第23話 音と色


 僕の腰ベルトには、柄に鈴をつけたチタンナイフがいつも差し込まれていて、動くたびに微かな音がしています。

 付けている僕自身、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな音なのですが、お嬢様には遠くからでもよく分かるそうです。

 いろいろな素材で作ってみた中で、これがいちばん透き通った心地よい音なのだそうです。

 お嬢様の髪の毛を一本拝借してナイフの柄に括り付けました。髪の毛もなにかの金属を混ぜてあって、細くてしなやかなわりにすごく丈夫なので、落とす心配もありません。


 お嬢様も、髪の毛を数本撚って紐にしたものに鈴を通して首周りに付けています。こちらの鈴は柔らかで優しげな音がします。僕がお嬢様にいちばん似合うと思った鈴です。


 そして歩く時に使う杖もいろいろと進化しています。


「普段はこうして手首に巻いておくでしょ。これを瞬間的に冷やすと真っ直ぐな杖になるの」

「チタンとアルミニウムとニッケルやニオブなんかも混ぜたものね」

「よくしなって折れにくいの」


 お嬢様が解説しながら、瞬時に細い棒にしたり手首に巻き付けたりして見せます。


「チタン成分をコバルトに変えると磁石になるのよ」


 銀色の棒が鮮やかな青色に輝くと、皿に盛ってある鉄の粒がヒュンと引き寄せられて先端にくっつきました。

  

「強さを変えることもできるし」

「体のどこかも磁石になるわね」


 杖の先端にくっついた鉄の粒が、左の手の中に吸い込まれます。見ると、手のひらが銀の粉をまぶしたようにキラキラしていて、そこに鉄の粒がくっついているようです。


「そしていちばん役に立つのが、音波探知ね」

「杖から音を出してその反射で周囲の様子が分かるようになったのよ」


 杖が銀色に戻り、微かに震えると、一瞬キーンと音がしました。


「分かりやすいように音を鳴らしたけど、耳には聞こえないくらい高音にすると物の形とか動きとかはっきり分かるわよ」

「試しに、アル、どこかに隠れて手足を動かしてみて。音は立てないようにね」


 言われるままに、階段を下りて積み上げられた箱の陰に移動します。鈴が鳴らないように、ナイフをポケットに入れておきます。


「じゃ動いてみますよ」

「いいわよ。右手を挙げた、今度は左手、右足を前に出した、しゃがんだ、飛び上がった。どう?」

「すごいです。見えてるみたいですね!」


 というか、目が見えていたって隠れているものの動きなんて分かるはずもありません。つまり視覚以上の能力ということでしょうか?


「これでやっと、この中全体の様子が分かったわ」

「もうどこでも自由に動けそうですか?」

「ゆっくり慎重にやればね」

「でも形や場所だけは分かっても、それが何なのかは分からないのよね……」

「え、どういうことです?」

「たとえば、今アルが来ている服の形はわかるけど、柔らかいのか硬いのか、暖かいのか冷たいのか、そういうのは触ってみないと分からないの」

「あ〜なるほど!じゃあ色も分からないんですね」

「その色っていうのは、どういうものなの? たまに赤いとか青いとか言っていることよね?」

「ん〜、色か……。言葉で説明するとなると難しいですねえ。ええと……なんにでも色がついてて、それぞれ違っていて、色で区別したりもできるし、う〜んと……」

「ちょっと待って、何にでも色がついてるの?」

「ええ、ほとんどのものにありますね」

「それは誰がつけるの?」

「え、誰って……自然についてる色もあるし、それを作った人がつけることもあるし……」

「自然に? 勝手に色がつくのこともあるの?」

「ええ。花なんか赤とか青とか黄色とか、いろんな色で咲きますよ」

「花って植物よね? 土から生えてくるのよね? それがいろんな色がついちゃうの?」

「そうですね。花だけじゃなく、空は青で、草は緑で、夕日は赤っぽくて、土は薄茶色で、みたいな」

「それは決まった色になってるの?」

「はい……あ、いや、薄かったり濃かったり、季節とか天気によって少し変わることもありますね」

「薄いとか濃いとかもあるの、色に?」

「ありますね〜」

「ますます分からなくなってきたわ……」

「ん〜と、そうだ天窓から光が差し込むことありますよね。そうすると色も形もはっきりするんです」

「天窓から? つまりこの蔵の外に光があるということ?」

「そうです。空のすごく高いところに太陽があって、それが光を出していて、その光に照らされると色が鮮やかに見えるんです」

「空、太陽、光、色が鮮やか……」

「さっぱり理解できないわねえ」

「夜になると太陽が隠れて光が届かなくなって真っ暗で色も形も見えなくなるんです」

「夜って空気が冷たくなるだけじゃないの?」

「ああ、光には熱もあって、夏なんかは光が強くなって気温が高くなりますね」

「今は、冬?」

「そうです。だから光も弱くて気温もあまり上がらないんです」

「そういう期間を冬と呼んでるのじゃないの?」

「あ、そうですね! 冬が寒いんじゃなくて、寒いから冬というだけなのかも知れませんね」

「冬はどんな色なの?」

「え? 冬という季節に色はないですけど」

「ああ、概念だからか。色は物体にだけついてるということね」

「物体だけなのかな〜? 水や空気も色がついたりするけど……」

「え、水や空気は物体じゃないの?」

「物体……なのかな? でも普段は透明ですけどね」

「透明?」

「色がなくて透き通っていることです」

「ここの空気も透明なの?」

「ええ、色がなくて透き通ってますね」

「なんだかますますこんがらがってきたわ」

「アルたちは、いつもそういう色がたくさんある中で暮らしてるのね」

「そうですね。お嬢様だってそうですよ」

「わたしには知覚できないから気にしたこともないしねえ」

「なんだかすごくごちゃごちゃした世界なのねえ」

「アルはよく気が変にならないわね」

「え〜、ならないですよ。生まれてからずっとそういうものだと思ってますから」

「「ふ〜ん」」


 なんだか呆れられたような、気味悪がっているような、距離を置くような感じ……。

 ちょっと悲しいです。

 

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