第24話 お金ってなに?


 両手首には細い金属をバネのように巻いたブレスレット。これで前や左右の障害物を関知します。僕の耳には聞こえないような高い音が一定間隔で鳴っていて、その反響によって周囲の様子が立体的に分かるそうです。お嬢様はこれをソナーと呼んでいます。

 左右の足首にも金属の輪を付けています。これは足下の様子を感知するためで、足裏と床の距離が分かるので階段ももう苦になりません。

 右手には細いチタンの杖。手足のブレスレットで周りを把握することができるので、これはなくてもいいけれど、持っている方が安心して歩けるそうです。手元は指先とくっついているので、出し入れや材質を変化させたり形を変えたりも自在です。歩く時だけじゃなく寝ている時や座っている時にも、先端を鉤型にして皿を引き寄せたり、磁石にして金属粒をくっつけて手の中に持ってきたり、便利に使っています。

 薄暗い蔵の中、蝋燭の灯がないとおぼつかない僕よりも、ずっと自由自在に見えます。

 と言っても、蔵の中では動き回れる場所などごく限られています。ほとんどの時間は体内金属の操作をあれこれ試しているようです。

 

 取り払った柵の角材を使って椅子を作ってみました。椅子といっても短く切った角材を並べて足をつけたベンチのようなものですが。

 お嬢様が端に座り、僕は反対側にまたがり、真ん中あたりを作業台にして鉱石から金属粒を作ったりしながらおしゃべりをします。

 以前に見聞きした話をするたびに「それはなに?」「それはなぜ?」「それはどういう意味?」と訊かれます。なんとか理解してもらおうと説明するのですが、たいていしどろもどろになってしまいます。僕が知っている世界なんてほんのちっぽけなものだし、よく分からないことだらけです。


「お嬢様と話してると、ほんとに僕はなんにも知らなんだなってつくづく思います」

「でもわたしよりはいろいろ知ってるじゃない。アルと話すのは楽しいわよ」

「僕もお嬢様とお話しするのは好きですけど、自分の馬鹿さかげんが恥ずかしくなります」

「う〜ん、恥ずかしがることなんてないと思うけど。知らないことを、どうしてなんだろって考えるの面白くない?」

「それはそうですけど……。なにも知らないはずのお嬢様に教えてもらうことの方が多いですから」

「二人で、あ、三人で考えるからいいのよ。もし一人だと知りたいとか考えようとか思わなかったと思うわ」

「そうよねえ」


 そんな話をしていた数日後のことです。調理場の外で朝の手伝いをしている時、なにかメイドさんたちがそわそわしていました。


「ねえ、今日は何を買うの?」

「化粧水はもちろんでしょ。あとは甘いお菓子かな」

「違うの買って分けない?」

「いいわね、他の子にも声かけてみようか」

「そうね、そうしましょう」


 嬉しそうにこそこそとそんな会話をしながら働いています。

 一段落した時にルネさんに訊いてみました。


「今日ってなにかあるんですか?」

「そうなのよ、今日は待ちに待ったお買い物の日なの!」

「お買い物?」

「あのね、行商の荷馬車がこっちにも来てくれるの」


 半年に一度、遠くの町からいろいろな商品を満載した行商人の一行が来るのだそうです。

 服や装飾品や流行の品々、生活用品や贅沢品の数々を、まず旦那様や奥様、お嬢様、お坊ちゃまが選んだあと、裏口に回ってメイドさんや調理人さんたちにも売ってくれるとのこと。


「そんなに高いものは買えないけどね。でもここいらじゃ手に入らないものがいっぱいあるのよ」

「へ〜、そうなんですか」

「このために働いてるって言ってもいいくらいなんだから!」

「ルネさんはなにを買うんですか?」

「まずお化粧品でしょ、それから耳飾りも欲しいし、そうそう前に買った本の続きあるかな〜」

「本ですか?」

「大好きな物語があるのよ。素敵なラブロマンスなんだけどね、みんなで回し読みしてて早く続きが読みたいのよね」

「へ〜、そういうものがあるんですね」

「アルも興味ある? よかったら貸してあげようか?」

「いえ、僕字がよめないですから」

「あーそうなの。でも本って面白いわよ、知らない世界が広がってるの!」

「あ、あの、字ってすぐ読めるようになりますかね?」

「そんなに難しくはないわよ。あそうだ、読み書きの練習用の本も誰か持ってたわ。訊いてみようか?」

「ええ、ぜひお願いします!」


 知らない世界が広がっている。そんなことを聞いたら興味が湧かないはずがありません。きっとお嬢様も。


「そうだ、アルもなにか買いたいもあれば、お昼過ぎくらいにここに来るといいわよ」

「そうですね、ちょっと覗いてみようかな」

「お金は持ってる?」

「銀貨八枚くらいかな」

「う〜ん、なにかひとつくらいは買えるかな……」

「まあ、見るだけでも面白そうですから」

「そうね、じゃまたあとでね」


 蔵に戻って朝食を食べながら行商の話をします。


「お嬢様は、なにか欲しいものはないですか?」

「なにかって言われても、どういうものがあるのか知らないしねえ」

きんがもう少し欲しいわ」

「そう言えば最近は金があまりないですね」

「そういうのもあるのかしら?」

「さあ、どうでしょう」

「その行商人っていうのは、欲しいものを欲しい人にあげる仕事なの?」

「あげるんじゃなくて、売る仕事ですね」

「売る?」

「おかねと引き換えに物を渡すんです」

「お金?」

「ああ、お金って言うのはこういうものですね」


 寝床の隅に置いてある革袋を持ってきて、銀貨をお嬢様の手に乗せます。


「これ、銀と鉄ね。平べったくて丸くて、でこぼこしてるのね」

「王様の顔の模様だそうです。これは銀貨ですけど、銅貨や金貨もありますよ。ここで採掘した金や銀や銅で作られてるという話です」

「へ〜これがお金というの。この銀はあんまり美味しそうじゃないわね」

「混じりっけが多いのね。溶かして銀だけ取り出せば?」

「そうね」

「あ、待ってください、そうするとお金として使えなくなっちゃいますから」

「だめなの?」

「食べるんじゃなくて、必要なものと交換するためのものですから」

「そう、まあ銀ならいっぱいあるしね」

「このお金はどこでもらえるの?」

「仕事をするともらえるんですよ。僕も毎週もらってます」

「アルはなにか仕事をしてるの?」

「え、お嬢様のお世話が仕事ですけど……」

「あら、そうだったの」

「まあ、今は仕事というより楽しみですけどね」

「仕事って辛くて大変なものじゃないの? 前にクズ石捨てとか選鉱場とかの話を聞いてそんな感じがしたのだけど」

「そういう仕事も多いですけど、今はお嬢様といっしょにいられて嬉しいです。だから仕事とは思っていなくて、お金なんかもらわなくてもいいくらいで、つまりなんていうか……僕の生き甲斐みたいな……」

「そう思ってくれるなら嬉しいわ。わたしもアルといっしょがいいわ」

「ありがとうございます」

「それはいいとして、お金のこと。つまり必要なものを手に入れるためにお金があるわけね。そしてお金をもらうために仕事をする」

「そうですね」

「このパンもお金と交換したのかしら?」

「これは小麦粉を買って、それを調理人さんがこねて焼いてパンにしたものですね」

「小麦粉は誰が買ったの?」

「領主様がお金を出したんだと思います」

「調理人さんはそれをもらってパンにしてみんなに食べさせるのね」

「調理人さんはそれが仕事なので、パンやいろいろな料理を作ってお金をもらいます」

「誰からもらうの?」

「領主様からですね」

「領主様はお金を出してばかりなの?」

「雇っている人には仕事に応じてお金を払いますけど、ここで採掘した金属や宝石をお金にしているそうです」

「採掘するのは犯罪奴隷の人とか町の人たちじゃないの?」

「そういう仕事の人にも領主様がお金を払いますけど、金属や宝石はそれ以上にたくさんのお金になるそうですよ」

「ああ、それが領主様の仕事ということね」

「たくさんお金を集めて、それをいろんな人に仕事に応じて少しずつ分けるわけね」

「そんな感じですね」

「行商の人は? なにかを売ってお金を溜めて、そのお金でまたなにかを仕入れて売るのが仕事?」

「そうですね。品物を作ったり売ったりしてるところで買い集めて、他の場所に持っていって売るのが商人ですね。たとえば銀貨10枚で仕入れたものを他のところで銀貨15枚で売ると、銀貨5枚が商人の儲けになります。だから、なかなか手に入らないものやみんなが欲しがるものを、なるべく安く仕入れてなるべく高く売るそうです」

「はあ、なるほどね〜」

「なかなかうまく出来てる……のかしら?」

「まあ、お金を仲立ちにしていろいろな物が手に入るのは便利といえば便利よね」

「じゃあお金を作っちゃえばいいんじゃない?」


 そう言うと指先からぴかぴかの銀貨を生み出しました。


「鉄7銀3くらいの割合かしら。どう?」

「いやいや、お金を作れるのはお嬢様くらいですから。それに勝手にお金を作るのは犯罪になるそうですよ」

「あら、そうなの」

「一日五枚くらいしか作れそうにないし、あまり効率がよくないわね」

「お金を作るのはやめておきましょうよ」

「そうね、特に必要なものもないし」

「どんなものを売ってるのか見てきてちょうだい」

「面白そうなものがあったら買ってきてもいいわ」

「はい、お嬢様が興味ありそうなものがあれば」

「アルが欲しいものでいいのよ」

「銀貨八枚で買えるものがあればいいですけど」

「ちょっと楽しみ」

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