
「ルネさんはどんな魔法がいいんですか?」
「そうだなあ、冷たい水でもアカギレにならない魔法とか? あと甘いお菓子を作れる魔法とか!」
「前に少し教えたじゃないか。お前は気移りしやすくて集中力がないから魔法には向いてないって分かっただろう?」
「あはは、そうだった〜。でも夢見るくらいはいいじゃないですか〜」
「え、じゃあメイド長さんは魔法が使えるんですか?」
「まあ魔法と呼べるほどのもんじゃないけどね」
手で目の前の空気をつかむようにして、目をつぶり口の中でなにかつぶやきます。そして手をぎゅっと握りしめると、そこからポタリポタリと水滴が垂れて地面に染みを作りました。
「こんくらいのもんだから何の役に立つわけでもないんだけどね。平民でも魔力があればこのくらいの魔法は使えるんだよ」
メイド長さんは額にうっすら汗を滲ませてちょっと得意げに腰に手を当てています。「おー」とルネさんといっしょにパチパチパチと拍手を送ります。お嬢様が気軽に金属を生み出すのを見慣れている僕には、そんなに驚きはありませんけど……。
ああ、そうか! お嬢様も貴族なのだし、いろいろ不思議なことが出来るのは魔法だったのかと、すごく腑に落ちました。
「僕にも使えるかなあ」
お嬢様を見ていて羨ましいというのもあります。そしてもっとなにか役に立ちたいというのもあります。
最近では食事も排泄も着替えもひとりで出来るようになったし、僕が横に付いていなくても
僕がやっていることといえば、食事を運ぶこと、クズ石を拾ってきて金属粒を作ること、蔵の掃除、シーツの洗濯、たまに天窓を開けて空気を入れ替えたり、本を読んでおしゃべりをしたり……そんなところです。お嬢様のためというより、お嬢様と快適に暮らすため、つまり自分のためみたいなものです。
もっとお嬢様にとってなくてはならない存在になりたい。もし魔法が使えたら……。そんな夢みたいなことを考えて、思わず口にしてしまいました。
「興味あるのかい? ほんとは魔導士に教えてもらうもんなんだけど、お金もかなりかかるし、第一ここじゃそんな人もいないからねえ」
「ルネさんに教えたのはメイド長さんなんじゃないですか?」
「私なんてちょっと手順みたいなもんしか教えられないよ。それだけで使えるようになるのは、まあムリさね」
「え〜っ! じゃあ私が使えないのも当たり前?」
「あんたはそれ以前の問題だから」
「ひっど〜い!」
「まあそんなくらいでよければ、そのうち暇があったらアルにも教えてやろうかい? 魔力のあるなしくらいは分かるはずさ」
「はい、ぜひ!」
「おっとっと、もうこんな時間かい。ルネ、あれの用意は済んでるのかい?」
「いけない〜い、まだ途中でした! いってきま〜す!」
二人は洗濯籠を抱えてバタバタと走っていきました。
メイド長さんをはじめ、調理場まわりで働いているメイドさんたちにはずいぶんよくしてもらっています。
なかでもルネさんは、本を貸してもらっているだけじゃなく、よく話しかけてくれます。いちばん若くて年が近い、といっても五つ年上の十六歳なのですが、明るくて屈託がないせいか僕も気兼ねなくおしゃべりできます。まあ仕事をサボるついでのような感じですけど。
以前に耳飾りを欲しがっていたのを思い出しました。気に入ったのは高くて買えなかったようですが。
あれと似たようなものなら、僕にも作れそうな気がしたので、ちょっと挑戦してみることにします。
宝石類の鉱石は、お嬢様は関心がないみたいで、空き箱にたくさん溜まっています。その中からきれいな赤系のものを選び出してみます。ルビー、ガーネット、サファイア、トルマリン。中にはオレンジ色のものもありました。ルネさんの髪色にはこっちの方が似合いそうな気がします。少し濃いめのオレンジのガーネットを使ってみることにしました。
チタンナイフで母岩を慎重に削って1センチくらいの角張った宝石が取り出しました。それを真ん中から二つに切り分けます。角を取るように輪郭を丸くしてから、表面を削ぐようにナイフを入れて細かな面を作っていきます。もうひとつにも同じように。
摘んでいる指先を切ってしまいそうで、それがけっこう恐くて慎重にならざるを得ません。このナイフで切ったら指なんかスパッともげてしまいそうです。
それでも他の仕事の合間を使っても二日でいちおうの形にはなりました。初めてにしては上手くできたんじゃないでしょうか。
「これを耳に付けられるような金具が欲しいんですけど、お願いできますか?」
「耳に付けるって、どんなふうに?」
「耳たぶからぶら下げるみたいですよ」
「こんなものをぶら下げるの? 邪魔じゃないのかしら?」
「さあ、どうなんでしょね」
「う〜ん、耳にぶら下げる金具ねえ……」
行商の縁台にあった耳飾りを思い浮かべます。でも金具がどんな形だったかはよく覚えていません。どうやってつけるのかも知りません。
「まずこの石の縁を金属で囲って、紐かなにかを付けるのかしら?」
「紐じゃなくて、小さな金具でした」
「そう……耳たぶの前と後ろから挟むとか?」
「挟むだけじゃすぐ落っこちてしまいそうですね」
「ちょっとやってみて具合を見てみれば?」
「そうしましょうか」
挟むということで思い付きました。
「あ、ついでにといってはなんですけど、こういう小さなものを挟む道具とか作ってもらえませんか?」
「こういう感じ?」
髪の毛を一本、先をきゅっと曲げて固めたものを作って渡してくれます。それで耳飾りのガーネットを摘んでみましたが、細くてしっかり固定できません。
「髪の毛じゃ細過ぎる感じです」
「もう少し幅がある方がいいのね。これなら?」
今度は指先から五ミリくらいの平べったい金属を出してくいっと曲げて切り離します。
「あ、これならいい感じですね。ありがとうございます」
木片に窪みを作って石の輪郭を整えた石を置き、この道具で押さえながら表面をカットすれば、細かい作業も楽にできそうです。
さっそく別の石でもう一組作ってみることにします。
今度はダイヤモンドを使ってみます。お嬢様のキラキラ輝く銀髪には、ダイヤモンドがいちばん似合うはず。
ダイヤモンドの原石はめったに落ちていません。ここにあるのもほんの小さなものだけです。削り出せたのは三ミリほどで、二個に切り分けるほどの高さもありません。また見つけたらもう一個作ることにして、とりあえず一個だけ作ってみます。
木片の窪みに固定して、お嬢様に作ってもらった道具で押さえながら作業すると、さっきよりもずいぶん楽でカットももっと細かく出来ました。
その間に、お嬢様は耳飾りの金具を作っていました。
「これならどうかしら? 磁石で挟んで耳に留めるの」
「なるほど、さすがお嬢様! ちょっとつけてみてください」
「こんな感じ。ほら首を振っても外れないわ」
「いいですね、これをルネさんにあげましょう。あと、お嬢様にもひとつ作ってみたんですけど、これにも金具をつけてくれますか?」
「わたし用? なにかの役に立つの?」
「そういうのじゃないですけど……。女性のおしゃれだそうですよ」
「ふ〜ん、なんか邪魔なだけみたいな気もするけど」
「こっちのは透明なダイヤモンドなので、お嬢様にすごく似合うと思うんですよ」
「そうなの? よく分からないけど、アルがそう言うなら……。ああ、このくらい小粒なのね。ならぶら下げるのじゃなくて、こう耳たぶにピタッと貼り付くようにしようかしら」
「あ、それもいいですね!」
「石をこう金具に嵌め込んで、これ自体を磁石にして、耳たぶの中に金属を集めれば……ほらくっついたわ」
「お〜似合ってます! 思った以上ですよ! なんか可愛らしいというよりも気品があるというか大人っぽくみえるというか、お嬢様にぴったりです!」
「そ、そう。ならよかったわ」
「こんなにアルが喜ぶなんてね」
「ありがとう、大事にするわ」
「また原石を見つけたら、もう片方も作りますね」
翌日さっそくオレンジガーネットの耳飾りをルネさんにあげました。
「えっ、これどうしたの?」
「僕が作っってみたんですけど、売ってたやつみたいには上手くいかなくて」
「そんなことないよ、すっごく上手! 色もきれい!」
「拾ってきた鉱石に混じってたんです」
「え〜、こんなきれいなのに捨ててあったの?」
「宝石が小さいですし。このくらいのは探せばけっこう落ちてますよ」
「そうなの? この前売ってたのよりこの色の方が好きだな」
「ルネさんに似合いそうだなと思って」
「これって、どうやってつければいいの?」
「あ、ここが磁石になってるんで、こう前と後ろからパチッと挟めば」
「へ〜、これもアルくんが考えたの?」
「え、ええ、まあ……」
「すご〜い! これなら耳に穴を開けなくてもいいね」
「ええっ、耳に穴を開けるんですか?」
「普通はそうよ。針でグリグリッと穴を開けて、そこに針金を通してぶら下げるの。実はそれがちょっと恐かったんだ。でもこれならこうパチッとするだけで……うん痛くもないし最高! どう似合う?」
「あ、いいですね。赤い髪が余計に引き立つ感じがします」
「この髪色、もう少し明るかったらよかったのにって思ってたの。そうか、これなら逆にどっちもいい感じで見えるかも!」
「ええ、いいと思いますよ」
「アルくん、ほんとありがとね! みんなに見せてくる! ありがとー!」
耳をきらめかせながら、ルネさんは弾むように駆けていきました。
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